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「あー…肩凝ってるなぁ」
コキ、コキュ。
首を緩く左右へ傾け小気味良い音を鳴らす。
骨に負担が掛かる為多用したくはないが、心無しか凝りが解ける感覚に頼りたくなる。 それ程に、疲労が心身を蝕んでいた。
ここ数年知識を活かしての個人仕事も増え、丸一日オフなど有ったか如何か記憶の彼方。途轍もなく有難いし幸運だ、疲れを感じる事さえ烏滸がましいとすら思う。が…三十路を越えた肉体は蓄積された何某を素直に訴えて来る。気のせいにさせてくれない年齢が本当に恨めしい。
「…ふあ。この後の予定はYouTube撮影で終わりだし、気合いで何とか乗り切───…て、えっ、めめ!?」
「ん?そう、俺。…随分疲れてるみたいだね。あべちゃんが欠伸するなんて珍しい」
知らず零れた疲弊の元をそのまま楽屋内に溶かし独りごちる音が中途で切れる。椅子に座した己の両肩が温もりに包まれた故の吃驚によってだ。
忙しない瞬きで原因を探れば、優しくも愉しそうに弧を描く見慣れた漆黒の玉…持ち主の名は目黒蓮。阿部と苦楽公私を共にする仲間であり、友人以上に掛け替えのない…とどのつまりはそういう仲の相手だ。特別な絆を育み出してから二年経つというのに小っ恥ずかしくて未だ言葉に出来ないが。
驚いていますよ、と裏返った声と開いた双眸で訴える年長者を溢れ出る余裕で受け止め、尚且つ労いで返す卒の無さは何処で学んで来たのやら。
───つくづく、惚れ込んでるなぁ…。
情愛やら呆れやらが綯い交ぜになった間の後、眦を細め笑みを頭上へ跳ねさせ柔い吐息と返しを紡ぐ。肩へ纏わる細身であっても逞しい腕へと両掌を添えて。
「…もぅ、声の前に抱き締めるんだから。悪戯っ子が。でも有難う、お陰で疲れが吹っ飛んで行ったよ。あ…欠伸は見逃して?皆に心配掛けたくないし」
「ごめんごめん、俺の腕が勝手に動いちゃった。…、…うん。あべちゃんと二人の内緒が増えるの嬉しいから大歓迎…なんだけどさ、本当に平気?なんなら肩揉もうか?」
俺のお家芸であるあざと首コテン+腰に来る甘い低音+慈愛の眼差しフルホンボを自然に繰り出すこの男、言うまでもなく全身国宝級イケメンな訳で。欠伸という失態を深く突かずさり気ない気遣いまで見せる技は、奈落の底まで堕とそうとしているのか…などと勘繰りたくなる程憎らしい。いや、愛おしい。
焦げ茶と黒の髪を淡く絡み合わせて零れる想いを示す。森林伐採と呼ばれる飛びっきりの微笑と弾む声を添えて。
「んーん、大丈夫。…めめの優しが何よりの癒しだよ。…、あの…さ。もう一つ内緒増やしてもいい?此処じゃちょっと、なら無理強いはしないけど…」
頼りなく語尾が窄まる。当然だ、邪な考えからのお願いなんだから。恐らく顔どころか耳も真っ赤だろう。体温も跳ね上がったか。羞恥でムズムズする心を落ち着かせるべく腕を握った掌へ力を込め、無意識で唇を尖らせる。無意識…そう、逃げ道を提示したのも無意識。己が己として生きて来た事への証左でもある。
全てお見通しの恋仲はただ微笑んだ。問い返さず静かに見詰める視線が只管居た堪れない…何故この男の前だと幼子のようになってしまうのだろう。物凄~く恥ずかしい、何ならダッシュで逃げ出したい。ムズムズがいよいよ全身に伝播に達し抑え切れない熱息を吐いた刹那、
……ちゅ。
尖らせた儘の唇に柔さが触れた。微かな音を連れて。
二度目の驚愕でかっ開かれた眼に映るのは色香を伴った笑顔。見慣れている筈なのに慣れないその顔を凝視出来ず、言外で強請った癖に瞳をふいと逃がす。然し口端は喜びでゆるっゆる。
…駄目だ、隠し切れない。感情を封じる、培って来た得意が不得意になってしまうこの瞬間が嬉しいのは如何してだろう。これを愛の一文字で片付けられたらいいのに…理論派な己を恨めしく思いつつ、いっそ永遠の課題にしようかと阿部は笑う。いいじゃないか、解けない謎が合ったって。目黒蓮と出逢ってから繰り返し生み出される課題が楽しい、実に面白い。言葉を尽くさなくても伝わる事ですら解明しようとは思わない。そんな風に考え至る己が不思議で新鮮だ。決して…嫌いじゃない、寧ろ快感をも感じる。
「めめ、……好き」
ちゅ。
再び出逢わせた唇から甘く糸を引く想いを紡ぎ、視線を引き戻す。重ねる。焦がれる互いの恋慕が絡み合う。たった数秒が一刻に感じる頃、眼前の口が微かに撓んだ。
「あい────…」
残り三文字は無音で終わる。室外から聞こえる親しんだ喧騒が二人の耳に届いたからだ。自然と揃いの八の字眉を拵え仕事前のルーティンに入る。
クスクスと幸せの音を奏でながら。
続