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◆ 6話 MINAMO依存ニュース
朝。大学生の 三森りく(24) は、
灰のTシャツに緑のパーカーを羽織り、
水色寄りのMINAMOをかけたまま、キッチンでパンを焼いていた。
視界右端にはニュース速報。
『特集:MINAMO依存と“操作後遺クセ”の増加
〜ARを外せない若者たち〜』
りくは眉を上げた。
「…また騒いでるな。」
テレビをつけると、
スタジオには専門家の 七瀬(ななせ)かおり、41歳。
淡い緑のブラウスに灰色のジャケット。
髪は肩で整えられ、知性がにじむ雰囲気。
七瀬が静かに語る。
「“操作後遺クセ”とは、
MINAMOを外しても
手首を返す、指をつまむ、喉を震わせるなどの動作が
無意識に出てしまう現象です。」
スタジオのMCが驚いた顔をする。
「そんなに浸透しているんですか?」
「若い層では3人に1人と言われています。
視界の情報に依存し、
“裸眼の世界”だと不安を感じるケースが増えているのです。」
***
りくはパンをかじりながら、
視界に出たスケジュール確認ジェスチャーを無意識に行った。
手首を軽く返す。
……何も出ない。
「ん?」
気にせず繰り返す。
返す。
返す。
返す。
「……やべ、俺もクセついてる。」
ほんのり焦る。
そこへ、
りくのMINAMOが静かに吹き出しを出した。
『依存チェックをしますか?』
「しなくていい。」
『了解しました。
ただし本日の返し回数:すでに19回です。』
「数えてたの!?」
思わず声が出そうになり、慌てて喉で制御。
***
大学へ向かう途中、
駅の構内アナウンスが流れた。
『本日は“アナログ休憩日”です。
構内で長時間のAR使用はお控えください。』
ホームには、
ARを外した学生たちがぽつぽつといる。
しかし不安げに視線を動かしている者もいた。
そこで、知り合いの
小野戸まひる(27) に遭遇。
黄緑のワンピースに薄灰のコート、
そして淡い黄緑フレームのMINAMO。
「りくくん、ニュース見た?
依存のやつ。」
「見た。……俺もちょっと心当たりある。」
まひるはやや苦笑気味。
「わたしの友だちなんて、
寝るときも外せなくてさ。
真っ暗が不安で。」
MINAMOが日常の“光”になった世界で、
外す行為は昔の人が“スマホを忘れた感覚”に近い。
いや、それ以上。
***
講義室では、
教授の 桐島(きりしま)、55歳。 が
淡い緑シャツに灰スーツで前に立ちながら言った。
「最近、授業中の“喉だけ発声”が増えています。
独り言と誤解されるので、気をつけてください。」
教室の数人が気まずそうにうつむく。
りくも、少し胸が痛む。
「……俺もやったかも。」
***
授業後、
りくはふと、MINAMOを外してみた。
視界が急に軽くなる。
空気の色が違って見える。
音が少し大きく感じた。
それなのに──
手がつい、目の前をつまむ。
なにも起きないのに、
クセだけが残っていた。
『りく、外しても私はいますよ。』
机に置いたMINAMOが、
小さく淡い光を放った。
りくは苦笑しながらつぶやく。
「……これが依存ってやつか。」
でも、悪い気はしない。
生活の静けさの一部になってしまっているから。
MINAMO社会は、
便利さの先にある“静かな依存”へと、
ゆっくり進んでいた。
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