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ハックロードが吐き出した絶望と、狂気的なまでの愛。
そのあまりにも重すぎる告白に、神々の庭園の残骸が転がる荒野は、しばし完全な静寂に包まれていた。
誰も、何を言えばいいのか分からない。
テラモンは腕の中の1x1x1x1の背中をゆっくりと撫でながら、目の前の異世界の自分を見つめていた。
「……私のせいで、彼女がBANされた……か」
その呟きに、ハックロードは棺へ額を押し当てたまま、ほんのわずかに身じろぎした。
今のテラモンには、まともに戦う力など残っていない。
神力は封印され、肉体も人間へと変わりかけている。
そして1x1x1x1もまた、ハックロードとの戦いでボロボロだった。
つまり、ハックロードがその気になれば――二人を始末することなど、造作もない。
それでも。
ハックロードは動かなかった。
自らの傷を、あまりにも深く晒してしまった。
そのせいなのか、彼の復讐の刃には、ほんのわずかな迷いが生じていた。
それを見逃さなかったビルダーマンが、そっと両手を上げる。
「……なあ、異世界のシェドレツキー」
「……」
「今すぐ決着をつけるのは、やめにしないか」
ビルダーマンは周囲を見回した。
「僕たちの世界は、君と1x1x1x1の大暴れでボロボロだ。それに……君自身も、もう限界だろ?」
ハックロードの全身を覆う緑と黒のエーテルが、不規則に明滅している。
次元を越え、世界から世界へと渡り歩き、何度も「自分自身」を狩り続けてきた。
その肉体も精神も、とっくに悲鳴を上げていた。
ハックロードはしばらく黙っていた。
そして――
「……」
深く、重い吐息を漏らした。
ギィン。
地面に突き立てていた黒銀の大剣を引き抜く。
そして背中の棺を、再び太い鉄の鎖でしっかりと固定した。
それは言葉なき、休戦の意思表示だった。
そして、その夜。
かつてテラモンの居室だった場所の残骸で、小さな焚き火が燃えていた。
ビルダーマンが瓦礫を器用に組み合わせて作った簡易ベンチ。
そこに、テラモン、1x1x1x1、ドゥームブリンガー、そしてハックロードが並んでいた。
昼間の「世界滅亡寸前」が嘘のように、辺りは静かだった。
パチパチと薪が爆ぜる。
1x1x1x1は、テラモンからもらった赤いケープを頭からすっぽり被り、膝を抱えていた。
そして、ハックロードをじーっと睨んでいる。
「ふん……」
「……」
「変な骸骨マスクのくせに、しぶとく居座りやがって」
「……」
「さっさと自分の世界に帰ればいいんだ」
「1x」
テラモンが優しく声をかける。
「やめなさい。彼は傷ついているんだ」
「お前に言われたくねぇ!」
「なぜ私まで!?」
1x1x1x1はぷいっと顔を背けた。
しかし、その赤い目はチラチラとハックロードの様子を窺っている。
そんな二人を、ハックロードは黙って見つめていた。
やがて――
「……お前たちを見ていると……」
掠れた声が、焚き火の向こうから響いた。
「……かつての私たちを思い出す……」
「え?」
テラモンが振り向く。
ハックロードは炎を見つめながら、ぽつり、ぽつりと語り始めた。
「……我が妻、ブライトアイズは……美しいだけではなかった」
その声から、昼間までの殺意はすっかり消えていた。
代わりに漂い始めたのは――
妙に甘ったるいノスタルジー。
「……誠に素晴らしい女性だった」
「……」
「私が仕事で徹夜続きだった頃……彼女はいつも、温かい夜食を運んできてくれた」
ハックロードの赤い目が、ほんの少し柔らかくなる。
「特に……彼女の手作りのフライドチキン……」
「……フライドチキン?」
ドゥームブリンガーが首を傾げた。
ハックロードは深々と頷く。
「我が家では『チキンフランク』と呼んでいた」
「チキン……フランク……?」
「そうだ」
ハックロードの声に、妙な熱がこもり始めた。
「外はカリッと香ばしく……中は驚くほどジューシー……」
「……」
「そして隠し味には、ほんの少しの特製スパイスと……」
