Side 黄
少し樹の表情が和らいだ。苦しさは治まってきたのだろう。
手を離し、丸椅子に座りなおす。
「……高地、仕事は?」
ないよ、と首を振った。「今日はオフ」
だからお昼に来られたのだ。
こんなときでもメンバーの仕事を気にする優しさに、いつも救われていた。
「…そっか。グループの仕事、よろしくな」
ドラマみたくそんな台詞を言い出すから、ちょっと待てよ、とあからさまに動揺してしまう。
「ま、まだわかんないだろ」
一方樹はいたって落ち着いている。もうそろそろこっちの覚悟も必要かな、と真剣に考える。
それを見かねたのか、
「…ハッ。お前のそんな顔は見たくねーよ」
と笑った。いつもの笑い方で、どこか安心する。
でも、ずっと樹のことが気がかりだった。苦しそうな表情も、痛がる表情も、病気のせいで初めて見たのだ。
「…空…晴れてるね」
その心配には気づいていないのか、眩しそうに窓の外へ目を向けて樹は言う。
もしかしたら、樹の心も今は晴れているのかもしれない。身体も楽そうだ。
樹は寝返りを打ってこちらに身体を向けた。少しだけ顔をしかめながら。
そして酸素マスクを取る。慌てた俺を、樹は「いいの」と制した。
「……高地」
なに、と小さく答える。その後に続けられるであろう言葉が怖かった。
「待ち合わせ、しよ」
え、と声が出た。思いがけないことだった。
「待ち合わせ?」
うんとうなずき、
「俺、先に待ってるから。あとの5人が来るまで。…あ、早く来るんじゃねーぞ」
その樹なりの優しい言葉に、目頭が熱くなる。
「…ちゃんといい年になって、6人揃ったら…雲の上でImitation Rain歌おうぜ」
とうとう、偽物の雨が頬に流れる。
「待たれたら…すぐ行きたくなるって…」
「ダメって、言っただろ。何十年か経ってから。だから…集合時間は決めない」
嗚咽を隠そうと、下を向く。リノリウムの床に雫がこぼれた。
「こーち」
弱々しいけれど、慣れ親しんだ声が自分の名を呼ぶ。
「待ってるからな」
顔を上げると、強くてしっかりとした視線が俺を射抜く。
「ずっと待っとけよ」
ちょうど春疾風が吹き、桜の枝を揺らした。
終わり
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