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陰陽師を名乗った少女、蘆屋干炉の体から白いオーラが溢れる。それは、霊力だ。陰陽術の行使を可能とする霊的エネルギー。
魔力にも闘気にも似た、日本でのみ生き残り受け継がれた特殊な力と技術。だが、妖魔を退治し、人々を正しき方へと導いて来た特別な力もこの現代では数ある力の内の一つに過ぎない。
「……ふーん、この風」
蘆屋は風通しの極めて悪い筈のこの場所に、何故か風が吹いていることに気付く。微塵も攻撃力の無い、弱い風。それ故に、蘆屋は違和感を持った。
「シロを眠らせたのも、これかな」
言いながら、蘆屋は片足を前に出し、強く地面を踏みつけた。
「『破魔之陣』」
五芒星を中心に複雑な紋様が地面に描かれ、魔法陣のようなものが足元に蘆屋の足元に展開された。
「へぇ……病、毒。そんな感じかな?」
病魔の風《ローガ・ワーユ》。ウィルスや細菌のようなものを含んだ風を作り出し、それを体内へと送り込む。シロを眠らせたのもこれによるもので、カラスの持つ魔術の中でも最も殺傷能力の高いものだったが、蘆屋はそれを陰陽術の結界によって見破った。
「んー、この感じ……ちょっと吸っちゃってるかな」
結界によって自身の体内に既に入り込んでいた病魔を認識した蘆屋は僅かに冷や汗を垂らした。
「効果がもうちょっと強い奴なら、危なかったかも」
カラスの散布した風は、シロに使用したものと同じ相手を昏睡状態にする殺傷力の低いものだった。それ故に、蘆屋は体の動かしづらさや眠気のようなものを感じるだけに収まっている。
これが殺傷力の高い病魔であれば、蘆屋は既にまともに動けなくなっていただろう。しかし、破魔之陣を展開された今、どれだけ強い病魔であろうと通用することは無くなった。
「ちょっと怠いけど、許容範囲内かな」
蘆屋はふっと息を吐き、数枚の式符をどこかから取り出した。
「『式神召喚』」
蘆屋は手に持っていた三つの式符を空に向けて放った。
「『這い駆ける闇猫、クロ。取り憑く管狐、イズナ』」
ゆらゆらと宙を舞う式符の内、二枚の文字がするりと抜け落ちた。それらは色を変え形を変えて、身体中が真っ黒な猫と、やたらと細長い体を持つ狐に変化した。
「『恨み砕く犬神、イリン』」
残りの一枚からも文字が抜け落ち、白い毛並みに黒い斑模様の犬が現れた。それはただの犬よりも一回り以上大きく、虎や獅子のような威圧感があった。
「……数の差で勝負したいなら、構わねぇ」
カラスが大きく鳴いた。同時に、ビルとビルの間から次々に真っ黒な鴉達が現れ、蘆屋の方へと飛んでいく。
「本物じゃないね。作り物、紛い物。でも、張りぼてじゃない」
蘆屋を守るように囲んだ三体の式神。真っ直ぐに飛来する鴉たち。
「『張りて守りて、四方の三角』」
蘆屋は手印を素早く結び、言葉を紡ぐ。
「『錐領護結界』」
四角錐の形に張られた結界。そこに鴉達が猛烈な勢いで飛び込んで来ては火花を散らし、結界に嘴を突き立てる。
「ッ、このまま行くと割れるかな……!」
次々に結界に突き刺さっていく鴉達。一匹だけなら大したダメージでも無いが、それが重なると不味い。結界には罅が入り、今にも割れようとしている。
「『震力波』ッ!」
蘆屋は勢いよく手を叩き、同時に結界を解除した。蘆屋を中心に放たれた霊力の波動が空気を揺らしながら鴉達を吹き飛ばす。近くに居た鴉は潰れて消えたが、半分以上がまだ残っている。
「速攻で行くよ。僕でも楽勝な相手じゃないみたいだし」
駆ける蘆屋。犬神を除く二体の式神は彼女の下を離れ、分散した。
「『地盤は支え、天盤は回る』」
走りながら、蘆屋は背後から迫る鴉の群れを見た。
「『式盤よ。求めるもののみ、指し示せ』」
言葉を紡ぎながら後ろに放り捨てられた式符が赤く光り、爆発する。背後まで迫っていた鴉達の一部は爆破に巻き込まれて消滅した。
「『簡易式占』」
術が発動した。蘆屋はその場で足を止め、後ろを振り向く。
「そこなんだ」
蘆屋は迫る鴉を気にせず、指先を何もない場所に向けた。ビルの影が覆うその場所で、闇が蠢いた。
「『妖を滅して、魔を焼いて』」
指先に赤く炎が灯り、揺れる。慌てて影から抜け出して逃れようとするカラス。
「『破魔炎砲』」
灯った炎が一瞬にして膨れ上がり、そのまま球状の炎となったそれは高速で射出された。
「カァッ!?」
潜んでいた影から抜け出したカラスだが、飛んで逃げる暇は無い。眼前まで迫る火球に、カラスは両翼で身を包んだ。
「ヒット、かな」
動いてはいない。確実に。火球は狙った場所に着弾し、爆発した。溢れた熱波は蘆屋の位置まで届く程だ。これは、殺った。蘆屋は確信を持ちつつも、視線は逸らさずにいた。
「……まだ、感じる」
何かが、そこに居る。カラスの生命力は、まだ消えていない。いや、寧ろ。
「――――焼いても不味いらしいぜ、カラスはよ」
炎が吹き散らされ、煙が晴れる。そこにあったのは、巨大な翼。
「『暗き天翼《アンダルム》』」
暗い、昏い、闇を押し固めて作ったような大きな翼が広げられていた。