そこでハックロードは、胸に手を当てた。
「私への、溢れんばかりの愛が入っていた」
「……」
「私が一口食べるたびに、彼女は嬉しそうに首を傾げて……」
ハックロードの赤い目が、うっとりと細くなる。
「『美味しい?』と微笑むのだ……」
「…………」
「ああ……」
ハックロードは胸を押さえた。
「思い出すだけで……胸が張り裂けそうだ……ッ!」
「え、そこ!?」
テラモンが思わず突っ込んだ。
次の瞬間。
ハックロードは両手で顔を覆い、巨体をガタガタと震わせ始めた。
「私はね……!」
「始まった」
1x1x1x1が小声で呟く。
「彼女のあの笑顔を見るためなら……世界を三つは滅ぼせた!」
「三つ!?」
「なのに……!」
ハックロードの肩が震える。
「私はもう……彼女の至高のチキンフランクを……二度と食べられない……!」
「…………」
「お前たちに分かるか!?」
ハックロードは焚き火に向かって絶叫した。
「愛する妻の愛情がたっぷり詰まった、出来立てのチキンを永遠に失った男の、この苦しみがぁぁぁッ!!」
「「「……えぇ……」」」
三人の顔から、シリアスが消滅した。
完全に消滅した。
テラモンも。
ビルダーマンも。
ドゥームブリンガーも。
さっきまで、
「異世界の自分……なんて悲しい男なんだ……」
と固唾を飲んでいた。
なのに今は、
「……この人、ただの重症な愛妻家では?」
という顔になっていた。
しかし、ハックロードは止まらない。
「彼女はね……見た目は可憐で繊細な女神のようだが……」
「まだ続くのか……」
テラモンが額を押さえる。
「実はかなり気が強くてね……!」
ハックロードの声が妙に嬉しそうになる。
「私が仕事にかまけて風呂にも入らないと……」
ハックロードは拳を握った。
「『アンタ! いい加減にしなさい!』と、バケツで水をぶっかけてくるのだ!」
「……」
「ふふ……!」
ハックロードの肩が震える。
「なんとアグレッシブな愛の鞭……!」
「そこに喜びを感じるな」
ドゥームブリンガーが真顔で呟いた。
「彼女に尻に敷かれている時間こそ……」
ハックロードは遠い目をした。
「私の人生の絶頂期だった……!」
「……おい、テラモン」
1x1x1x1が、そっとテラモンの袖を引っ張った。
「なんだ、1x……」
「こいつ……マジで頭のコードおかしいんじゃねぇのか?」
「……」
「殺意に満ちた異世界の死神かと思ったら……」
1x1x1x1はハックロードを指差す。
「ただの『嫁大好き自慢バカ』じゃねぇか……!」
「それを私に言わないでくれ」
テラモンは頭を抱えた。
「私もどう反応していいか分からん」
その横で、ハックロードは突然、背中の棺を撫で始めた。
「見てごらん……この棺を……」
「嫌な予感しかしねぇ」
ハックロードは恍惚とした表情で棺を撫でる。
「ここにはね……彼女が愛用していたリボンと……」
「……」
「最後に一緒に食べたチキンフランクの骨が……」
「…………」
「大切に保管されている」
「骨を保管するなよ!!」
1x1x1x1が即座に叫んだ。
ハックロードは気にしない。
「これを見るたびに、私は決意を新たにするのだ」
赤い眼光が、炎の向こうで妖しく輝く。
「すべての自分を殺してでも……」
「……」
「いつか必ず、君の元へ行くからね、と……」
「重いんだよ!!」
1x1x1x1が赤いケープをバサァッと振り乱した。
「感動的な悲劇のヒーローみたいな顔してんじゃねぇ!」
「……」
「結局お前、嫁のチキンが食えなくなって寂しくて暴れてるだけじゃねぇかッ!!」
「なに……?」
ハックロードの赤い目がギラリと光った。
「今……なんと言った?」
「聞こえなかったのか!? 嫁のチキンが恋しくて暴れてるだけの――」
「妻のチキンフランクを愚弄するかッ!!」
「そこだけはガチギレするのかよ!!」
ハックロードが立ち上がる。
「彼女のチキンの味を知らぬお前など!」
「なんだよ!」
「生まれたてのコードの屑と同じだ!!」
「んだとコラァァァ!!」
ガタッ!!
