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「『闇闘技場』……ですか。
誰がシン殿にその事を」
「いえ、教えてくれた人がいるわけじゃなく、
帝都で暴走した魔物を仕留めた時―――
そんな事を話している人がいましたので、
ちょっと気になりまして」
ランドルフ帝国の帝都・グランドール……
一同が会する待機部屋でティエラ王女様を前に、
私は対峙していた。
クレイジー・ブルとやらを仕留めた
二日ほど後、大使館建設の進捗を伝えに
彼女は来てくれたのだが、
その際、『闇闘技場』というのが気になり、
王女様に話を振ってみたのである。
パープルの長髪、その前髪を眉毛の前で
切り揃えた彼女は、眉間にシワを寄せ、
「我が帝国の恥部、とでも申しましょうか。
奴隷同士や、奴隷を魔物と戦わせる催しが、
時々裏で開催されているのです」
そして彼女の後方に立つ護衛の二人―――
カバーンさんとセオレムさんが相次いで
口を開き、
「もちろん、非合法ではありますがね」
「いくら取り締まっても、そういう事を好む
連中はいるんですよ」
厳つい顔のアラフィフの赤髪の男と、
細身でブラウンの髪をボサボサにした、
アラフォーの従者二人が語る。
「まーアレだ。
金持ちの道楽ってヤツ?」
「悪趣味だがのう」
「ピュウ」
メルとアルテリーゼ、そしてラッチが
呆れたように話し、
「しかし、この近辺にあんな危険な魔物が
いるんですか?」
ライさんが気を使ってか、少し話題の方向性を
変えて質問する。しかし……
「いえ、少なくとも帝国領のものでは
ないでしょう。
それについてもその、申しにくいのですが」
口ごもるティエラ王女様の代わりと言うように、
従者二名が、
「密輸、ってヤツでさぁね」
「この大陸クアートルにある帝国以外の国から、
裏ルートで入手しているんでしょう」
聞けば聞くほどヤバい話だなあ。
帝国自体は違法にしているというのが、
まだ救いだけど。
「被害者は奴隷ですし、しかもそんな事をする
相手となれば―――
かなり巨大な犯罪組織でしょうね」
「予算が限られている中じゃ、どうしても
後回しになるってワケか……」
エンレイン王子様とライオネル様が、
王族として意見を述べる。
ウィンベル王国でも、孤児の子供たちが
無理やり連れ去られた時―――
治安機関は解決に消極的だった。
(■67話 はじめての ろうや参照)
良い悪いではなく、世の中には優先順位がある。
しかもそれが人権意識など無い世界では、
弱い立場から見捨てられても仕方が無いのだ。
「……そういう用途に使う奴隷も、他国から
密輸するんでしょうか」
私の質問に王女様は少し考え、
「半々、とは思います。
帝国では、奴隷は登録管理されて
おりますので―――
人数の増減があればすぐわかりますから」
なるほど。
となると、うかつに非合法な事には使えなく
なっているのか。
「とはいえ、奴隷は奴隷なんでね」
「金さえ積めば、いくらでも誤魔化しは
効くでしょうから」
カバーンさんとセオレムさんが、
主人に代わって現実を突きつける。
何か建て前を言うのが主人、本音を話すのが
従者という構図になっているなあ。
まあ立場上言えない事を代弁しているん
だろうけど……
そしてそれを聞いたエイミさんが、
専属奴隷であるアーロン君を抱きしめる。
「まあどこの国も、それなりに問題は抱えて
いるでしょう」
「ところで、大使館はあとどれくらいで
完成するのだ?」
ヒミコ様と魔王・マギア様が話をそらす―――
もとい本題へと戻る。
「あと3日ほどと言っておりました。
皇帝陛下直々の命という事もあり、
職人たちも気合いが入っているようで」
ティエラ王女様が答えると、ライオネル様が
頭をかきながら、
「いやあ、ウチも帰国したら帝国の大使館を
作らなければならないので……
手加減して頂けませんかねえ?」
「善処いたしますわ」
そのやり取りに室内の全員の頬が緩み……
やがて笑いに包まれた。
「んまっ! これうまっ!」
「また面白いものを作ったのう、シンは」
「ピュルルゥ」
翌日、私はとあるものを使った料理を作り、
みんなに試食してもらっていた。
アジアンチックな幼顔の人間の方の妻と、
欧米風のプロポーションを持つドラゴンの
方の妻が―――
そのスイーツに舌鼓を打つ。
「中に入っている……
果物ですか、これは?」
「すごく柔らかくて、クリームによく合います」
赤い短髪のアラサーの夫のケイドさん、それに
ダークブラウンの長髪の妻、魔狼のリリィさんが
私の家族の後に続き、
「ここで採れた果実ですか。
世の中には、まだまだいろいろな物が
あるんですね」
「僕、これ好きー!」
ブラウンのロングヘアーをした、半人半蛇の
少女と、同じ色の短髪をした少年が食べながら
素直に感想を述べる。
「薄く焼いた小麦粉に果物とクリームを包み、
一緒に食べるなんて」
「子供たちに食べさせたら、喜びそうですわ」
人魚族のスクエーアさんが、ブルーパープルの
ウェービーヘアーを揺らし、
ロック・タートルのオトヒメさんも、
紫の同じ波立つ長髪を震わせる。
みんなに食べてもらっているのは……
地球でいうところの『バナナクレープ』だ。
帝国でいくつか農作物を見繕ってもらって
いたのだが、その中にあった。
当然、品種改良されたものではなく、
種を取る必要があったのだが、
「土精霊様。
種を無くす話は?」
「新芽で増やすんでしたっけ?
