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「今日、旦那さんは?」
「今日から二泊三日の出張です。いろいろあって、私も気分転換したくて。久し振りに自分のために外出をしました」
加賀宮さんはカクテルを一口飲み
「良かったら、話を聞きますよ?」
そう言ってくれた。
話……か。
私たち、夫婦の家柄とか知っている人にはこんなこと話せないし。
いつも自分の中に溜め込んできた。
今日くらい打ち明けても良いのだろうか。
加賀宮とは、たった一夜で終わる出逢いだから。
少し愚痴っても、良いよね。
精神的に疲れていたことと、お酒が入っていたこともあり、彼に自分の胸の内を明かすことにした。
「長くなるんですけど……。聞いてもらえますか?」
「もちろん。何かお役に立てれば僕も嬉しいから」
優しいな。
こんな優しい人いるんだ。
「夫とは……。結婚して二年目になるんですけど、仮面夫婦のような状態で。出張と偽って遊びに行ったり、キャバクラとかは日常茶飯事だし。他に浮気相手もいるみたいで。私はもう女として見られていないようで……。夜も……。レスで……」
こんなことまで話して、ちょっと恥ずかしくなっちゃった。
「それは酷いな……。そんな彼でも、まだ好きなんですか?」
好き……か。
「もともと彼とはお見合いで、彼が私を最初は気に入ってくれたんです。家柄が……。えっと……。私の父が経営している会社を義父が金銭的にも経営面からもサポートしてくれていて……。義父はちょっと大きい会社の社長なんです。夫も次期社長だとか言われていて」
加賀宮さんは無言で話を聞いてくれた。
「言葉は悪いかもしれないけど、もし旦那さんと離婚したらその支援がなくなってしまうんだね?」
加賀宮さんは私の拙い説明で核心部分を理解してくれた。
「……。そうなんです。もし離婚すれば私の家族も、父の会社の社員さんにも迷惑をかけてしまうから……。でも一度だけ家族に離婚について相談をしたことがあって。頭を下げられて、我慢をしてくれって言われました。一家破産だけは避けたいって。それから家族にも相談できなくて」
思い返してみると、あんなに必死なお父さんとお母さん、はじめて見た。
「今は私、専業主婦で……。お金の管理は全て夫で。今日は秘密で隠してあるお金でこうやってお店に来ることができたんですけど……」
可哀想な人などと同情を得たいわけではない。
ただ話を聞いてほしかった。
「可哀想だ、大変だね」なんて言う言葉は要らない。
だって、自分が悪いのだから。
こんな生活を選んでいるのは結局は自分なんだ。
加賀宮さんは何も言わない。
こんな暗い子、嫌だよね……。重いよね。
「今、一番何がしたいの?」
加賀宮さんは同情しているというような言葉は言わず、ストレートに聞いてくれた。
何がしたいか……。
「離婚ができないのであれば、せめて働きたい。パートでも良いんです。夫から指示を受け、通っているお料理教室とか茶道教室とかもう嫌。自分の好きなことをして生きたい」
前に働きたいことを伝えたら「世間の目を気にしろ。俺の稼ぎが悪いって思われるだろ」とかって言われてすぐ却下されたけど。
もう一度、話してみようかな。
孝介が家政婦さんを雇い続けたいのであれば、あの家に専業主婦としての私は要らないから。
「働きたいんですか?」
不思議そうに加賀宮さんは私に問いかけた。
「はい。働くことはもともと嫌いではありません。いろんなことを勉強できるし。人間関係とかで悩んだ時もありますけど、それよりも関わった人からありがとうって言ってもらえることが嬉しくて」
こんなこと、生活に余裕があるから言えることなんだって言われるかも知れないけど、仕事をしていた時の方が生き生きしていたのは本当だから。
「やっと《《あなた》》らしい話を聞けました」
「えっ?」
あなたらしいってどういう意味だろう?
私のこと、知っている人?
今日初めて加賀宮さんと会ったはずなのに。
「今日は僕からプレゼントをしたいカクテルがあるんですが……。飲んでくれますか?」
私の返事を待つことなく、彼はバーカウンターへ移動した。
滝沢さんは驚くことなくスッと場所を空けてくれた。
オーナーさんだから、加賀宮さんもカクテルは作れるんだ。
「あの。でもさっきもサービスしてもらいましたし……」
「これは店からではなく、《《僕からの》》プレゼントです」
「えっと……」
困惑しているうちに、手際よく加賀宮さんはシェーカーを既に動かしている。
あっと言う間に私の前に置かれたカクテルは、滝沢さんが作ってくれたものとは違って、綺麗なピンク色をしていた。
マゼンダって言っていいのかな。
「さぁ。どうぞ?飲んでみてください」
加賀宮さんがせっかく作ってくれたんだから。
今更飲めませんなんて言えないし。
「はい」
一口飲む。ピーチ味だ。
「美味しいです」
さっきのカクテルとは違って、とっても甘かった。
なぜだろう、すすんで飲んでしまう。
気づけばグラスは空になっていた。
時計を見る。
二十二時すぎ――。
もうこんな時間。
もしかしたら孝介から詮索の電話がかかってくるかもしれないし、そろそろ帰らなきゃ。
「今日はお話聞いてくれてありがとうございました」
隣に座っている加賀宮さんにお礼を伝える。
「もう帰るんですか?」
「はい。もしかしたら夫から電話が来るかもしれないので……」
「わかりました。じゃあ、駅まで送って行きますよ。女性一人じゃ危ないから」
彼はスッと席を立った。
「大丈夫です!駅は近いし……」
私も席を立とうとした。
あれ……?
身体が少しフラつく。カウンターに手を添えてしまった。
「ほら?危ないですよ」
加賀宮さんが私のバッグを持ってくれた。
「すみません」
スタスタと私の前を歩いて行く彼、店の外に出ようとしている。
「あの、バッグをかしてください!お会計を」
加賀宮さんの後ろ姿に声をかけると
「加賀宮さんから既にお代をいただいておりますので。また来てくださいね」
バーテンダーの滝沢さんが、にこやかにそう伝えてくれた。
どうしよう。でも彼を追いかけなきゃ。
「美味しかったです。ご馳走様でした」
ペコっと頭を下げ、慌てて店を出る。
エレベーターを待っている加賀宮さんに追いついた。
「あの、お支払い……」
「嫌なことを話してくれたお礼です。気にしないでください」
彼は凛とそう言い放った。
愚痴を聞いてもらったのは私なのに。