コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
夏の陽射しが照りつける中、日野間駿は叔父の家の玄関先に立っていた。久しぶりに会う叔父は、相変わらず無精ひげを生やしたままだった。
「おう、駿! 大きくなったな」
まるで小学生に会うかのような決まり文句に、駿は苦笑いを浮かべる。高校一年生になったばかりとはいえ、身長は既に叔父を超えていた。
「一郎叔父さんこそ、ちっとも変わってないね」
「歳をとらないのが俺の特技だからな」
玄関に入り、叔父の住む一軒家の奥へと進む。純和風の家屋は、駿の両親が共働きで忙しい都会の生活とは違い、どこか懐かしい雰囲気を醸し出していた。一郎叔父は田舎町の役場に勤めていて、この夏休みの間、駿を預かることになっていた。
「で、この田舎町で何して過ごすつもりだ? スマホゲームか?」
茶碗に注がれた麦茶を一気に飲み干しながら、駿は首を横に振った。
「いや、ちょっと地元のこと調べようかと思ってさ。学校の自由研究で使えるかも」
「へえ、真面目なやつだな。お前のお袋さんに似てきたな」
一郎叔父は笑いながら、自分も麦茶を飲んだ。
「この辺りって何か面白い場所とかある? 歴史的な建物とか、伝説とか」
叔父の表情が一瞬こわばったように見えた。駿は自分の想像だと思った。
「そういや、廃校になった中学校があるな。俺も昔通ってたんだが、十年前に統廃合で閉鎖されちまった」
「廃校?」駿は興味を示した。「行ってみていい?」
「止めとけって」
叔父の声のトーンが変わった。駿は眉をひそめる。
「なんで?」
「あそこにはな…」一郎叔父は言葉を選ぶように間を置いた。「変な噂があるんだよ」
「噂?」
「あそこの職員室にはな、十三人の先生が残ってるって話なんだ」
駿は思わず笑ってしまった。「幽霊ってこと?」
「笑い事じゃないんだ」一郎叔父は真剣な表情で言った。「平日の午後、あの職員室からは奇妙な音が聞こえてくるらしい。そして、若い大人が入って行くと、二度と出てこないんだ」
「都市伝説みたいだね」
「伝説なら良かったんだがな…」一郎叔父は言葉を濁した。「いいか、駿。あそこには近づくな。特に平日の午後四時から六時までは絶対だ」
その夜、布団に横になりながら、駿は叔父の言葉を思い返していた。怖い話が好きな駿にとって、廃校の噂は無視できない魅力があった。
「十三人の先生か…」
スマホの画面を見ると、地図アプリには確かに近くに廃校らしき建物が表示されていた。マークされた場所は、叔父の家から自転車で二十分ほどの距離だった。
翌日の午前中、駿は叔父に買い物を頼まれて自転車で出かけた。スーパーでの買い物を終えると、彼は迷わず廃校の方角へとペダルを漕いだ。昼間なら危険はないだろう。叔父の警告は平日の午後に限ったものだった。
廃校は小高い丘の上にあった。サビた校門には「立入禁止」の看板が掛けられていたが、フェンスには既に穴が開いていた。駿はそこから敷地内に入り込んだ。
校舎は予想以上に保存状態が良かった。窓ガラスはほとんど割れておらず、外壁の塗装も部分的に剥がれている程度だった。玄関に近づくと、扉は固く閉ざされていた。しかし、サイドの窓が割れており、中に入れるようになっていた。
「さて、探検開始だな」
駿は窓から中に滑り込んだ。内部は埃っぽく、かすかにカビの匂いがした。靴音が廊下に反響する。教室のドアはほとんど開いており、中には机や椅子が無造作に残されていた。
「普通の廃校だな…」
失望しかけた駿だったが、そこで思い出した。叔父が言っていたのは職員室のことだ。一階の廊下を進み、案内板を見つけると、職員室は二階にあることがわかった。
階段を上り、二階の廊下を進む。「職員室」と書かれたドアの前で、駿は立ち止まった。なぜか緊張していた。ゆっくりとドアノブを回すと、鍵はかかっていなかった。
