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パフィと別行動になり、メイドの案内でつい先ほど通った庭へとやってきたアリエッタ達。ファナリアでは見られないタイプの幻想的な光景に魅入っている。
「相変わらず、雨が上に降るっていう現象が意味わからないわ」
「このリージョンじゃなきゃ、その発言で頭おかしい人認定ですよね」
「ふわぁ~」(これ、雲だよね? 立っているのも雲? 雲の上に土があって、人が立って……前に行った大きな街とは全然違う。不思議だなぁ……)
口をほえーっと開けながら、雨を上に向けて振らせ続けている雲をぽよぽよと突いているアリエッタ。横から目にハートマークを浮かべて息を荒らげているメイドに、凝視されている事には気づいていない。
(可愛い可愛いかわいいかわいいカワイイカワイイ♡ お風呂入れてペロペロしていろんな服着せてペロペロして抱きしめてペロペロして一緒に寝てペロペロしちゃいたい!)
案内役のメイドの1人は、なんとペロリストだった。しかも着せかえまで狙っているという、アリエッタにとっての天敵である。
「ところでそちらのメイドさん」
「ハイッ!? まだペロペロしていませんよ!?」
「……質問する前に聞くべき事が増えたのですけど」
アリエッタに集中していた為、反応が遅れてしまうという失態。一旦落ち着き、声をかけたネフテリアへと向き直るメイド。
ネフテリアは先程の反応の事は置いておき、最初の疑問を投げかけた。
「以前来た時はわたくしも小さかったので気にしていませんでしたけど、ハウドラントって貴族社会でした? お屋敷にメイドなんて、身分制度を無くして久しいエインデルでも城以外では滅多に見ないのですけど」
ファナリアは元々身分制度があり貴族社会だったのだが、エインデル王国を含むいくつかの国では、何代か前の王によってそれが撤廃され、王族がまとめ役として存在するだけとなっていた。王城そのものは象徴であり、国を取りまとめる役員達の仕事場として存在している。
リリも王族でありながら簡単に王家を抜け、普通に一般人として仕事をしているのには、このあたりの理由もあったりする。
「先代のお館様…ピアーニャお嬢様のおじい様がファナリアで感銘を受けて、引退後に屋敷とともにこの職業を作られたのです」
「はぁ……ピアーニャは貴族じゃないって言ってたけど、そこんとこどうなんです?」
「特に誰かと立場が違うという事は無いんです。なんでも聞いた話によると『メイドこそ文化の極み!』とか言って、血走った目で模倣してたらしいですが」
「そ、そう?」
歴史を紐解けば、先代はただのメイド好きだという事が判明しただけだった。
「あれ? 身分とか無いのに、なんでこんな立派なお屋敷があって、メイドさんがいるんですか?」
「リージョンの開拓者として功績が讃えられたこともあって、凄くお金持ちなんです」
「あ、そうですか……」
お館様、お嬢様と呼ばれているが、その実態は金持ちの道楽と、職業としての作法でしかなかった。先代はメイドという職をハウドラントに作り、そして雇う為に大きな屋敷を建てたのだという。
それを聞いて、呆れと共になんとなく緊張が解けたミューゼは、アリエッタの頭を撫でる。
(?)
「さて、アリエッタは何かしたい事あるのかなー? やっぱり絵を描くの?」
「みゅーぜ?」(どうしたの?)
ご機嫌でアリエッタに話しかけながら、持ってきた杖から箱を取り出した。中には紙が入っていて、箱は台として使う事が出来るよう持ってきたのだ。
箱を見せると、アリエッタは嬉しそうに飛び跳ねた。
「! かみ! かみ!」(絵描いていいの!? やった!)