繁殖さえ出来ればそれでいいとの
事でしたので―――
次の畑からはそうなると言ってました」
エメラルドグリーンの瞳を持つ少年が、
食べながら答える。
『奴隷殺し』と同様、増やす事を約束すれば
こちらの指示通りに変わってくれると思ったの
だが、どうやら話は通ったらしい。
「そういえばシンさん。
あの『かかお豆』っていうのは?」
「油を採るための豆という話でしたけど」
外ハネしたミディアムボブの髪の女性と、
白髪に褐色肌のダークエルフっぽい外見の
魔族……
イスティールさんにオルディラさんが、
別の食材について聞いてくる。
「んー、お菓子の材料になるんですけど、
詳しい方法は覚えていなくて。
なので帰国して増やしてから、
手を付けようかと思っています」
それを聞いた薄黄色の巻き毛を少年、
魔王・マギア様が食べていたそれを
飲み込んで、
「帝国の物もいくつか食したが―――
やはりシン殿の作る物の方が印象は
強いな」
それに続き、淡い紫色の短髪の青年と、
婚約者である、燃えるような赤い長髪の
女性……
エンレイン王子様とヒミコ様が、
「新しい食材を使って、次々と未知の料理を
作っていますからね」
「これも使者となった役得でしょう」
夫婦(予定)の若い男女が満足そうに語り、
「しかし、試食と言っていたが……
他に食べさせるつもりなのか?
皇家に献上するとか」
白髪交じりのグレーの短髪の、筋肉質の体をした
男性―――
ライオネル様がたずねてくる。
「そうですね。それとお世話になった方々へも。
厨房の料理人や農家の人々、それに商談に
来てくれた方々へも」
「厨房の料理人の人に教えれば、上へは
彼らが献上するんじゃないだべか」
ずんぐりした熊タイプの獣人、ボーロさんが
意見を述べ、
「そうですね。
他国からですと毒見やら何やら面倒そう
ですし、彼らに任せた方がいいでしょう」
「それとシンさん。
この前、帝国の獣人族と一緒に香辛料集めに
行って来ただが……
その人たちにも、これを持っていって
やりたいが、いいべか?」
そういえばそんな事を言ってったっけ。
もちろん、それに対してOKを出す。
「じゃあ、後で厨房を借りて一緒に
作りましょうか」
「先に、ティエラ王女様とあの従者さん
2人に持っていってもいいかもね」
「そうだのう。
帝国に来る前からずいぶんと世話に
なっておるし」
「ピュピュ~」
こうして試食が終わった後―――
私は家族とボーロさんと一緒に、王宮の
厨房へ移動する事になった。
「最後は、シンが行った下水道施設かー」
「さすがに食べ物は持っていかないけどね。
こっちは例の完全空調服を差し上げようかと」
「でも結構高価なのであろう?
それをポン、とあげてしまうのだから―――
やはり我が夫は器が違う」
妻二人と共に、先日訪れた帝都の下水道施設へと
向かう。
ラッチは例の魔物騒動があったのと、先に
ティエラ王女様たちにクレープを差し入れた
ところ……
預かってくれるというのでそうさせてもらった。
あの三人のところなら大丈夫だろう。
それに完全空調服はあげると言っても―――
後にウィンベル王国から輸入してくれる事を
期待しての打算もあるので、善意100%とは
言い難いものがあるのだが。
とにかく俺とメル、アルテリーゼは、
目的地へと足を速めた。
「えっ!?