中に入ると、そこは予想通りの荒れた職員室だった。埃をかぶった机が整然と並び、壁には古い時間割表や掲示物が残っていた。窓からは明るい日差しが差し込み、空中を漂う埃の粒子が光っていた。
「何もないじゃん…」
駿はため息をついた。やはり噂は単なる都市伝説に過ぎなかったのだろう。彼は机の間を歩き回り、引き出しを開けてみたりしたが、特に変わったものは見つからなかった。
ただ、一番奥の机の上には、何かが置かれていた。近づいてみると、それはトロフィーだった。艶やかな金色の表面には、「優秀教員賞」と刻まれていた。
「おかしいな…」駿は眉をひそめた。「廃校になって十年も経つのに、どうしてこんなものだけが…」
その時、彼の背後で何かが動いた気がした。振り返ったが、誰もいない。風だろうか。しかし窓は閉まっていた。
奥の机の引き出しを開けてみると、その中には古い出席簿が入っていた。駿はそれを取り出し、パラパラとページをめくった。最後の記入日は十年前だった。最後のページには、赤いインクで「十三体」という文字が大きく書かれていた。
「十三体…?」
突然、遠くからチャイムの音が聞こえた。駿は時計を見た。午後四時だった。心臓が高鳴るのを感じる。一郎叔父の警告が頭をよぎった。
「やばい、帰ろう」
駿が職員室を出ようとした時、ドアが勢いよく閉まった。慌ててドアノブを回すが、開かない。
「おい、冗談はよせよ…」
振り返ると、職員室の景色が変わっていた。埃や汚れが消え、机はピカピカに磨かれ、窓からは夕方の赤い光が差し込んでいた。そして、机の前には十三の影が並んでいた。
駿は息を呑んだ。一番奥の机の前には、頭部がトロフィーになった男の姿があった。その横には、同じく頭部がトロフィーになった男が立っていた。そして残りの十一体も、頭部が様々なものに置き換わっていた。三角定規、テープレコーダー、毛筆、フラスコ…
「これは夢だ…」駿はつぶやいた。「ここを出なきゃ…」
だが、十三体の姿は幻ではなかった。彼らは駿に気づいていないようだった。まるで彼が存在しないかのように、それぞれが自分の作業に没頭していた。
駿はゆっくりとドアに近づいた。「お願いだから開いてくれ…」
ドアノブを回すと、今度は簡単に開いた。彼は急いで廊下に出て、走り出した。階段を駆け下り、玄関に向かう。後ろから誰かが追いかけてくる気配はなかった。
校門を抜け、自転車に飛び乗った駿は、振り返ることなく叔父の家へと帰った。
「どこ行ってたんだ? 心配したぞ」
叔父の家に戻ると、一郎叔父は不機嫌な表情で出迎えた。買い物袋を見て、少し表情が和らぐ。
「ごめん、ちょっと寄り道しちゃって」
「まさか…」
駿は黙って頷いた。
「あの廃校に行ったのか?」一郎叔父の顔から血の気が引いた。「何か見たか?」
「うん…でも大丈夫だった。逃げてこれたし」
一郎叔父は溜息をついた。「座れ」
二人はリビングのテーブルを挟んで座った。叔父はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「あの廃校にはな、ある呪いがかかってるんだ」
「呪い?」
「十年前、あの中学校で何かあったんだ。詳しいことは役場でも口を閉ざしてるけど、教師たちが何か悪いことをした。そして、それが原因で学校は閉鎖された」
「先生たちが何を…?」
「わからん。だが、その後から噂が流れるようになった。職員室に十三人の先生が残っていて、平日の午後になると集会を開き、新しい教師を歓迎するという」
「新しい教師?」
「そう。二十一歳から三十五歳の若者が入ると、新任教師として紹介され、そして…殺される。その後、頭部が持ち去られ、何か別のものが付けられるんだと」
駿の背筋が寒くなった。あの十三体の正体は殺された教師たちなのか?