「本当に嬉しそう。絵は見たことあるけど、描くところは初めてみるなぁ」
「あまり見つめないであげてくださいね。嫌がるんで」
「一体どんな絵を描くのかしら……怖いわ」
「あはは……」
──数日前のミューゼの家
初めてネフテリアが訪問した日の出来事。
「その箱はなんですか?」
一般人の家の中に興味津々な王女ネフテリアは、リビングであれこれ質問しまくっていた。
王城では見たことの無い物や、アリエッタに関する物を見つけては、ミューゼかパフィに問いかけている。そしてその箱に目をつけたのだった。
「あ~、その中にアリエッタが描いた絵を入れているのよ。完成したものなら見せても怒られないのよ」
「怒るって?」
「アリエッタに睨まれて、しばらく目を合わせてくれないのよ」
「うわ、それは辛い……」
この時、ミューゼがアリエッタを風呂に入れていた為、パフィがネフテリアの相手をしていた。
アリエッタの話をしながら、箱をネフテリアの前に置く。
「話では、アリエッタちゃんは絵が上手なのよね? うふふ」
「……ええまぁ上手なのよ」
この時はまだ、話で『絵が上手』とだけ聞いていただけだった為、ネフテリアはその本当の意味を知らなかった。
パフィは、急に叫ぶとアリエッタが驚くと思い、今のうちに見せておこうと判断し、しれっと箱を開けるのをネフテリアに委ねた。
そしてネフテリアはわくわくしながら躊躇いなく、その箱を開けた。
「どれどれ~? どん…な……」
開けたポーズのまま凍り付いた。以前のリモコンを使われたわけでもないのに、そのまま全く動かない。
しばらくして……
「ぱひー、おふろ」(お風呂あいたよー)
「パフィー、上がったよーって、テリア様どうしたの?」
「それが……」
アリエッタに飲み物をあげながら、かいつまんで説明すると、ミューゼはあっさり納得した。
「まぁ気持ちは分かるわ。なんか溜めが長いし、アリエッタが驚くと思うから、部屋に行ってるね」
(てりあ…もしかしてスクワットみたいな事してるのかな? 運動は大事だし、邪魔しちゃ悪いね)
2人が部屋に戻り、パフィは様子を見ながらのんびりとお茶を飲み始める。2杯目を入れて、座って本を読み始めた時だった。
「は……はあああああああ!?」
「うわっと、やっと動いたのよ」
この後、混乱したネフテリアを風呂に投げ込んで揶揄い…もとい頭を冷やし、ゆっくりと説明していったという出来事があったのだった。
「──あの時は驚いて滅茶苦茶にされて、人の家だって事も忘れてたわ」
「部屋にもあの叫びは聞こえてましたよ。眠たそうなアリエッタが、ちょっとビクってしてましたし」
「ホントに? あー恥ずかしい」
庭でテーブルを用意してもらい、優雅にティータイム。アリエッタは横でせっせと絵を描いている。
(色はほとんど白だから、早く仕上がりそう。時間分からないけどまだ昼前だし、夕方には終わるかな)
下書きをせずに、薄い色を重ねたり少しずつ色を変えたりして、徐々に形を整えていく。じっと屋敷を見て、自分の絵を見比べ、真剣に筆を動かしていった。実は描いている間にも、色の使い方の練習と研究を兼ねていたりもする。
(こんな調整まで出来るなんて、この能力本当に凄いなぁ。ママに感謝だよ)
「本当に不思議な子ね……髪の色を自由に変えて絵を描くだなんて」
「綺麗ですよねー」
感嘆の声を漏らすミューゼとネフテリアの後ろでは、メイド2人がアリエッタに驚きながら興奮している。
(なんなのあれ! 味見したい! 髪の毛もペロペロしたい!)
(神秘的だわ……私の髪の毛コレクションに1本加えたいわね)
2人とも濃い趣味を持っているが、表情には全く現れていない。メイドとしての実力は、困ったところで発揮されている様子である。
そのまま和んでいると、屋敷の方からパフィとピアーニャ、そしてパフィの両親とメイド数人が歩いてきた。
「パフィ、総長、話は終わったの?」
「うむ。ながばなしになってしまったが、タイクツではなかったか?」
「ゆっくりお話出来たし、アリエッタちゃんが絵を描いているの。だから気にしなくていいわ」
この後、集中するアリエッタを気遣って、庭でのランチタイムとなった。アリエッタもこの時ばかりは筆を休め、いつも通りピアーニャの世話をする。
「いや、それはもういいから……リョウシンがみてるのだが……」
「あらあら、うふふ。可愛いお姉ちゃんね」
「沢山食べて、大きくなるのだぞ」
「…それは、どっちにいってるのだ?」
最初よりもさらに優しい目でアリエッタを見るようになったピアーニャの両親は、甲斐甲斐しく世話されるピアーニャにも、その目を向けている。
「なんだか娘がもう1人出来たようですね」
「ああ、2人ともかわいいな」
「と、とーさま、かーさま……みないで…ほしいのだが……もぐ……アリエッタよ、そろそろおわりでいいだろう? たのむからおわりにしてくれ」
通じないと分かっていても、話しかけずにはいられない程、ピアーニャにとって今の状況は恥ずかしい。
だが、アリエッタもただピアーニャの世話をしているわけではない。元大人としての思考能力は、顔を見て心境を推測する程度の事は可能なのである。会話が出来ない事で、相手の顔から状況を判断しようとするのは、ごく自然な流れなのだ。
(うん? …………なるほど! ちょっと一口サイズが大きかったね。ちょっと待っててね~食べやすいようにしてあげるからね)
「そうじゃないのだ…わちはひとりでたべられるのだぞ……」
……推測が正解するとは限らない。
そしてこの場にはアリエッタを止めようと思う者はいない。昼食が終わるまで、ピアーニャは両親の温か過ぎる視線に耐え続ける事になるのだった。