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(き、気まずすぎる!)
「あ、あの、屋敷開けてきてもよかったんですか」
「ああ、心配ない」
透明な青い瞳は、何処を見ているのか分からない。
アルベドが、辺境伯領を後にして二日が経った。とくに何をするわけでもなく、許可されたため書斎に籠もって本を読んでいたが、難しい本が大半を占めていて、めぼしいものはなかった。魔道書と呼ばれるものはいくつかあったため、借りて部屋で読むことにしたが、外に出てみたいと、フィーバス卿にお願いしたら、フィーバス卿直々に案内するといいだしたのだ。そして、今に至ると。
(本当に、気まずすぎるんだけど!?)
いや、別に悪いとは言わない。親子でお出かけとか、憧れていたけれど、こう言うのじゃない! 何か、文句ばかり言っている人に見えるかも知れないけれど、何というか、その、こうじゃないと思った。屋敷にいるメイドか、騎士を連れて外に出るということも出来ただろうに、フィーバス卿が自分が行くといって聞かなかったから。私が、拒否できる立場じゃないのもあったけれど、誰も文句を言わなかった。仮にも、彼は貴族で狙われる可能性だってあるのに。
フィーバス卿が、弱いわけじゃないし、貴族一の防御魔法を使うといわれればそう……何だろうけれど、それにしても、二人でお出かけというのは、何というか恥ずかしさ半分、気まずさ半分だった。ここに、アルベドか、他に誰か緩衝材みたいな人がいればイイのだけど。
(何話せば良いのよ!)
フィーバス卿の夢というか、娘とお出かけするっていうのか、そういうやりたいことリストに入っていたのかも知れない。だったら、もう何も言わず彼のお勧めするところにいって帰ろうと思った。気が気でない。
私が、家族というものの距離感を理解していないせいもあるかもだけど。
「ステラ、気になるところはあるか?」
「き、気になるところですか?ええっと、まだ、辺境伯領のこと理解していなくて……寒いって言うのだけ分かります」
「確かに、寒いところかも知れないな。ラスター帝国の外れにある土地だ。土地が蓄えている魔力量は、帝国一だがな。だが、そのせいで、寒いのかも知れない」
「と、というと?」
レンガ造りの町。けれど、色がないというか、寒色というか、寂しい感じがする。でも、病的な感じもしなくて、活発というわけでもなくて。静かすぎないけれど、賑わっていない。そんな印象を受ける町だった。
作物が育たないとかあるのだろうか。こんなに寒いと、人もあまり動かないのも納得するというか。その理由が、この地の呪いと、魔力量と関係するのだろうか。
「北の洞くつにいったことがあると、アルベド・レイに聞いた。あそこにある、溶けない氷のこと、知っているだろう?」
「え、ああ、はい。ラスター帝国の帝都内に、スケートリンクがあって」
リースといった思い出がある。溶けない氷で作られたスケートリンク。常夏の国に似合わないものだなあと思っていた記憶がある。懐かしいというか、久しぶりにそんな言葉を聞いたなと。
「辺境伯領にも、スケートリンクがあるんですか?」
「ああ、あるぞ。いってみるか?」
と、フィーバス卿は優しく聞いてくれた。正直、スケートは得意じゃないけれど、気晴らしに良さそうだと思った。フィーバス卿は、滑らないかも知れないけれど、無心に滑ることが出来たら、少し冷静さを取り戻せそうだと。
フィーバス卿の顔を伺いながら、私はコクリと頷いた。
彼は身を翻し、ここから近くだから、ついてこいと前を歩く。貴族が町を歩いていても、誰も気づかないんだって、何だか不思議になってきた。私は、目立たない服でお願いします、とメイドに頼んで、貴族らしくない服で、お忍びという感じできたけれど、フィーバス卿はそうでもない、いつも通り、貴族だと丸わかりの服を着ている。ファー付きのマントは、藍色で美しい。
「あ、あの、フィーバス卿」
「何だ。もう少し、歩くスピードを落とそうか」
「い、いえ。大丈夫です。その、何か魔法を掛けていたりしますか?」
「魔法?」