「でも、俺には何もなかったよ」
「お前はまだ高校生だからだ。あの存在は教師になりうる年齢の人間しか認識しないんだ」
駿は考え込んだ。「そういえば、職員室で『十三体』って書かれた出席簿を見つけたよ」
一郎叔父の顔色が変わった。「それは…見なかったことにしろ」
「なんで?」
「あの出席簿はな、十三体の記録だ。誰が捕まり、どんな形で変えられたか。それを見たら、お前も関わることになる」
「もう見ちゃったけど」
一郎叔父は頭を抱えた。「くそっ…」
その夜、駿は再び廃校のことを調べた。地元の掲示板や古いニュースを検索すると、十年前の閉校についての記事がいくつか見つかった。
「███中学校、統廃合により閉校へ」
「教員の不祥事、詳細は非公表」
「失踪事件との関連を否定」
断片的な情報からは、何かがあったことは確かだが、詳しいことはわからなかった。さらに検索を続けると、ある匿名掲示板のスレッドを見つけた。
「午後四時の職員室 - 十三体の伝説」
スレッドには、廃校の職員室で目撃された奇妙な光景についての書き込みがいくつかあった。
「友人が廃校に探検に行ったきり帰ってこない」
「平日の午後四時から六時までは絶対に近づくな」
「あの職員室では、教師たちが異常な会議をしている」
「新任教師として歓迎され、殺される」
「頭部が取り替えられた十三人の姿」
駿の目に飛び込んできたのは、最後の書き込みだった。
「私の兄は教育実習生だった。あの職員室に入り、二度と戻ってこなかった。一ヶ月後、山中で遺体が見つかった。頭部の代わりに白紙の辞書が取り付けられていた」
駿は身震いした。記事の投稿日は三年前。あの十三体は、閉校後も犠牲者を増やし続けているのか。
その時、スマホに通知が入った。一郎叔父からのメッセージだった。
「明日、仕事で市役所に行く。お前も連れて行くから朝早く起きろ」
翌朝、駿は叔父と共に市役所へと向かった。一郎叔父は資料室の担当者と話をすると、古い書類を探し始めた。
「何を探してるの?」駿が尋ねると、叔父は小声で答えた。
「あの学校の記録だ。閉校になった本当の理由を知りたいんだ」
二人は古い文書を調べ始めた。大半は通常の学校運営に関する書類だったが、一郎叔父はある封筒を見つけ出した。「人事記録 - 機密」と書かれていた。
「これだ」
資料室から出ると、二人は近くの公園のベンチに座った。一郎叔父は封筒から書類を取り出し、駿と共に読み始めた。
そこには、十年前に起きた一連の出来事が記録されていた。不適切な教育方針、体罰、いじめの黙認、そして複数の生徒の自殺。特に最後の自殺事件は、十三人の教師が関わっていた。彼らは問題を隠蔽しようとしたが、最終的に全てが明るみに出て、学校は閉鎖された。
「これが十三体の正体か…」駿はつぶやいた。
「驚いたか? 人間の悪意は時に霊よりも恐ろしい」一郎叔父は苦い表情で言った。
「でも、どうしてあんな姿になったんだろう?」
「それは…」叔父は言葉を濁した。「おそらく彼らの罪の象徴なんだろう」
書類の最後のページには、十三人の教師の名前と写真が載っていた。一番上には「校長」と書かれた男性の写真があり、その横には「教頭」の写真があった。続いて「数学教師」「国語教師」「社会教師」「理科教師」「地理教師」「美術教師」「音楽教師」「家庭科教師」「技術教師」「体育教師」「養護教諭」の写真が並んでいた。
駿は息を呑んだ。職員室で見た十三体の姿と、これらの写真が重なった。校長の頭部はトロフィーに、数学教師は三角定規に、国語教師はテープレコーダーに…それぞれの教科や役職を象徴するものに変わっていたのだ。