こ、これをくださるのですか!?」
以前、施設内を案内してくれた奴隷のリーダー、
モイストさんが目を丸くする。
「これがありゃあ、作業がすごく楽になるぜ」
「他の奴隷にうらやましがられ……
いや、妬まれるかなこりゃ」
他の人たちも、喜色満面で空調服や水魔法用の
魔導具の杖を手に持って喜ぶが、
「……あれ?
確か獣人族の人がいましたよね?
ビルドさんっていう」
その彼の姿だけが見えない。
するとモイストさんが視線を落とし、
「いや、実はアイツ―――
別の仕事へ呼ばれたんです」
「というと、もうここにはいないんですか」
「はい。
条件次第では奴隷でも、仕事を選ぶ事が
出来ますので……
もしシン様がまた来たら、くれぐれも
お礼を、と言っておりました」
ふーむ。
スカウトでもされた、という事なのかな。
まあ残念だけど仕方がない。
私は彼らに空調服を渡すと挨拶し、
下水道施設を後にした。
「任務かんりょー!」
「さて、これからどうしようぞ?
すぐ戻るか?」
「うーん。
一軒くらい、飲食店を見てみても」
地上へ出た私たちは、今後の予定について
話していたが、
「おお、シンさん」
「あれ、ボーロさん」
そこで獣人族のボーロさんとバッタリ
出会った。
その周囲には彼が話していた、、
いろいろなタイプの獣人たちがいて―――
「この方が『万能冒険者』様!?」
「ドラゴンの妻がいるという……」
と、ジロジロと視線を向けられる。
「あー、香辛料集めの?」
「はい!
あの『くれーぷ』も好評でしただ。
シンさんの方の用事は?」
メルの問いに彼は答え、続けて私が
聞き返される。
「ええ、ちょうど終わりましたよ。
ただこちらでも獣人の方と関わって
いたんですが―――
どうも仕事場が変わってしまったみたいで」
同じ獣人族の人たちがいるので、
話題を広げようと振ってみる。
「それは奇遇だべな。
どんなお人でした?」
「ビルドさんって言うんですけど」
と、その名前を口にした途端、ボーロさんの
周りにいた獣人の一人が、
「ビルド……!?
私の兄ですが、確か下水道施設に
従事させられているはずでは」
女性の、狼か犬タイプの耳をした獣人の人が、
不安そうな顔をして迫ってくる。
「は、はい。
下水道施設の設備を視察する際、
彼に案内してもらったのですが。
あなたは妹さん?」
「はい、クエリーといいます。
でも兄が職場を変えたなんて話、
聞いた事もありません。
いったいどうして……!?」
困惑する彼女を前に、私は背後から
声をかけられ、
「シン様……」
「モイストさん?」
そこには、下水道従事の奴隷リーダーである
彼が立っていた。
「では……
では兄は、『闇闘技場』へ連れて行かれた
可能性がある、と?」
「ええ。以前施設に来た変な野郎と話して
いましたが、
『奴隷から解放してやる』とか、
『妹も救えるぞ?』とか言ってやがったので。
だからビルドのヤツ、それに乗って……」
人通りの少ない路地裏へと場所を移し、
詳しい話をモイストさんから聞く。
それによると―――
どうもビルドさんはただの職の変更ではなく、
『闇闘技場』の誘いに乗り、そこへ行って
しまったのではないかという。
「彼がどこへ連れて行かれたか、
わからないだべか?」
ボーロさんが彼にたずねるも、
「わかりません。俺が知っているのは
ここまでで……
それにもう時間がありません。
シン様に忘れ物を届けるという名目で、
職場を抜け出して来ましたから。
シン様―――
ビルドのヤツをどうかお願いします!!」
そう言うとモイストさんは駆け足で
去っていった。
種族は違うが同じ奴隷同士……
結束は固かったのだろう。
「シ、シンさん。
どうするべか」
「う~ん……
場所がわからないんじゃどうにも」
確かにたいていの事は『無効化』で何とか
なるものの―――
まずそこがわからないのでは話にならない。
「待ってください。
兄の匂いならわたくしがわかります。
モイストさんの話では―――
施設に来た変な野郎、と言っていました。
それなら、施設から匂いをたどれば何とか
なるかも……!」
クエリーさんの言葉に、メルとアルテリーゼが
顔を見合わせ、
「まー、ここまで来たんならねー」
「最後まで付き合うとしようぞ」
そこで私は、ボーロさんたちには事情を話しに
先に王宮まで戻ってもらい―――
私たちはクエリーさんと一緒に、『闇闘技場』を
突き止める事にした。
「ここですか?」
「は、はい!
