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俺は、いったい何を見せられているんだ?
「いや、待て、あのさあ……もう少しで、授業始まるし、取り敢えず教室戻ろう」
「星埜は黙ってろ」
「星埜くんは黙ってて!」
は? これって、俺が悪いの?
2人に、お前は黙ってろと刺されて、黙るしかなくなった。俺が口を挟んだところで、これはもうどうにもならないと察してしまったからだ。
先ほどまで、楓音だって連れ戻しに来たはずなのに、この後授業がある事なんて忘れて、目の前の宿敵……朔蒔に対して闘争心をメラメラと燃やしている状況だった。こうなると、きっとあの温厚で癒やしの楓音であっても、俺の言葉なんて届かないんだろうな……と、諦めて肩を落とす。
俺の為に争わないで、何てフィクションの中だけの言葉だと思っていた。いや、実際俺を巡って争っているのか、ただ仲がいい自慢なのかは分からないが、ここで、廊下でするべき事では無いと思う。それも、10分程度の休み時間にやることではない。
「じゃあ、お邪魔虫は、星埜の良いところ言えるのかよ」
「言えるに決まってるし、というか、本当にそのお邪魔虫って言い方やめてくれる?僕には親が付けてくれた楓音って名前があるんだけど」
「へーそうだったんだァ。お邪魔虫は、お邪魔虫だと思ってた」
と、朔蒔は初手から煽り倒す。
楓音はグッと拳を握っていたが、怒りにまかせて返すこともなく、自分の中で怒りを納めていた。でも、名前を侮辱されるのは耐えられないだろう。楓音は、親と良好だといっていたし、両親のことが好きだとも言っていた。だからこそ、両親から貰った名前を侮辱されるのも、名前があったんだ、とか言われるのも耐えられないだろう。
朔蒔だって、そうやって名前を貰っただろうに……
「朔蒔くんの方が、星埜くんの事知らないんじゃないの?僕は、入学当初からの付き合いだし、一緒にお弁当だって食べるし」
「俺だって、星埜の弁当食べるけど?つか、出会った時期なんて関係無くねェ?」
「あるもん!僕の方が、星埜くんの事詳しいもん!」
楓音がまた叫ぶ。
正直、こんな言い合いをしていても意味が無い気がするのだが、この2人にとっては大事な問題らしい。
朔蒔は、フンッと鼻を鳴らして笑うと、勝ち誇ったように楓音を見る。
「星埜は、俺にだけ怒りも殺意も向けてる」
「それって、よくないことじゃないの!?」
「いや、これって唯一の感情だろ。な?星埜」
と、いきなりふられ、俺は肩を上下させるしかなかった。
朔蒔にとって、愛しているじゃなくて、特別な感情を向けられていれば、それすなわち、自分は特別だと言うことらしい。色んな顔を知っていると言う部分に関しては、確かにそう……と言えるかも知れないが、論点からずれているようにも思えた。
(いや、まあ……怒りとか殺意的な物は向けてるが、朔蒔はそれでいいのか?)
言ってしまえば、楓音には友愛を向けていて、他のクラスメイトと違って楓音は俺の特別な友人だ。といえるが、朔蒔はそれに当てはまらない。楓音の方が、俺の事知っていると俺は思っているが、朔蒔からしたら、俺の知らない俺を知っているからそれもまた、俺、陽翡星埜を知っていると言うことにもなる。
「俺は……」
「ほら、星埜くんが困っちゃったじゃん。迷惑かけるのは、友達じゃないよ」
「迷惑かけてもいいって思えるのが友人って奴じゃないのか。まあ、俺は別に友人になりたいわけじゃないし。恋人になりたいわけでもないけど」
「じゃあ、何になりたいのさ」
「そりゃ、決まってるだろ。星埜の特別」
そう、朔蒔はニヤリと笑って言う。
特別なんて、また大層なことを言うと。口だけはいつも大きいと思うが、やること全てが俺にとってイレギュラーなのもまた間違いない。
(特別なんて……俺の特別なんてそんな良いものか?)
友人だって、特別の1つだろうし、恋人の方がもっと特別だろう。それ以上の特別って何だと、俺は思う。でも、朔蒔の中では名の付けられない関係こそ特別だと思っているのかもと……それこそ、運命という特別を。
そんな風に二人の言い合いを聞いていれば、キーンコーンカーンコーンと授業の始まるチャイムが響く。楓音はハッとしたように、目を丸くした。
「って、こんな所で言い争ってる場合じゃなかった。星埜くん、帰ろう」
「あ、ああ……」
楓音に手を引っ張られ、俺は走り出す。後ろで、俺と楓音を悲しげな瞳で見つめる朔蒔を置いて、俺は自分の教室に入った。
ギリギリ間に合って、日直の号令の合図を聞きながら、自分のペースでのろのろと教室に入ってきた朔蒔を見て、ほっとしている自分がいることに気づいて、朔蒔という存在は、案外自分の中で大きくなっているのではないかと感じていた。
(……いや、初めから分かってただろう)
あんな、強烈な存在を、放っておけるわけがないのに。
俺は、自分の気持ちに蓋をしながら席に着いた。