「彼らは死んだのか?」駿は尋ねた。
一郎叔父は首を横に振った。「いや、記録によると、事件後に全員失踪したらしい。自殺したとも、逃亡したとも言われているが…」
「本当のことは誰も知らない」
「そうだ」
帰り道、駿は考え込んでいた。十三体の秘密が少しずつ明らかになってきたが、まだ解決していない謎がある。なぜ彼らは若い大人を殺すのか。そして、なぜ頭部を取り替えるのか。
家に戻ると、駿は部屋に引きこもり、廃校について調べ続けた。そして夕方、一つの決断をした。
「もう一度、あの職員室に行ってみる」
次の日は水曜日だった。一郎叔父が仕事に出かけた後、駿は準備を始めた。スマホで写真や動画が撮れるようにし、小型の懐中電灯も用意した。念のため、鉄パイプも持っていくことにした。
午後三時、駿は再び廃校に向かった。今度は平日の午後だ。叔父の警告を無視することになるが、十三体の秘密を解き明かしたかった。
校内に入り、静かに二階へと上がる。職員室の前で立ち止まり、時計を確認した。午後三時四十五分。あと十五分で「彼ら」が現れる。
駿は職員室に入り、窓際の物陰に隠れた。そこから室内全体が見渡せる位置だった。時間が過ぎるのをじっと待った。
午後四時ちょうど、チャイムの音が鳴り響いた。
瞬間、職員室が変化した。埃や汚れが消え、机や椅子が元の位置に戻り、古びた状態から新品同様の姿に変わった。そして、十三の影が浮かび上がった。
駿はスマホを取り出し、動画撮影を始めた。
一番奥の机には、頭部がトロフィーになった男性が座っていた。その横には、同じく頭部がトロフィーだが少し小さめの男性が立っていた。他の十一体も次々と姿を現し、それぞれの机に向かって作業を始めた。
三角定規の頭を持つ男は、机に向かって何かの計算をしていた。テープレコーダーの頭を持つ女性からは、奇妙な会話が繰り返し流れていた。毛筆の頭を持つ男の机には、読めない文字で書かれた本が山積みになっていた。
駿は息を殺して観察を続けた。彼らは彼に気づいていないようだった。
しばらくして、小さいトロフィーの頭を持つ男が立ち上がった。
「皆さん、会議を始めます」
他の十二体が作業を中断し、注目した。
「本日の議題は、新しい教育方針についてです」
「提案があります」フラスコの頭を持つ男が発言した。「生徒実験での安全対策として、硫酸の代わりに王水を使用してはどうでしょうか」
「賛成です」バスケットボールの頭を持つ男が言った。「体育でも、生徒の安全を考えて、マットの下に釘を敷いてはどうでしょう」
「素晴らしい提案ですね」トロフィーの頭が答えた。「どちらも採用しましょう」
駿は恐怖と嫌悪感で胸が締め付けられた。これが十年前、この学校で実際に行われていた会議なのか? これほど明らかに危険な提案を、誰も止めようとしないのか?
会議は続いた。「不登校対策として、欠席した生徒の家族に罰金を課す」「成績不振者には食事を与えない」「問題児には特別指導として地下室での反省」…次々と非人道的な提案が承認されていく。
突然、会議が中断された。小さいトロフィーの頭が、「新しいお知らせがあります」と言った。
「明日から、新しい教育実習生が着任します」
十三体全員が喜ぶように見えた。救急箱の頭を持つ女性が、「どんな方ですか?」と尋ねた。
「二十四歳の女性です。国語を担当します」
駿は息を呑んだ。彼らは次の犠牲者のことを話している。誰かが明日、この場所に来るというのか?
