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車に乗り込むとすぐに帽子を取った優陽の、長く、そして深いため息が柚の耳に嫌に響いた。
優陽の言葉数がいつもよりも少ないことにビクビクとしてしまう。
「あ……あの、優陽さん、すみませんでした」
「何が?」
そう言われると、わからないな。と柚は思った。ありがとうございます、の方がよかったのかもしれない。
黙り込む柚の横で、暑苦しいとでも言いたげに舌打ちをしながら、サングラスと黒いマスクを取る。一気に視界が明るくなったかのように思うほどの、透き通るような優陽の肌が柚の視界に映った。
少しだけ目にかかる長い前髪を再びのため息と一緒にかきあげ、その手が流れるように、まるで当たり前のことのように柚に伸びてきた。そう認識した次の瞬間にはやや乱暴に彼の胸元に抱き寄せられる。
「…………ごめん、順番に質問させて」
「は、はい」
柚は内心動揺している。
助けられてしまった手前、うなずくしかないのだけれど質問をしたいのはこちらの方だ。
先ほどの久世との再会に対しての動揺、もちろんその延長なるものもあるのだろう。けれど今はそれ以上に、いつもと様子の違う優陽に驚き続けていた。
ほんの少し前までの、久世という柚の中での”絶対”は、今やこんなにも軽くなっていたのか。
「髪、濡れたまま。なんで外にいるの? こんな時間に」
ちょうど日付が変わったであろう時刻だ。
けれど子供でもない、とっくに成人している柚は責められる理由もないのだけれど。優陽が聞いているのはいつもとは違う行動と、その理由なのだろうか。
それもきっと、責められる理由などないのだけれど。
「……給湯器の調子が悪いので、ネットカフェにここ何日か通っていまして」
「聞いてない」
「それは……」
言う必要がないからで。
しかし柚は、それを声にはしなかった。
いまだ抱きしめられた形のままの柚に優陽の表情を見ることはできない。
けれど、抑揚なく響く低い声に優陽からに怒りを感じ取っているからだ。