テラーノベル
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第12話:ハリウッド女優からのリポスト
翌朝。
抜けるような青空の下、十勝平野を吹き抜ける爽やかな春の風が、縁側に心地よい涼気を運んできた。
遠くに見える日高山脈にはまだ白い雪が被っており、その雄大な景色を見ながら飲む淹れたてのコーヒーは、控えめに言って最高だった。
「……完璧だな」
俺はマグカップを片手に、縁側の横にそびえ立つ『それ』を見上げて満足げに頷いた。
昨日、俺(と、主にシロのレーザーカッター爪)が作り上げた、特製キャットタワー。
釘を一本も使わず、シロが『スゥッ』と鏡面仕上げにスライスした古材をパズルのように組み合わせて完成させた、高さ2メートルほどの立派な木製神殿である。
その最上段の特等席では、純白のもふもふ――シロが、朝日を全身に浴びてキラキラと神々しいオーラを放ちながら、気持ちよさそうに丸まっていた。
「スゥ……プスゥ……」
シロの規則正しい寝息と共に、周囲の空気が清浄化されていくのがわかる。マイナスイオンの泉だ。このタワーの近くで深呼吸するだけで、寿命が三年は延びる気がする。
「さて、今日は小春ちゃんも学校が休みだし、午後からゆっくり配信でも……」
そう呟き、二口目のコーヒーを飲もうとした、その時だった。
――キキィィィィィッ!!!
庭の入り口で、ブレーキの激しい摩擦音が響き渡った。
見れば、私服姿(オーバーオールにパーカーという可愛らしい休日スタイル)の小春ちゃんが、自転車をドリフト気味に停め、そのまま放り投げるようにしてこちらへ猛ダッシュしてくるではないか。
「お兄さあああああああああああんっ!!!」
「ぶふっ!?」
あまりの剣幕に、俺は思わずコーヒーを吹き出しそうになった。
「こ、小春ちゃん!? どうしたんだ朝から。顔面蒼白だぞ。まさかヒグマでも出たか!?」
「ヒグマよりヤバいです!! 世界が、世界が終わります!!」
「主語がデカい! 落ち着け!」
縁側に飛び込んできた小春ちゃんは、肩でぜぇぜぇと息をしながら、震える手で自分のスマートフォンを俺の顔の前に突きつけた。
「み、見でぐださい……これ……っ!」
「ん? なんだ、X(旧Twitter)の画面……って、うおっ!?」
俺は目を疑った。
画面に表示されていたのは、昨日のDIY配信の『切り抜き動画』だった。
俺がノコギリで苦戦している横で、シロがスッと前足を振り下ろし、丸太を鏡面仕上げで真っ二つに両断するあのシーンだ。
驚くべきは、その動画の再生数。
「……ごせんまん、再生……?」
一、十、百、千、万……。
何度桁を数え直しても、5000万回再生である。
さらに、『いいね』の数は300万を超え、現在進行形でスロットマシンのように数字が回転し続けている。
「な、なんだこれ。いくらシロのサムライ・スラッシュが面白かったからって、バズり方が異常だろ。昨日までは多くても数万リポストだったはず……」
「動画がバズったんじゃないんです! 『誰が』この動画をリポストしたかが問題なんです!! ここ、この引用元のコメント見てください!!」
小春ちゃんがバンバンと画面をタップする。
そこには、英語で書かれた一つの短い投稿があった。
アカウント名には青い公式マーク。フォロワー数は驚異の『1.2億人』。
アイコンは、誰もが一度はスクリーンで見たことがあるであろう、金髪で碧眼の、世界で最も有名なハリウッドトップ女優のものだった。
『Oh my god… I found my angel. This beautiful white cat just cured my shooting fatigue. I need to go to Japan right now.』
(オーマイガー……私の天使を見つけたわ。この美しい白猫が、撮影の疲労を全て吹き飛ばしてくれた。今すぐ日本に行かなくちゃ)