その時、駿のスマホがバイブレーションで震えた。着信だった。画面を見ると、一郎叔父からだった。
駿は慌ててスマホを切った。だが、遅かった。
十三体全員が、一斉に彼の方を向いた。
「そこに誰かいる」トロフィーの頭が言った。
駿は身を縮めた。彼らには高校生である自分は見えないはずだ。だが、物音には反応するようだった。
十三体は彼の隠れている場所に近づいてきた。駿は息を殺し、動かないようにした。
一番近くまで来たのはメトロノームの頭を持つ女性だった。彼女の頭部は絶え間なく左右に振れていた。駿のすぐ横に立ち、何かを感じ取ろうとしているかのようだった。
「誰もいない」と彼女は言った。「気のせいだったようです」
十三体は元の位置に戻り、会議を再開した。駿はほっと息をついた。
だが安心したのも束の間、窓の外に人影が見えた。誰かが校舎に向かって歩いてくる。二十代前半の女性のようだった。
「まさか…」駿は思わず声を漏らした。
その瞬間、十三体が再び彼の方を向いた。今度はより確信を持った様子だった。
「そこにいるな」トロフィーの頭が言った。「出てこい」
駿は動かなかった。彼らには自分が見えないはずだ。だが、十三体は確実に彼の存在を感じていた。
救急箱の頭を持つ女性が手にメスを握り、駿の隠れている場所に向かって歩き出した。
「やばい…」
駿は立ち上がり、ドアに向かって走った。十三体は彼の姿を見ることができないようだったが、動きには反応した。彼らは音を頼りに追いかけてきた。
廊下に出た駿は、階段に向かって走った。背後では、十三体が職員室から出てくる音がした。これまで、彼らが職員室の外に出てくることはないと思っていたが、それは間違いだったようだ。
階段を駆け下りながら、駿は窓の外を見た。女性は既に校舎の入り口にたどり着いていた。このままでは彼女が十三体と遭遇してしまう。
「危ない! 入らないで!」駿は大声で叫んだ。
叫び声を聞いたのか、女性は足を止めた。駿はさらに大声で叫び続けた。
「中に入らないで! 危険だ!」
女性は混乱した様子で辺りを見回した。駿は一階に到着し、入り口に向かって走った。
「逃げて! ここは危険だ!」
女性は恐怖の表情を浮かべ、踵を返して走り去った。駿はほっと息をついた。少なくとも一人は救えた。
だが、背後からは十三体の足音が迫っていた。駿は外に飛び出し、全力で走った。
一郎叔父の家に戻った駿は、玄関で叔父と鉢合わせた。
「どこに行ってた?」一郎叔父は明らかに怒っていた。「電話したのに出ないし」
「ごめん、ちょっと…」
駿の様子に気づいたのか、叔父の表情が変わった。
「まさか、また…?」
駿は黙って頷いた。
「バカ野郎!」一郎叔父は駿の肩を掴んだ。「あそこが危険だって言っただろう!」
「でも、真相を知りたかったんだ」駿は自分のスマホを取り出した。「それに、証拠も撮れた」
二人はリビングでスマホの動画を見た。駿が撮影した職員室の様子、十三体の姿、そして彼らの会議。叔父は画面を食い入るように見つめていた。
「信じられない…」一郎叔父はつぶやいた。「本当に存在していたのか」
「叔父さん、実は何か知ってるんでしょ?」駿は直球で尋ねた。「どうしてあんなに詳しいの?」
一郎叔父は長い間黙っていた。やがて、深いため息をついて口を開いた。
「実はな、俺もあの中学校の出身なんだ。十三年前の卒業生だ」
「それだけ?」
「いや…」一郎叔父の表情が暗くなった。「あの十三人の教師たちが、最後に教えていた学年の生徒だったんだ」
駿は驚いた。「それって…」
「そう、俺たちの代で、あの学校で何かがあった。三人の同級生が自殺したんだ」
一郎叔父は過去を思い出すように眼差しを遠くに向けた。
「あの教師たちは最悪だった。体罰は日常茶飯事、いじめは黙認、成績不振者への嫌がらせ…」
「それで、三人が…」
「ああ。最初は藤原。いじめられていて、先生に相談したのに無視された。次は村上。数学の点数が悪くて、教師たちから『人間のクズ』と罵られ続けた。最後は…」
