目の前にはキラキラした北畑くんの笑顔。
そしてその向こうには「なんだなんだ?」とばかりに足を止めてこちらを見ているギャラリーたち。
え……。なに?
ほんと頭がついていかない。
なんで私、今キスされたの?
ドキドキするというより、激しく意味がわかんない!
いやでも、こんなことしたのがイケメンじゃなくてブサイク+汗臭い男とかなら、今すぐトイレに走って顔を洗ってるよね。
ある意味私、冷静なのかな。
「ねー、聞いてる? 下の名前、なに?」
北畑くんは私の耳の横にトンと手をついた。
その時、ギャラリーから「おおっ」と声があがって、私は自分の状況を理解した。
ち、近い!
なに!?
さっきから他人のパーソナルスペースに入ってきすぎじゃない、この人!?
「み、みどり!
名前は「緑」!だからもう離れて……!」
「みどりちゃんね、りょーかいー。
なら今から「みどり」って呼ぶね」
「えっ!? 呼び捨て!?
っていうか、私そんなのいいって言ってない!」
「だって俺、下の名前で呼ばせてって言って名前聞いたじゃん。
それで答えてくれたってことはそういうことでしょ?」
「違うよ、はやくどいてほしかっただけ……!」
こうして言い合っている間も、北畑くんの手は、私の耳の横についたままだ。
壁ドン体験なんて、自分に一生縁がないと思っていたけど、まさか現実になるなんてある意味貴重……。
でも無駄に注目されてるし、ときめきはないってわかったし、私には向いてない。
うん、そうだ。とにかく離れてほしい……!
そんな私の願いが通じたのか、その時キンコーンカーンコーンとチャイムが鳴った。
「じゃあみどり、教室戻ろうか」
言って、北畑くんはようやく体を起こす。
やっと教室に戻れる……!
私はそのまま壁伝いに真横にずれ、一目散に廊下を駆け出した。
「待ってよ、みどり!」
後ろで北畑くんの声がするけど、待てるはずないじゃん!
夏休み明け。二学期のはじめ。
北畑くんが転校してきた初日。
どれも同じだけど……とにかく!
その日は私が高校生活で一番ヘトヘトになった日になったのは、言うまでもない。
それから1週間が過ぎた。
席替えしてくれないかなという私の願いもむなしく、相変わらず北畑くんは私の後ろで、私はずっと北畑くんに構われっぱなしだ。
授業中に意味もなく背中をつつかれたり、無視すると脇腹をこそばされたり。
休み時間はダッシュで廊下に出るけど、だいたい北畑くんもついてくる。
“ねー、どこにいくの?”
べつに誘ってもいないし、私が逃げていることだってわかっているはずなのに、当の本人はおかまいなしだ。
「ねーみどり」
……ほらきた。
つんつんと背中のシャツを引っ張られるのは、これで何回目だろう。
「……なに?」
下の名で呼ばないでと言うのは、言っても無駄だとわかり、一日目で諦めた。
あと北畑くんの「ねーねー」を無視すると、あとあと面倒だって気付いたのは昨日のこと。
すこしだけ後ろを振り返ると、北畑くんはにっこり笑って言った。
「今日で授業に追いついていなかったとこの補習が終わるんだ。
だからみどり、今日から一緒に帰ろう?」
「はっ……?」
「だーかーら、今日から一緒に帰ろうよ。
みどり部活してないよね?」
「してないけど、なんで私が北畑くんと一緒に帰らなきゃいけないの」
「うわっ、ひっでー……。
俺、今ちょっと傷ついた……」
胸のあたりを押さえた北畑くんは、机に突っ伏して、上目遣いで私を見る。
う、うっ……。
た、たしかにちょっとキツイ言い方だったかな……。
「ご、ごめん。
でも私、帰りはだいたい同じ方面の友達を帰ってるから……」
「みどりって電車通学?」
「うん」
「俺もだよ。それなら駅までは一緒だね」
北畑くんはにっこり笑って、机から身を起こした。
「い、いや。北畑くんも電車なら、それならそうだけど―――」
「よし、なら帰ろっか」
言って北畑くんは立ち上がり、座ったままの私の手を引いて立ち上がらせた。
「えっ、ちょ、ちょっと!」
「べつにだれと帰るかは決まってないんだろ?
なら俺でいいじゃん。ね?」
北畑くんは自分のカバンを肩にかけ、それから私のカバンも手に取った。
「えっ、ちょっと北畑くん!」
「行くよー」
焦る私のことをいつも通りスルーして、北畑くんは私の手を引いたまま教室を出ていく。
「ねー、また緑が北畑くんと一緒にいるよ」
「もうクラス公認のカップルだよね。いいなー」
コメント
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もう言うのいっぱい出してください!
ハマりました。