「………………………………は?」
俺の脳細胞が、完全に機能停止した。
「シャーロット・エヴァンスですよ!? あの、昨年のアカデミー賞で主演女優賞を獲った、超絶トップスターのシャーロット・エヴァンスが、シロちゃんの動画を引用リポストしたんです!!」
「シャ……ハリウッド……えっ?」
「それだけじゃありません! お兄さん、自分のMeTubeチャンネルの登録者数、確認してみてください!!」
言われるがまま、俺は自分のスマホを取り出し、震える指でMeTubeアプリの『日常チャンネル』のページを開いた。
【日常チャンネル】
チャンネル登録者数: 1,250,000人
「ひゃ、ひゃくにじゅうごまん……」
「一晩で100万人増えました! ミリオン達成です!! 今、世界中のシャーロット・エヴァンスのファンと、海外のネットニュースの記者が、このチャンネルに大挙して押し寄せてきてるんです!!」
小春ちゃんの言う通り、俺のスマホの通知欄は、昨晩から絶え間なく「チャンネル登録されました」のメッセージで埋め尽くされ、バイブレーションが鳴りっぱなしでカイロのように熱を持っていた。
「……なるほど」
俺は、スマホをそっと縁側の床に置いた。
そして、冷めかけたコーヒーをグイッと飲み干し、遠くに見える美しい日高山脈に向かって、静かに語りかけた。
「小春ちゃん。人間、許容量を超えたストレスや異常事態に直面すると、脳が自己防衛のために『全て夢だ』と錯覚する機能があるらしいぞ」
「現実逃避しないでください!! 起きてます! これは現実です!!」
「だってハリウッドだぞ!? 俺はただ、限界集落の古民家で、猫と静かに暮らしたかっただけなんだ……なんでアカデミー賞女優に見つかってんだよ……」
俺が頭を抱えてしゃがみ込んだ、その時。
『……ミャウ?』
キャットタワーの最上段から、主役であるシロがふわりと飛び降りてきた。
全く音を立てずに着地すると、トコトコと俺の元へ歩み寄り、パニックになっている俺の頬を、ザラリとした温かい舌でペロリと舐めた。
その瞬間、荒れ狂っていた俺の心拍数が、嘘のようにスゥッと落ち着いていく。
極上の神聖オーラが、脳の沸騰を強制的にクールダウンさせてくれたのだ。
「……ふぅ。ありがとな、シロ」
『ゴロゴロ、ゴロゴロ……』
「お兄さん……どうしますか? チャンネルのコミュニティ欄、海外のファンからの『今すぐ配信してくれ!』『動く天使を見せてくれ!』っていう英語のコメントで爆発寸前ですよ」
小春ちゃんが心配そうに見上げてくる。
俺はシロの純白の毛並みを撫でながら、一つ大きなため息をついた。
ここで逃げても、どうせネットの波は俺たちを追いかけてくる。ならば、普段通りに振る舞うしかない。
「……やるか。どうせただの日常配信だ。視聴者が100人だろうが100万人だろうが、俺たちがやることは変わらない」
「お兄さん……! はいっ! 私、カメラと翻訳アプリの準備します!」
◇
数分後。
急遽立ち上げた【緊急生配信:おはようございます】の枠。
配信開始ボタンを押した瞬間。
同接カウンターの数字が、バグったように跳ね上がった。
『10,000』
『50,000』
『150,000』
『320,000』
「さんじゅうにまん……」
俺の呟きは、滝を超えて「光の帯」と化したチャット欄の濁流に掻き消された。
『Angel!! Angel is here!!(天使! 天使がここにいる!!)』
『Charlotte was right!! His fur is glowing!(シャーロットの言う通りだ! 毛が光ってる!)』
『日本の魔法猫のチャンネルはここですか!?』
『同接30万www 紅白歌合戦かよwww』
『主、ついにハリウッドに捕捉される』
『Hello from Brazil!』
『Bonjour!』
