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九章・逃亡

―好き―


その一言を言うために、人はとてつもなく苦労する。

言いたい、躊躇うこと無く言ってしまいたい。

しかし、その一言は言いにくい。

言えないまま、その思いを消してしまう者も多いだろう。

その『好き』には、『好む』以上のものが含まれているのだから。


虹龍はその一言を言うために、『公主』である自分を捨てた。『公主』として得られる物を全て捨て、それとともに『公主』として失うものを守り抜いた。それが、虹龍にとっては、白龍だったのだ。

「公主さ…」

「言わないで!」

虹龍は、白龍の言葉を遮った。

「私、もう公主じゃない。捨ててきた。だから、もう公主じゃない」

言ってる言葉の文が、少しおかしい。虹龍は、完璧からまわってる。

「…いってぇ…」

倒れていた兵士が起き上がった。

「テメェ、よくも!」

兵士は、白龍に殴りかかった。さっき、殴られたあげく気絶させられたのだから、仕方が無いといえば仕方が無い。

と、その兵士は再び、気絶した。横から何者かに、殴られたらしい。

兵士を殴った人物を見た途端、虹龍は目を見開いた。

「黒…龍…」

虹龍は、思わず呟いた。

「見たか!悪者はこの黒龍様が叩きのめした!!」

気絶した兵士を踏んづけて、黒龍は言う。兵士が少し可哀想だが…。

「どうして…。今まで何処に…」

「牢屋だよ。でも、外はこの有り様。牢破りなんて簡単などころか、見張りがいなくなっちまった」

黒龍はそう言うと、ニカッと笑う。

「この野郎!数ならこっちの方が上だ〜!!」

何人かの兵士が、こっちに向かってくる。

「やべっ!白龍兄!虹龍!逃げろ!!」

黒龍は、かまえの姿勢をとる。

「ちょっと黒龍!あんな数相手にするなんて、いくらなんでも無理よ!」

虹龍はそう言ったが、黒龍は姿勢を崩さない。それどころか、

「白龍兄!虹龍つれて逃げろ!何があっても兵士に追いつかれんなよ!!」

と、言った。

「わかった」

白龍は頷くと、虹龍をいとも簡単に抱え上げた。世に言う「お姫様だっこ」だ。

「ちょっと、白龍何すんのよ!!」

虹龍は暴れ出すが、白龍は放そうとしない。何よりも、白龍が虹龍ごときに力で負ける分けないが。

「虹龍!!」

黒龍の声に、虹龍が暴れるのが、少し和らぐ。

「何よ!!私はもう、守られない!守られるだけの『公主』じゃないんだから!!」

虹龍は、さらに暴れる。

「だからって、折角手に入れた自由手放すんじゃねぇ!!ここで捕まったら即、鬼門国行きだぞ!!」

黒龍はそう言うと、虹龍達に背を向けて戦い始めた。

虹龍はすっかり大人しくなってて、白龍は彼女を抱えながら走った。


王宮の北は森。そこを白龍は虹龍を抱えながら走ってゆく。

虹龍は、泣いていた。

「泣かないで下さい。黒龍は、護衛としての役目をまっとうしたのですから」

白龍はそう言うが、虹龍は泣き止まない。

「黒龍、私達のために…。もし…、もし黒龍負けちゃったら!負けて、鬼門国に連れてかれて、殺されちゃったらどうしよう!!もしかしたら、さっきの兵士にもう殺されちゃってるかもしれない!!!」

虹龍は、白龍にしがみ付いて声をあげて泣いた。

「大丈夫ですよ。あいつは、あれでも強い。負けたりしません。それに」

白龍は、虹龍の顔をのぞきこむ。

「貴女が信じてあげなくてどうするんですか」

白龍は、微笑む。

「そうだね」

虹龍は、泣き止む。そして、黒龍を信じようと思うのだった。

「ああっ!」

虹龍は、急に大声を上げた。

「なっ何ですか!」

白龍は、驚いてそう言う。

「返事、聞いてない」

「返事ぃ?」

「私がアンタのこと、好きだってことだよ…」

虹龍の言葉を聞いた瞬間、白龍は派手にこけた。

「だっ大丈夫、白龍」

虹龍は、白龍をみて言う。

白龍は上手く、虹龍をかばった。

「何言うんですか…」

白龍は虹龍を見ながら言う。

「返事!」

虹龍はズイッと白龍に詰め寄る。

「返事って…」

白龍は、顔を真っ赤にしながら言う。

「白龍?」

虹龍は白龍の顔をまじまじ見て、自分も真っ赤になった。

だてに、幼馴染みをしていない。白龍の性格からして、断るならきっぱり断るだろう。断らないという事は…。虹龍は、そこまで鈍感ではない。

「返事…」

虹龍は、真っ赤になりながらも言う。

「…」

暫くの沈黙。

「好きですよ。私だって、公しゅ…」

『様』まで言えなかった。

白龍の唇は、虹龍の唇にふさがれていた。

短い接吻の後、虹龍は微笑む。

「私、もう『公主』じゃないって言ったでしょ」


その後、虹龍と白龍がどうなったか、五天国の王宮の記録には無い。

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