一郎叔父の声が震えた。
「最後は、俺の親友の健太だった」
駿は黙って叔父の話を聞いた。
「健太は校則違反で特別指導を受けた。地下室に一週間閉じ込められたんだ。出てきた時は別人のようになっていて、その三日後に…」
叔父の言葉は途切れた。
「俺たち生徒は真実を訴えたが、学校は隠蔽しようとした。特に十三人の教師たちはな。だが、保護者たちが立ち上がり、最終的に事件は明るみに出た。学校は閉鎖され、教師たちは行方不明になった」
「行方不明?」
「ああ。真相が明らかになった直後、十三人全員が姿を消した。自殺したという噂もあれば、逃亡したという説もある」
「でも、彼らは死んでないよね」駿は言った。「あの姿で職員室に残っている」
「そう見える」一郎叔父は頷いた。「彼らの罪の呪いが、あの場所に残ったんだろう」
「でも、なぜ若い大人を殺すんだろう?」
「新しい教師だからじゃないか?」一郎叔父は考え込んだ。「彼らは自分たちと同じ過ちを犯す可能性のある人間を排除しているのかもしれない」
「でも、それは間違ってる」駿は言った。「犠牲になった人たちは、何も悪いことをしていないのに」
「そうだな」叔父は頷いた。「だからこそ、あの場所は危険なんだ。あの十三体は、自分たちの罪を認識していない。彼らは自分たちが正しいと思っている」
駿はスマホの画面をもう一度見つめた。「この動画を公開すれば、人々は警戒するようになるかも」
「待て」一郎叔父は駿の手を押さえた。「それは危険だ。この動画を見た人々が好奇心から廃校を訪れたらどうなる? もっと多くの犠牲者が出るかもしれない」
「じゃあ、どうすればいいの?」
「役所に報告する。適切な対応をしてもらうんだ」
その夜、駿は眠れなかった。廃校のこと、十三体のこと、そして叔父の話が頭から離れなかった。
翌朝、一郎叔父は早くに出かけた。役所に報告するためだった。駿は一人で朝食を取りながら、テレビのニュースを見ていた。
「昨日午後、廃校となった███中学校付近で女性が不審な男性に追いかけられる事件がありました。女性は無事でしたが、警察は…」
駿はリモコンを落とした。昨日自分が警告した女性のことだ。彼女は警察に通報したようだった。テレビを消すと、駿は考え込んだ。
「これで終わりにはならない」
駿は決意した。十三体の存在を終わらせなければならない。だが、どうやって? 彼らはすでに死んでいるのか、それとも別の何かなのか。
その時、駿はある考えに至った。あの出席簿だ。「十三体」と書かれていた出席簿には、彼らの秘密が記されているかもしれない。
一郎叔父に黙って、駿は再び廃校へ向かうことにした。ただし、今度は午前中だ。十三体が現れない時間帯なら安全だろう。
廃校に着いた駿は、素早く校舎内に入り、職員室へと向かった。昼間の職員室は、前回と同じく埃っぽく荒れた状態だった。
奥の机の引き出しを開けると、例の出席簿はまだそこにあった。駿はそれを取り出し、中身を詳しく調べた。
最後のページに「十三体」と書かれていたが、その下にも小さな文字があった。
「我々十三の魂は、職員室に封じられた。我々の罪を清めるため、新たな教師が必要だ。二十一名が揃った時、我々は解放される」
駿は眉をひそめた。「二十一名?」
出席簿をさらにめくると、そこには名前のリストがあった。「犠牲者」と題されたそのリストには、十八個の名前が記されていた。最後の名前の横には、「あと三名」という書き込みがあった。
「彼らは二十一名の犠牲者を必要としているのか…」
さらに調べていると、出席簿の最後のページの裏側に、小さな文字で書かれた呪文のようなものを発見した。
「十三の魂を解放するには、真実を語れ。罪を認めよ。悔い改めよ」
駿はその言葉を何度も読み返した。これが十三体を終わらせる鍵なのか? 彼らは自分たちの罪を認めていない。だから、この呪いから解放されないのではないか?
