◻︎説教
「そんなつもりはなかったんだよなぁ…」
「そんなつもりって?」
「駒井っちにさ、お説教みたいなこと言っちゃったよ、偉そうなこと言えないのにさぁ…」
先日の、ここでの駒井っちの話を礼子にざっくり話した。
あきらかに詐欺だということと、家族が大事ならそれ以上深入りしてはいけないということと、それからご主人と向き合ってみたら?と。
こんな私が偉そうに言えることじゃないんだけど。
そして、その男との連絡を一切絶って、改めて自分の気持ちも確かめてみたら?と。
「美和子がそれを言ってしまったら何も言えなくなるよ。それよりもさ、その人、声を出して泣いたんでしょ?やっと泣けたんじゃないのかな?」
「うーん、スッキリはしたみたいだったけどね」
「美和子と話すとね、なんか泣けてきて、泣いた後スッキリするのよ。泣かせ屋さんだよね」
「そんなつもりないんだけどなぁ」
礼子が言うことはきっと褒め言葉だと思う。
___駒井っちはこれからどうするかなぁ?
私だって好きな人がいる、だから駒井のことをとやかく言える立場ではない。
「なんかね、説教みたいなことを言いながら、自分の胸に手を当てて考えることがあったよ」
「雪平さんのこと?」
「…うん」
「今は友達だと言ってもおかしくない付き合いなんでしょ?」
「まぁね」
「好きって気持ちがある異性って、どんな感じ?あの、誠司くんだって異性なのになんとも思ってないんでしょ?」
異性の友達は他にも何人かいる。たまに食事したり相談したりされたり。
でもそこには特別な感情はなくて、対等に話してる。
___雪平さんとは?
そこには好きという感情と同時に尊敬している、そんな感情がある。
家族が居心地のいい安寧な場所だとしたら、雪平さんとはお互いを刺激し合って高め合える関係だと私は思う。
のんびり穏やかな日々もいいけど、ちょっとだけ刺激的なことも味わいたいと思う私は欲張りだ。一歩間違ったら私も駒井のようになっていたかもしれない。
「これからさ、その人、ツラい時があると思うから、その時に美和子がついていてあげれば?」
「うん、そうする」
「その人も自分に自信が持てたら、もうおかしな男にひっかからないと思うし」
「そうだね、おしゃれもするようになってたのは、悪いことじゃないもんね」
「おっはよー!」
ロッカー前で話している駒井と由香理を見つけた。
「おはようございます!」
「あ、由香理さんもおはよう!」
「おはよう、あ、そうだ、美和子さんちょっと聞いて!」
「朝からなに?」
「由香理さんがね、ほら、ここのほっぺにできてきたシミが気になるんだって」
駒井が由香理の顔を指す。
「ん?あー、言われてみれば、だね。それがどうかしたの?」
「レーザーで取りたいって思ってるんだけど、どう思う?」
「まぁ、いいんじゃない?とってもとらなくても。自分のシミやニキビって、自分が思うほど他人は気にしていないよ。そんなもんだよ。私なんてシミいっぱいだよ、ほれほれ」
おどけて髪を上げて見せる。
「そっかぁ!気にしすぎなのかぁ」
「心配しなくてもちょっとやそっとのアバタは笑っていれば気にならないし、気にされないよ」
「よっしゃ!口角上げていこっと!」
「さあ、仕事仕事!」
駒井も笑って仕事にかかる。よかったと思った。
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