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#ワンナイトラブ
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常葉くんが連れてきたのは、5階の角の資料室だった。
見慣れた資料室に辿り着けば、常葉くんは「顔が戻るまでここにいたら」と、言ってくれた。
さっきの”ご自由に”発言で随分涙は引いたのに、まだおかしな所があるのかな。
頬を両手で抓っていると、彼は私に背を向け部屋を出ていこうとするので、咄嗟にその袖を掴んだ。
「ど、どこ行くの?」
「は?どこって、仕事」
……そりゃそうか、大体勤務中だから仕事しなきゃいけない時間だし。
もう少し一緒に居れると思った浅はかな私を何とか封じ込めて「そうですよね」と、慌てて手を離して行き場のない手は前髪に触れた。
するとその手は大きな手に掴まれて、静かに指は絡まる。
「嘘ですよ」
綺麗すぎるその顔は、私を宥めるみたいに穏やかに微笑むから、壊れた心臓が騒ぎ始めた。
勝手に逃げ回って、ひとりでぎくしゃくして、雁字搦めになっちゃう私を、いつも見付けてくれる。
狡いよ、こんなの。
どうしたって、好きだよ、諦めきれないよ。
何故だか心が緩んで、また泣きそうになる私に気付いたのか、常葉くんの長い指が私の頬を摘む。
「……また、”偶然”助けてくれたんですか?」
「今日のは本当に偶然ですね」
……この前のは、違うんだ。
その指先がふよふよと私の頬を漂えばすぐに熱が通い、次第に髪の毛を掬って優しく撫でた。
目が合うと顔が緩みそうになるから咄嗟に俯いて、反対側の手で頬を引っ張って、なんとかそれを堪える。
「てかなんであんなミスしてんですか、本気で頭、湧きました?」
「違います……常葉くんのこと考えすぎてたんです」
素直に零せば「は?」と頭上から呆れたような声が降ってくるので恨めしそうに、じっとりと見上げる。
「……ま、満足ですか、」
繋いだ指先に、ぎゅっと力を込めた。
「常葉くんの事で頭の中いっぱいになって、困った私を見て、満足ですか!」
するとそれに伴って、反対側の指の力も強くなって私を捕らえる。
「えぇ凄く。満足ですね」
意地悪な笑顔さえにも音を鳴らす、情けない心臓。
うるさくて悔しくて、下唇をぎゅっと噛みしめた。
「……っちゃんと、住む所探したんで、明日下見して、決めてきますから」
だから、と、言いかけた言葉は、くくっ、と気持ち良く鳴る喉の音で消える。
「穂波さんって、真面目ですよね」
クスクスと面白そうに、常葉くんは突拍子もなく褒めるので「え」と不意打ちに目を丸くさせた。
「どちらかと言えば……そうですね」
「カリギュラ効果って聞いた事あります?」
「……カリ?え?」
聞きなれない言葉に自然と首は傾く。
「ダメと言われると、見たくなったり、したくなったり……好きになったりしませんか?」
見透かすような甘い目元は、意地悪に半月を描いて私を見下ろした。
え、ということは……
“好きになんないでね”
あれは…………わざと、言ってたの?
その事実が頭に浸透すると、すぐに言葉が出なくて、ぱくぱくと魚みたいに空気だけを吸い込む。
「っ……い、意地悪……っ」
「そうですね、少し…意地悪し過ぎましたね」
繋いだ手を引き寄せられると、磁石みたいにその身体に身を預けた。
ゼロ距離になる私たち。
だけど、いまこんなに近付いてしまったら、私の心臓の音さえ聞かれてしまいそうで、息も潜めて口を手で隠した。
目を閉じると、どく、どく、と、忙しなく動く鼓動の音が聞こえる。
「いっぱい泣きました?」
その音と共に、身体を伝って、常葉くんの声が私の耳に届く。
「……はい」
「じゃあ、後は甘やかすだけですね」
とびっきり甘い声で言われてしまうと、胸がきゅっと掴まれ、心臓はバタバタと忙しなく走り回る。
狡い、ずるい。
こんな事聞かせるなんて心臓に悪い。
きっと、常葉くんは私がこうなるって最初から分かっていたに違いない。
だけど、悪い気はしない。
幾ら罵られても、意地悪されても、常葉くんが捕まえてくれるなら全部、何だって許せてしまう。
あぁ、もう、駄目だ。
昨日より、今朝より、きっと1秒前よりも今の常葉くんの方がずっと好きだ。
……あれ、でも、そう言えば……
「……常葉くん、私の事、好きなんですか?」
その事実を確認したくて、恐る恐る、伺うように見上げると、常葉くんは眉間に皺を寄せて、見るからに面倒そうに「………………普通」と、零した。
「ふ、普通なんだ…………嫌いじゃないなら良いです」
脳みそが麻痺した私はそんな言葉にさえ納得していると、常葉くんの手が私の頬を包み込む。
「ちゃんと、好きですよ」