出席簿を持って校舎を出ようとした時、駿は時計を見た。午後三時だった。まだ時間はあるが、急いだ方が良い。
一郎叔父の家に戻ると、叔父はまだ帰っていなかった。駿は出席簿を詳しく調べ続けた。そして、ある決断をした。
「最後にもう一度、あの場所に行く」
午後三時四十五分、駿は再び廃校の職員室に立っていた。出席簿を手に持ち、十三体が現れるのを待った。
午後四時、チャイムが鳴り、職員室が変化した。十三体が姿を現す。
「皆さん、会議を始めます」小さいトロフィーの頭が言った。
他の十二体が注目する中、駿は出席簿を高く掲げた。
「これを見つけました」
十三体全員が驚いたように動きを止めた。彼らには高校生である駿は見えないはずだったが、出席簿は見えるようだった。
「誰だ?」大きなトロフィーの頭が問いかけた。
「私は日野間駿。あなた方にはこの姿は見えないでしょうが、この出席簿は見えるはずです」
十三体は混乱した様子で互いを見つめた。
「私はあなた方の過去を知っています」駿は続けた。「十年前、この学校で何があったかを」
「黙れ!」トロフィーの頭が怒鳴った。「お前に何がわかる」
「三人の生徒が自殺した。あなた方はそれを隠そうとした」
十三体の間に緊張が走る。
「お前は何者だ?」三角定規の頭が問うた。
「一人の高校生です。ただ、真実を知りたいと思っただけです」
駿は出席簿の最後のページを開いた。
「あなた方は二十一名の犠牲者を必要としている。そして、今までに十八名が犠牲になった」
「そうだ」トロフィーの頭が答えた。「あと三名だ」
「でも、それは間違っています」駿は言った。「あなた方は自分たちの罪から逃れようとしている。でも、それでは解放されません」
「何を言っている?」
「ここに書いてある」駿は出席簿の裏ページを指さした。「『十三の魂を解放するには、真実を語れ。罪を認めよ。悔い改めよ』」
十三体は静まり返った。
「あなた方は、自分たちが行ったことを認めていない。生徒たちを追い詰め、自殺に追いやったことを」
「違う!」トロフィーの頭が叫んだ。「我々は正しかった。甘やかしは教育ではない。厳しさこそが必要だった」
「その『厳しさ』が三人の命を奪ったんです」
職員室が揺れ始めた。窓から差し込む光が変化し、影が伸び縮みする。十三体も不安定になり、その姿がちらつき始めた。
「我々は…間違っていた…のか?」フラスコの頭が弱々しく言った。
「あなた方は教師だった」駿は言った。「生徒を守り、育てるはずだった。でも、その逆をした」
一体、また一体と、十三体が膝をつき始めた。彼らの頭部が元の人間の姿に一瞬戻り、また元の物体に戻るという現象が繰り返された。
「認めなさい」駿は言った。「あなた方の行いを」
「私たちは…」大きなトロフィーの頭を持つ男が口を開いた。「私たちは間違っていた」
「生徒たちを…傷つけた」テープレコーダーの頭が続いた。
「守るべき者を…追い詰めた」救急箱の頭が言った。
一人ずつ、十三体が自分たちの過ちを認め始めた。そのたびに、彼らの姿はより不安定になり、人間の姿と物体の頭部との間で揺れ動いた。
最後に、小さいトロフィーの頭が言った。「私たちは…許されない」
「でも、認めることが最初の一歩です」駿は言った。「悔い改めることが、あなた方を解放する唯一の道です」
十三体が一斉に声を上げた。「私たちは罪を認める。私たちは間違っていた」