「ええっと、その、そう!周りの人が、私達に気づかないので。ほら、フィー……お父様は、この領地をおさめる貴族でしょ?だから、誰も挨拶しないのが気になって」
あまりにも挙動不審すぎたかも知れない。これが、親子の会話だと思うと、あまりにもぎこちなくて、仲が悪いみたいな、一昔前の、親と子供は対等ではない、親には敬語を、敬意をみたいに思われてしまう。自分でもどうにかしたいのだが、どうにも出来なくて。
フィーバス卿は、ジッと私を見つめた後、辺りを見渡した。もしかして、魔法を掛けていないという可能性もある? と思っていれば、フィーバス卿は、銀色の髪をワシャワシャとかいた。
「魔法を掛けている。目立つのは、苦手だ」
「そ、そうだったんですねー。私にも?」
「ああ。勝手にすまないな。アルベド・レイから、ステラは目立つのが苦手と聞いていたからな。彼奴の言葉を信じるのは、と思ったが、正解だったな」
「し、信用ないんですねえ……」
アルベドは、これまで何をしてきたんだというくらい、信用がないらしい。まあ、フィーバス卿は、私が出会ってきた貴族の中でも、かなり防御が……人を信用していなさそうだし。勿論、アルベドと、ブライトとかいう用心深い性格の人達は見てきたけれど、フィーバス卿はまた違って、何だか、そもそも人と接触をしないみたいな。信用するしない以前の問題にも思えた。
(まあ、それはいいとして――)
私が気づかないうちに魔法を掛けた。魔力を感知できなかったというのは、驚きだった。彼が、父親だから警戒していなかったというのもあるけれど、魔法を発動する際に感じる魔力を一切感じなかったのは驚きだ。何か、あるのかな、と考え込んでいれば、その答えを、当の本人が教えてくれる。
「いつ、魔法を掛けたか気になったのか?」
「え、あ、はい。気づかなかったので。今も、魔法が掛けられているっていう感覚ないですし。本当にいつ……って」
「ステラは、魔法が好きなのか?」
てっきり、答えが返ってくるものだと思っていたため、この質問は予想外だった。
確かに、魔法に興味がない訳ではないし、興味があるといわれれば、興味がある。前の世界で、魔法が使えなかったというのもあるから、自分が魔法を使えていることに違和感があるというか。それに、使い慣れていた方がいい、というのは、これまで戦ってきた中で思い続けてきたこと。
「魔法、好き……です。その、お父様も好きなんですか?」
「ああ、そうだな」
「この高度な魔法も、その賜物だと」
私が、恐る恐る聞けば、フィーバス卿は、真っ直ぐ前を向いて、ああ、と答えた。でも、何処か寂しそうで、苦しそうな表情を見ていると、違和感を覚えずにはいられない。フィーバス卿は、この地に縛られていて、本来なら、魔法を嫌っていても可笑しくないんじゃないかと思っていたけれど。でも、魔法への探究心がなければ、高度な魔法は使えないと思った。魔法は、イメージが大切だから。
だから、こんな返し方だったのかも知れない。
「ステラが前にやったように、魔力を最小限に抑えて、魔法を掛けている。まあ、ここまで来るのには時間がかかったがな。だが、出来ないわけでも無い」
と、フィーバス卿は付け加えた。
にしても、相手に感知されないくらいの魔法ってどれだけ抑えたのだろうか。抑えれば威力も弱くなるわけだし。フィーバス卿は、簡単に言ってのけたけど、私やアルベドであっても、難しいことなんじゃないかと思った。少量の魔力で、高魔法を。
フィーバス卿の魔力が、そもそもそう言うものなんじゃないかと思ってしまった。勿論努力はしているだろうけれど。
(でも、気づかれないほどの魔力で、魔法が使えるって便利かも)
「ああの、お父様。それ、私にもいつか教えて下さい」
「ん?ああ、分かった。ステラになら、教えよう。本当に、お前は魔法が好きなんだな」
そういって、フィーバス卿は手を伸ばしたが、すぐに引っ込めて、難しい顔をする。頭を撫でたかったんだろうけれど、何故引っ込めたのか。そうして、彼はスケートリンク場まで、もう少しだと、再び歩き出す。
(あ、れ……?)
私が、まだ溝をうめきれていないためか。家族だけど、遠い存在、そう感じてしまっているためか。遠くなっていくフィーバス卿の背中を追いながら、私も一歩踏み出した。