1x1x1x1も立ち上がった。
二人が焚き火を挟んで睨み合う。
サイズ差がとんでもない。
片方は巨大な棺を背負った異世界の死神。
もう片方は赤いケープを被った半透明の悪意。
それなのに――
「やんのかクソ骸骨ッ!!」
「貴様こそ、その未熟な悪意を後悔させてやるッ!!」
完全に子どもの喧嘩だった。
ビルダーマンが頭を抱える。
「……昼間まで世界滅亡の危機だったんだけどな」
ドゥームブリンガーも遠い目をする。
「今ではチキンを巡って戦争が始まりそうです」
テラモンはそんな二人を見つめながら、ふっと笑った。
さっきまで胸を締め付けていた重苦しい空気が、少しだけ軽くなっている。
ハックロード。
異世界の自分。
妻を失い、自分自身を憎み、すべてのシェドレツキーを消そうとしている男。
その根底にあるのは、憎悪ではない。
失いたくなかった。
守りたかった。
愛していた。
ただ、それだけなのだ。
テラモンは静かに1x1x1x1を見る。
「……1x」
「なんだよ」
「ありがとう」
「……は?」
「私を守ってくれて」
「……っ!」
1x1x1x1の炎が、一瞬でボッと燃え上がった。
「ち、違うからな!!」
「まだ何も言ってないぞ」
「俺は別に、お前を心配したわけじゃねぇ!」
「そうか」
「そうだ!」
「……ありがとう、1x」
「~~~~っ!!」
1x1x1x1は赤いケープを頭から被り直した。
「……うるせぇバカテラモン」
その様子を見ていたハックロードが、ふと静かになった。
そして――
「……なるほど」
「?」
「お前たちも……」
ハックロードは小さく笑った。
「大切な相手なのだな」
「ち、違ぇよ!!」
1x1x1x1が即座に叫ぶ。
「俺とこいつはそういうんじゃねぇ!!」
「そうだぞ、1x」
テラモンも頷く。
「私たちは――」
「それ以上言うなバカテラモン!!」
「なぜだ!?」
焚き火の向こうで、ハックロードの肩が小さく震えた。
どうやら笑っているらしい。
かつて妻と過ごした夜を思い出しているのかもしれない。
「……懐かしいな」
その声だけは、とても穏やかだった。
テラモンは、そんなハックロードをじっと見つめた。
そして心の中で、静かに決意する。
(ハックロード……)
(お前の絶望の根底にあるものは、破壊でも憎悪でもない)
(誰かを失うことへの、あまりにも深い恐怖だ)
(そして私は――)
テラモンは、自分の胸に手を当てた。
(同じ恐怖を、知っている)
その視線の先では、1x1x1x1がハックロードとまだ醜い口喧嘩を続けている。
「だからチキンの骨を棺に入れるなって言ってんだよ!!」
「貴様には愛というものが分からんのだ!!」
「分かりたくねぇよ!!」
「ならば一度食べてみろ!!」
「なんでだよ!!」
「私の妻のチキンフランクはな――」
「もうチキンの話はいいっつってんだろ!!」
テラモンは思わず吹き出した。
「……ふふっ」
世界を滅ぼしかけた悪意と。
妻を失った異世界の自分。
その二人が、今はフライドチキンを巡って怒鳴り合っている。
なんとも締まらない光景だった。
けれど――
今のテラモンには、それが妙に心地よかった。
そして彼の胸の奥では、新たな決意が静かに形を取り始めていた。
最高神Robloxから逃げるために、人間になる。
それだけではない。
自分が生み出した「1x1x1x1」という存在を、もう置き去りにはしない。
そして――
ハックロードのような未来にも、決して辿り着かない。
テラモンは焚き火の向こうの二人を見つめながら、静かに拳を握った。
#見捨てられた
ゆ♨️
83
おはうよp@6秒で殴る天才子役
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