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コメント
7件

なんか、タイタニック思い出しちゃった。こういう窓に手をつけて…みたいなシーンあったよね。可愛いなあ。でも距離は埋められないもんね🥺
第十一章 蒼黒〜青の手前で
凍った湖面を慎重に歩く。
時折転びそうになる俺を、クスクス笑って手を取った蓮は
「夏になると青い湖面が綺麗らしいよ」
と言って、足元に視線を落とした。
腰を落として、湖面を撫でると、硬い氷で覆われたそこは、とても青が潜んでいるようには思えなかった。
雪をかき分けた氷上の奥底には、吸い込まれるような蒼黒があって、思わず顔を背けた。
夏には青になるはずの色が、今はただ深い闇を湛えている。
それでも、確かめるみたいに、もう一度そっと覗き込んだ。
氷の下に閉じ込められた暗さは、底が見えない。
どこまで続いているのか分からなくて、
見てはいけないものを見ている気がした。
自分の顔を探したけれど、映ったのは空の色だけで、俺の輪郭は、どこにもなかった。
一歩踏み外したら、そのまま吸い込まれて、
音もなく沈んでしまいそうで、
思わず息を止める。
その瞬間、手首に伝わった力だけが、ここに立っていることを教えてくれた。それがなかったら、どこに立っているのかも、分からなくなりそうだった。
怖い……
「大丈夫?翔太」
「ふふっ……心配させてばっかりだね。ごめん少し気分が優れない」
それ以上、理由を探られるのが怖くて、笑って誤魔化した。
暖かな車内に、ホットコーヒーの香りが立ち込めた。
ホテルを出る時に、蓮が用意してくれたタンブラーに唇を当てた。
あったかい……
広い大地に自然の息吹を感じる。
温かい飲み物に生を感じた。
それでも、握り返した手だけは、いつまで経っても冷たいままだった。
「俺って冷え性だっけ」
何言ってんの?と首を傾げて、リクライニングを後ろへ倒した蓮は、すっかり外が真っ暗になったのをいいことに、物陰に隠れて駐車した車内で、性急に俺を求めた、その腕の温もりすら、どこか遠かった。
「待って蓮……」
二人の熱で車内が結露していく。
吐く息は白く、凍える体をすり寄せて求め合った。
時間を取り戻すように、埋まらない穴を埋めるように……
蓮 side
ここに居るのに、居ないみたいだ。
ずっと冷たい。
不安そうに握りしめた翔太の手のひらには、爪の跡がくっきりと残っていた。
手を擦り合わせて重ね合わせると、目尻を下げて嬉しそうに微笑んだ。指を絡めて、離れないように抱き合った。
嬉しさなのか、不安からなのか。
翔太の目尻には、光る涙が止まったままだった。
腰を打ちつけると、久しぶりに押し開いた後孔に、俺の熱茎が侵入する。苦しそうに冷たい車窓に伸ばした手は、湿ったガラスに張り付いた。
伸ばした手が、確かにガラスに触れたのを見た気がした。
でも、翔太の肩に顔を埋めて、もう一度窓に視線を戻した時には、そこには白く曇ったガラスしかなかった。
「翔太もっと声を聞かせて」
「んっ……れ…ん……」
俺の上に跨り、猫のように背を反らせた翔太は、内壁を肉槍で擦るように下から突き上げられると、快感に震え、優しく鎖骨に添えられた手は、爪を立てて力が籠ると、一瞬指輪が淡く光ったような気がした。翔太は苦しそうに浅い息を繰り返し、もう耐えきれないというふうに身体の力を失って、前のめりのまま俺の胸の中に突っ伏した。
「会いたい……」
「ここに居るでしょ?」
「毎日会いたい……」
ハッとした顔をして、俺から離れると
「うそ、嘘、冗談だから――」
泣いて言ったって説得力ないよ……翔太。
ようやく出た本音は、回収出来ずに闇夜に消えた。
彼を喜ばせる言葉を俺は持ち合わせていない。
「おいでもっと近くに……きっと寒いから、寂しくなるんだ。温めてあげる」
1ミリの隙間も許さないように、互いの体温を確かめ合うように再び抱き合った二人は、寒空の下に立った。
夜空に、ゆっくりと光が滲んでいく。
星かどうかは、分からなかった。
ただ、暗闇の中で、何かが確かに動いている。
風も音もないのに、空だけが流れていくみたいだった。
翔太はしばらく黙って見上げていた。
何を探しているのか、自分でも分からないまま。
さっきまで確かに俺の腕の中にいたのに、
その背中が、少しだけ遠く感じた。
翔太 side
冷え切った体を暖炉で温めると、一気に睡魔に襲われた。
今寝てしまったら、夢から覚めてしまう。次いつ見られるかも分からない夢に縋ることしか、出来ない俺は、フロントの列に並ぶ蓮の側に、ぴたりとくっついて、腕にしがみ付いた。
「甘えん坊さんだね?」
と言って頭を撫でた蓮の手には、もう指輪はなかった。
部屋の鍵を受け取る蓮のポケットに手を突っ込むと、冷たい金属に触れた。思わず、ギュッと掴むと、蓮から離れソファーに項垂れた。
パチパチと鳴る暖炉の音。温かい炎の揺らぎ。
あぁまた……
老夫婦と楽しそうに笑い合う愛しい人の横顔が、遠ざかる。
「ダメダメ行かないで……」
暗闇に吸い込まれて、日常へと戻される感覚があって、グッと力を込めた左手に、ふたり分の金属が合わさった。