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「なら…『助けて』って、その声が聞けただけで十分すぎるほどだ」
尊さんの表情は、これまでに見たことがないほど穏やかで、慈愛に満ちていた。
その瞳を見ているだけで、暗闇から救い出されたような心地になる。
「お前はあの状況でできる、最低限の抵抗をした。その電話のおかげで、俺はすぐに駆けつけられた。最悪の事態は防げたんだ。だから、そんなに自分を責めるな」
その言葉は、俺にとって青天の霹靂だった。
尊さんは、俺を責める言葉を一つも持っていなかった。
迷惑だなんて、微塵も思っていないことがその声から伝わってくる。
今度は、恐怖とは別の、熱い涙が止まらなくなった。
「っ……本当に……俺、尊さんがいなかったら……って思うと、恐ろしくて……っ」
溢れ出す涙のまま、俺は尊さんの首にしがみついた。
尊さんは俺を強く抱きしめ、背中をさすってくれた後、そっと体を離して俺の顎を持ち上げた。
人差し指で、頬を伝う涙を丁寧に拭ってくれる。
そして、吸い寄せられるように、優しくキスを落としてくれた。
それは、嵐の後の静かな海のような、俺を心から安心させてくれるキス。
触れるだけの短いキスを何度も繰り返してくれるうちに
脳を支配していた恐怖が消え、深い安らぎが全身を満たしていった。
尊さんの匂いと、その確かな体温に包まれながら、俺はいつの間にか、深い深い眠りについていた。
◆◇◆◇
次の日
亮太さんとの過去、そして昨夜の恐怖。それらに区切りをつけるため
俺は尊さんに付き添ってもらい警察署へと向かった。
過去の交際期間中に受けていた度重なるモラハラやDV、そして昨夜の事件。
震える声で事実を語り、被害届を出し終える頃には、心身ともに削り取られたような疲労感に襲われていた。
手続きは滞りなく終わり、亮太さんには接近禁止命令が出ることになった。
法的な壁が彼との間に築かれたことに、少しだけ呼吸がしやすくなるのを感じた。
尊さんの提案で、俺たちは近くのカフェに寄り、気分を変えることにした。
「お待たせいたしました。こちら『たっぷりいちごのミルクレープ』と『濃厚イチゴココア』、それから『焼き芋タルト』になります。ごゆっくりどうぞ」
店員が去っていくと、店内にはまた穏やかな日常の雑音が流れ始めた。
窓際の席から見える景色は、ついさっきまでいた警察署の無機質な空気とは対照的で
どこか遠い世界の出来事のように思える。
机の上には、甘くて可愛らしいメニューが並んでいた。
尊さんの前には、ホクホクとした秋の香りが漂ってきそうな旬の焼き芋タルト。
俺の前には、幾重にも重なった繊細なクレープ生地の間に
真っ白な生クリームと真っ赤な瑞々しい苺が閉じ込められたミルクレープ。