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えっ、さらに悲しい方へ行くん?🥺

舘様には、見えているっぽいけど・・・阿部ちゃんには⁉️⁉️
第十二章 軋む日常
目を開けると、そこはいつもの場所だった。
冷たい床、頰に当たるカーテン。
いつの間にか部屋に差し込んだ朝日が、現実へと引き戻す。
朝日の線が床をなぞるたび、どこかで小さく軋む音がした。
「また会えた……」
身体は冷たいのに心は温かい。
ぽっかり開いた穴に、水が満ち満ちていく。
そのぶん、少しだけ体が重くなった。
満ちるほどに、沈みやすくなることも知らずに。
シャワーを浴びようと脱衣所へ向かった。
体を隈なく見回すけど、特に変わったことは何もなかった。
恐る恐る、ズボンのポケットに手を入れる……
「バカじゃないの……ただの夢だろ」
あるはずのない蓮の指輪を探した自分が可笑しくて、笑えた。
シャワーを浴び終えると、久しぶりにキッチンに立った。
冷蔵庫から、適当に数種類の野菜を手に取ると、スムージーを作った。
一人暮らしをしていた時は毎日飲んでいたのに、二人を知ってからは飲んでいなかった。
蓮は、味噌汁と白米が大好きだ。いつの間にか、そのスタイルに慣れっこになっていた自分が居て、朝から、なんだかほっこりした。
無意識に付けたテレビ。
蓮のCMだって今は、ちゃんと見ていられる。
昨日までの自分が嘘のように、すっかり元気に元通りだ。
朝のエンタメニュースに、俺たちのニュースが取り上げられた。新曲のリリースを取り上げたニュースだ。
蓮不在の活動が本格的に始まったことを告げた。
「海外の撮影の為、グループ活動を休止されるそうです。グループは、しばらくの間7人体制で活動することになりそうです」
7人……?
ふと顔を上げると、テロップには〝8人での活動〟の文字があった。
音が一瞬、遅れて聞こえた気がした。
画面の中で笑っている俺は、ちゃんとそこにいる。
なのに、どこか他人みたいだった。
聞き間違いかな?なんて思いながら、蓮とお揃いのタンブラーに注いだスムージーを一気に飲み干した。ハワイのお土産で買ったお揃いのタンブラーを蓮も大事に使ってくれていたことがとても嬉しかった。
なんだか体が軽くて、久しぶりに履いたスニカー。
グッと紐をキツく締めると、玄関に置いたままの星屑のフレークチャームがついたキーホルダーを手に取った。
「行ってきます」
誰も帰りを待たないリビングに俺の声が響いた。
エントランスを抜け、ガラス越しに髪の毛を整える。
「ん……?」
疲れているのか、霞んでよく自分が見えなかった。
深く瞬きをすると、一瞬だけ、映りが遅れた気がしたけど、そこには昨日よりもちょっぴり元気な自分が立っていて、意味もなく口角を上げた。
「おはよう……オレ」
キャップを目深に被って、数年ぶりに電車に揺られた。
意外と気付かれないもんだな、なんて思いながら二駅ほど乗って降りた。少し世界が開けた気がして、ワクワクした。
コンビニで、コーヒーを持って並ぶ。
自分の番が来たところで、後ろに並んでいた人がスッと俺を追い越してレジに立った。
一瞬イラッとしたものの、きっと急いでいるのだろうとやり過ごした。自分の番が来て、レジ台にコーヒーを乗せると、少し驚いた顔をした店員が、
「ふっ……袋は要りますか?」
デジャヴかよ……なんて思いながら〝結構です〟とはっきりと断ると、雲に覆われた寒空に、温かいコーヒが美味しかった。
「ねぇ……聞いてる?」
「ん?何なんか言った?」
今日は新曲の打ち合わせで、久しぶりに八人が顔を合わせた。歌割りの会議中に、亮平に耳打ちした俺は、夢中でタブレットに会議内容を書き込み、俺に小突かれるまで気付かない亮平のタブレットを勢いよく取り上げた。
「俺の歌割り抜けてる!」
「えっ……?」
朝のニュースが頭をよぎった。七人体制……
歌割りの資料に俺の名前がどこにも無かった。慌てたスタッフが、謝りながら差し替え案を持ってきたが、完全に集中力を欠いた俺は、ソファーに横になると深いため息をついた。
それを見かねてか、唯一無二の幼馴染、涼太が俺の隣に座ると、ソファーが沈んでバランスを崩した。
「体幹弱っ」
「うるさい」
「困り事かな?」
「…………」
「今日うちに晩ご飯食べにおいで?好きなもの作って待ってるから」
「アイスもある?」
「ふふっ……アイスもある。特別に2個付けちゃう」
「じゃあ行く」
涼太は俺を甘やかせるのが得意だ。
俺を喜ばせることも。
俺が不安がっていることも、きっとお見通しだ。
夕方、二人の家を訪ねた。
何度インターホンを押しても、エントランスの扉は閉まったままだ。
首を傾げながら、涼太に電話をかける。
「今家の前にいるんだけど、まだ帰ってないの?」
「えっ?ちょっと待ってて……」
少しして、扉が開いた。
どうせ二人でイチャついていたんだろうな、と思いながらエレベーターに乗った。
部屋に入ると、涼太の顔がぱっと明るくなる。
「おお、来た来た!」
俺の手に抱えられたワインを見て、嬉しそうに手を伸ばしてきた。
「ありがとう」
頭を撫でられ、少しだけ安心する。
その手の温かさに、昨日までの不安や孤独がふっと遠のいた気がした。
「何度も鳴らしたんだぞ!」
じっとインターホンのモニターを見つめる亮平にそう言うと、無言のまま、顎に手を当てた。
何かを確かめるように、そこに映っているはずのものを、探すみたいに画面に顔を近づけている。
「……誰も、いないよな」
そう呟いた亮平は、きっとカメラの故障か何かだろうと言って笑った。
俺は胸の奥で小さくため息をつき、思わず口角が緩んだ。
こうして、自分を気遣ってくれる人たちがいる。
日常は、少しずつ戻ってきているんだ、と。
そう思った瞬間――胸の奥で、なにかが小さく軋んだ。