兄の匂いはここで途切れていますので、
おそらくこの中に……!」
小一時間ほどして―――
クエリーさんと私たちは、帝都中央から
やや離れた場所にある、屋敷の前まで
やって来ていた。
「これだけ大きな屋敷なのに、見張りとか
門番とかいないのかな?」
「だが妙な気配は感じるのう。
どうも魔導具を配備しておるようじゃ」
すでに薄暗くなり始めた中、屋敷からは
光が漏れている。
そして豪華な馬車が何台も敷地内に
停まっていた。
しかしその敷地には誰もおらず……
それが返って不気味さを増す。
「どうやら、あちこちに防犯用の魔導具を
張り巡らせているようです。
獣人は人間よりも視覚や嗅覚に優れて
おりますので―――
わたくしにはある程度わかりますが。
しかし、これだけの数となりますと」
クエリーさんの言葉の後、メルとアルテリーゼは
私の方へ向き直り、
「じゃあシン、出番だよー」
「ちゃっちゃと終わらせてくれい」
「そうするか」
ポカンとする獣人族の女性をヨソに、私は
正面の門の前に立って、
「魔力で動く、魔力を動力源とする―――
そのような道具など、
・・・・・
あり得ない」
小声でつぶやいた後、私は正門の扉を開こうと
するが、重くて動かず……
「解除はされたみたいだね。
じゃあシン、そっちは任せて」
「く、くれぐれもお静かに」
ビルドさんの妹が用心するように語るが、
「よいしょお!!」
というメルの掛け声と共に、鉄製と思われる門は
水平に猛スピードで開き、
結果として轟音が響き―――
屋敷からざわめく気配が伝わってきた。
「どどど、どうするんですかぁ!?」
クエリーさんが涙目で訴えてくるけど、
妻たちはそれに構わず、
「まあまあ。
それより、私たちの側から離れないでね」
「コソコソするのは性に合わん。
それにシンがいればどうとでもなるでのう」
力技になるが、相手は恐らく非合法組織。
アシェラットさんの時は組織の知り合いもおり、
話し合いに持ち込むのは難しくは無かったけど、
(■45話
はじめての わかいとさぽーと参照)
さすがに今回は正面突破でいいだろう。
それに、もしビルドさんが危険な事でも
やらされていたら―――
時間はかけられない。
それに騒ぎを起こせば、中で何をしていたと
しても、中断されるかも知れないしな。
やがて屋敷まで辿り着き……
中に入ると、
「……お客様を招待した覚えはありませんが」
執事らしき初老の男性が正面に―――
そしてその周囲と吹き抜けとなった広間の
二階に、用心棒と思われる集団が出迎える。
「すいません、用事が済めばすぐ帰りますので」
「帰れるとでも?」
それぞれの手に炎やら氷やら、そして
風、中には電撃と思われる火花まで
出す者もおり、完全に臨戦態勢だ。
「クエリーさん、ちょっと寄ってください。
メルとアルテリーゼも」
「は、はい」
「りょー」
「うむ」
三人がおよそ私の半径一メートルくらいの
範囲に収まったところで、私は小声で能力を
発動させる。
「私の半径1メートル以内を除き……
半径30メートル以内において、
魔法など
・・・・・
あり得ない」
これは、かつて暗殺者たちを退けるために
練習して身に着けた条件付き無効化。
(■126話
はじめての げいげき(ひなんじょ)参照)
これで、私の近くにいた三人以外―――
「うっ!?」
「何っ!?」
「な、なんだ!?」
用心棒たちから、次々と混乱の声が上がる。
構えていた魔法が次々と打ち消されたのだから、
まあ無理も無いと思うけど。
「メル、お願い」
「あいさー!」
私の言葉と同時にメルが飛び出し、
執事ふうの男を組み伏せる。
「く……!