『(ドバイの石油王からの¥50,000ギフト)=”Welcome world! But I found this god first!“(世界よ歓迎する! しかし私が最初にこの神を見つけたのだ!)』
『石油王がマウント取ってて草』
全世界から殺到する視聴者たち。
コメントの流れる速度は、もはや動体視力では追えないレベルだ。
「え、えーっと……Hello, everyone! センキューフォーカミング!」
カメラの裏で、小春ちゃんが必死に知っている限りの英語で挨拶をしている。
俺はというと、いつも通り縁側に座り、いつも通りシロの顎の下を撫でていた。
「えー、皆さんこんにちは。ただの田舎の猫です。昨日の丸太切断の動画がバズっているようですが、あれは北海道の乾燥した気候と、木の目が偶然――」
『Shut up and show the CAT!!(黙って猫を映せ!!)』
『We need healing!!(我々には癒やしが必要なんだ!!)』
『主の現実逃避、世界共通で無視されててワロタ』
俺のコールセンター仕込みの冷静な言い訳は、世界中のリスナーから総ツッコミを喰らっていた。
とその時、小春ちゃんが「ひゃっ!?」と短い悲鳴を上げた。
「お、お兄さん!! チャット欄、この青いマークのアカウント!!」
「ん?」
流れるギフトの帯の中に、ひときわ目立つ、とんでもない額の『赤枠の高額ギフト』が固定された。
表示金額:『$500(約7万5千円)』
アカウント名:『Charlotte_Evans_Official(公式マーク)』
「しゃ、シャーロット本人!? 本人が生配信見に来てるぞ!?」
添えられたメッセージは、簡潔だった。
『I love you Shiro! Please accept my love from Hollywood! Your purring is saving the world!』
(愛してるわシロ! ハリウッドからの愛を受け取って! あなたの喉鳴らしは世界を救うわ!)
『『『本人キターーーーーー!!!』』』
『アカデミー賞女優がギフト投げてて草』
『シロ様、ついにハリウッド女優まで魅了する』
「……ははっ」
俺は乾いた笑いを漏らしながら、シロを抱き上げた。
当のシロは、画面の向こうでハリウッド女優が愛を叫んでいようが、同接が30万人を超えていようが、全く興味がないらしい。
ただ俺の腕の中で『ふぁぁ……』と大きなあくびをして、サファイアとアンバーのオッドアイを細めながら、心地よい喉鳴らしを響かせるだけだった。
『ゴロゴロ、ゴロゴロ……』
マイクがその重低音のマイナスイオンを拾い、世界中へと配信する。
瞬間、30万人の暴動寸前だったチャット欄が、一斉に『癒やし』の波に飲まれて静まり返っていった。
『Ah… Peace…』
『尊い……』
『No more wars…(もう戦争はやめよう……)』
北の限界集落からお届けする、ただの猫のお昼寝配信。
それはもはや、国境も言語も超えた、全人類の『究極の精神安定剤』として完全に定着してしまったのだった。
「小春ちゃん、今日のお昼、何食べたい?」
「んー、お兄さんの作ったオムライスがいいです!」
『ミャーウ!(私も食べる!)』
世界がどれだけ熱狂しようとも、俺と小春ちゃんとシロの『ストレスフリーな日常』は、今日も絶対的なマイペースを貫くのだった。
コメント
1件
わあ、ついに来たね、ハリウッドからのリポスト…!小春ちゃんの「ヒグマよりヤバい」って慌てふためく様子、めっちゃリアルで笑っちゃった。でも同接30万人、石油王からのギフト、シャーロット本人が生配信に来るって、もう現実離れしてて脳が追いつかないよね。それでもシロのゴロゴロ一声で全部が静まる感じ、めっちゃ好き。シロの『平和』の象徴感が強まってて、このカオスの中でマイペース貫く3人組が本当に尊い…🥀
ゆうき あきや
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#心理描写重視