その瞬間、職員室全体が激しく揺れ、眩い光に包まれた。駿は目を閉じ、身を守るように膝をついた。
光が収まると、職員室は元の荒れた状態に戻っていた。しかし、今度は違った。埃や汚れはあるものの、十年前の廃校当時の状態ではなく、もっと自然な古びた感じだった。
そして、十三体の姿はなかった。代わりに、十三の淡い光が天井へと上昇していくのが見えた。それは魂が解放されたようにも見えた。
床には十三個の物体が落ちていた。トロフィー、三角定規、テープレコーダー…かつて十三体の頭部だったものだ。しかし、今はただの物体になっていた。
そして、もう一つ。出席簿の最後のページが変わっていた。「十三体」という文字は消え、代わりに「解放された」という言葉が書かれていた。名前のリストも消えていた。
駿は安堵のため息をついた。終わったのだ。
一郎叔父の家に戻ると、叔父が心配そうな顔で待っていた。
「駿! どこに行ってたんだ?」
駿は全てを話した。出席簿のこと、十三体との対話、そして最後の解放の瞬間まで。一郎叔父は黙って聞いていたが、その表情には驚きと安堵が混ざっていた。
「本当に終わったのか…」叔父はつぶやいた。
「うん、彼らは自分たちの罪を認めて、解放された」
「健太たちも…報われたのかな」
「きっと」駿は頷いた。「真実が明らかになり、十三体の呪いが解けたんだから」
翌日、二人は廃校を訪れた。職員室は確かに変わっていた。重苦しい雰囲気は消え、ただの古い学校の一室になっていた。
床には十三の物体が残されていたが、それらはもはや特別なものではなかった。一郎叔父はそれらを一つずつ手に取り、懐かしむように見つめた。
「これでようやく、あの日のことに区切りがつけられる」
駿は頷いた。「叔父さんも、もう過去に囚われなくていいよ」
二人が帰ろうとした時、廊下の端に三つの光る影を見た気がした。振り返ると、そこには誰もいなかった。だが、どこからか「ありがとう」という囁きが聞こえたような気がした。
「聞こえた?」駿が尋ねると、一郎叔父は静かに頷いた。
「健太たち…かもしれないな」
夏休みの残りの日々、駿は普通の高校生に戻った。叔父と釣りに行ったり、地元の祭りに参加したり。時々、廃校のことを思い出すこともあったが、もはや恐怖はなかった。
夏休みの最後の日、駿は帰路につく前に、一郎叔父と最後の会話をした。
「駿、お前は本当に勇敢だったよ」叔父は言った。「俺たちは十年間、あの呪いの存在を知りながら、何もできなかった」
「いや、たまたまだよ」駿は照れながら答えた。「それに、あの出席簿がなければ、何もできなかった」
「それでも、お前が終わらせたんだ。健太たちも喜んでいるよ」
駿は遠くを見つめた。「教師って、大きな責任があるよね」
「ああ。子供たちの未来を預かる仕事だからな」
「俺、将来教師になろうかな」
一郎叔父は驚いたように駿を見た。「本気か?」
「うん。あの十三体のような教師じゃなくて、生徒たちを本当に守れる先生になりたい」
一郎叔父は優しく笑った。「なれるさ。お前なら」
バスに乗り込む前、駿は最後に廃校の方向を見た。もう二度と十三体が現れることはないだろう。だが、その教訓は駿の心に深く刻まれていた。
人を育てることの責任の重さ。そして、過ちを認め、悔い改めることの大切さ。
バスが動き出し、町の風景が流れていく。駿は未来について考えていた。教師という選択肢が、彼の心の中で少しずつ形を成し始めていた。