テラーノベル
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頭上に鬱蒼と茂る雑木林に、土砂降りの雨が激しく叩きつけていた。
クヌギやコナラの枝葉は雨粒に首を垂れ、滴りは雨合羽を伝って落ちていく。
一筋の白い光が右へ左へ蛇行し、夜明けの空を白々と照らし始めた。
「洸平! しっかり持て!」
「持ってるよ!」
「引きずるな!」
「うるさい! 分かってるよ!」
落ち葉の中に横たわるシャベル。
学生服のブレザーは泥にまみれ、白いシャツの袖にドス黒い血が点々と染みついていた。
ブルーシートを引きずる感触は鉛のように重い。
スニーカーの底が斜面で情けなく滑り落ちる。
「お前も手伝え! 掘れよ!」
「あ……あぁ」
「掘るんだよ!」
ずぶ濡れのシャベルを受け取った瞬間、右手が小刻みに震えた。
(なんでこうなった……どうして! どうして!?)
洸平がぼんやり顔を上げると、目の前の男が満足げに口元を歪めていた。
まるで妖しい獣のように。
「ほら、掘れよ!」
「………」
「もう後戻りはできない。諦めろ」
「……そうか」
力なく立ち上がった洸平は、落ち葉の中にシャベルの先を突き刺した。
雨音が激しく響く中、二人は黙々と穴を掘り続けた。
夜明けにカラスが飛び立つ頃、二人はその穴に暖炉の火かき棒とネクタイを放り込んだ。
ブルーシートを覆う黒く湿った土。
洸平たちは一心不乱に落ち葉をかき集め、その場所をなかったことにした。
──それから数年後。
12月25日。鏡の中の女性は、恍惚とした微笑みを湛えていた。
艶やかな黒髪にスワロフスキーの髪飾りが光を弾き、白いチュールレースのベールが色白の頬と黒曜石のような瞳を覆っていた。シャンパンカラーのウェディングドレスが、優しく肢体を包む。
ウェディンググローブの手にはカサブランカのブーケが添えられていた。
高田夏帆(25歳)は、この日、大塚夏帆となる。
教会の祭壇には夫となる大塚洸平(30歳)が待っている。
夏帆の隣には、白髪を後ろに撫で付けた高齢男性が杖をついて座っていた。
高田修造──高田製薬のCEOであり、夏帆の祖父だ。
両親を10年前に亡くした夏帆を、修造は溺愛して育ててきた。
教会の鐘が鳴る。
赤煉瓦の壁、臙脂色の屋根。深紅のバージンロードを、白いタキシードの洸平が待ち侘びていた。
ブブ ブブ ブブ ブブ
夏帆のハンドバッグの中で携帯が振動した。
「夏帆、こんな時に電源を切っておきなさい」
「ごめんなさい」修造が代わりに画面を開く。
暗証番号は0606──洸平の誕生日。
送り主は洸平本人だった。
添付されていたのは、深夜1:45のLINEスクリーンショット。
素裸の男性の背中に、赤いマニキュアの爪が妖しく絡みついている。
背中の傷痕は、洸平が「マウンテンバイクで転倒した」と話していたものと酷似していた。スクロールすると、淫らなやり取りが並ぶ。
「洸平もう寝た?」
「起きてる」
「興奮して眠れないんでしょ?」
「別に、そんなんじゃない」
「ベッドではあんなに激しいのに」
「そんな事ない」
「またKAHOとしてね」
「また今度な」
女性の名前はKAHO。
そして添付されたホテルのエントランス写真──赤煉瓦の壁、臙脂色の屋根。
それはこの教会に併設されたホテルだった。
(嘘……ここで……この場所で……)
夏帆は顔色を変え、ウェディングドレスの裾をたくし上げて窓に駆け寄った。
ガラスに映る教会の姿が、すべてを物語っていた。
修造が近づいてくる。
「どうした、夏帆」
「……勘違いでした。お買い物のメッセージでした」
夏帆は咄嗟に携帯の電源を切り、精一杯の笑顔を作った。
「なんだか緊張して来ました」
教会の鐘が再び鳴る。
夏帆の白いパンプスが、深紅のカーペットに踏み出した。
その瞬間、彼女の胸の奥で、何かが静かに、冷たく、決定的に変わった。
(この結婚は……私の復讐のためにある)
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