こ、こんな事をしてただで済むとでも?」
「こっちは、この方のお兄さんさえ返して
頂ければすぐ帰りますので。
その状態に関しましても、後で元に戻して
あげますし」
「…………」
魔法が使えなくなっているというのは、
自覚しているのだろう。
私の言葉に彼は目を丸くする。
「ビルドさん―――
獣人の男性ですが、どこにいますか?」
「……この先の離れに小さな小屋がある。
そこから下へと続く階段で、地下へ
行けるだろう。
恐らくそこだ。
私たちのような下っ端では―――
そこまでは入れないがな」
ふむふむ、と一通り情報を聞いた後、
「ではそこで大人しくお待ちください。
事が済めば、元に戻してあげますから」
そこで私たちは屋敷を突っ切り、反対側の
中庭へと出た。
「……ここ、魔導具も何もありません
でしたね」
執事の男性が言っていた通りの小屋に入り、
階段を降りて行く私たちに、クエリーさんが
話しかける。
「まあそんな物あっても、
シンの前では無意味だからねー」
「しかしずいぶんと深いのう。
もうどれくらい潜ったのだ?」
らせん状の階段を―――
もう地下何階分かわからないくらい
降りていくと、
やがて一直線の並行の通路となり、
強烈な光を放つ場所へと到着した。
『おおーっと!
ここで新たな挑戦者たちの登場だ!!
さあ、今回の命知らずは誰だー!?』
そこで私たちは円形の、いわゆるローマの
コロッセオのような舞台の広場に出て、
実況のような声に迎えられた。
段差の違う周囲には観客たちがすでにおり、
そして最上段の一人が立ち上がる。
『君たちかね。
招待状も無く乱入して来た訪問者と
いうのは。
あいにくと、人数分以上のおもてなしは
準備していなかったため―――
このような歓迎となってしまい、申し訳ない』
いかにも身分の高そうな、四十代くらいの
八の字のヒゲを持つ男性が、魔導具であろう
拡声器を通じてこちらに伝えてくる。
こちらとしては、ビルドさんさえ返して
もらえばいいんだけど……
こちらから相手に伝える手段がない。
すると客席とは異なる、一段上にある
鉄柵付きの席の向こう側から聞き覚えのある
声が―――
「クエリー!?
どうしてお前がここに!!」
「兄さん!!」
おっ、と思いそちらに目をやると、
そこに目的の人物、ビルドさんがいた。
「……!!
シン様までどうしてここに」
「わたくしが頼んだんです!
兄さんを見つけて、助けて欲しいって……!」
「バカな……何て事を……!!」
兄妹のやり取りを聞いていると、私たちの背後で
通ってきた通路が塞がれ、
天井から、マイクのような道具がするすると
私たちの元へと降りて来た。
『さあ!!
クアートル大陸全土から集めた魔物と、
挑戦者たちの戦いが始まります!!』
『さて、君たち。
最後に何か言い残す事があれば
聞こうじゃないか?』
連絡手段が出来たので、私はその魔導具に
口を近付け、
『えーと……
私たちはただ人探しに来ただけですので、
そこのビルドさんさえ返してもらえれば、
すぐに帰りますけど』
一応要求を伝えると、客席は一瞬
静まり返ったが、
『ハッハハハハッ!!
なかなかユニークな挑戦者のようだ!
これから君たちは複数の危険な魔物と
戦うのだぞ?
それらを倒さない限り生きては帰れん!!』
客席の方からも笑い声が次々と上がるが、
『いやあの、なるべくなら無意味な殺生は
したくないんですよ。
例え魔物といえども……
なのでこちらのお願いを聞いて頂ければ、
助かるんですけど』
私はなおもお願いするが、それは客席も含んだ
大爆笑となって返される。
『殺すのが惜しい男だな!!
こうまで腹の底から笑った事は、ここ最近
無かったよ!
それに免じ、特別に武器の使用を
許可しようじゃないか。
何でも言ってみたまえ!』
そこで私はメルとアルテリーゼに向かい、
『どうしよう? 何かいる?』
『いらなくね?』
『下手に何か使ってケガしてもつまらぬしのう』
その横でクエリーさんは、ただ口をぱくぱく
させて―――
『ええと、すいませんがこのままで
お願いします』
『……度胸があるのか、単なるバカなのか……
まあいい。
戦いでも観客を楽しませてくれる事を祈ろう。
―――始めろ!!』
すると、壁と思っていた場所が何ヶ所か開き、
『さあ!!
今回用意しました魔物は―――
双頭の魔獣、オルトロス!!
フクロウの頭を持つ異形の熊、オウルベア!!
砂漠の王、キャタピラーだ!!
挑戦者たちは果たして何秒もつかー!?』
それぞれの扉から、犬のような頭部が二つある
魔物に、熊の胴体にフクロウの頭が乗っかった
魔獣……
それに芋虫のような昆虫型の怪物。
そのどれもが巨大だ。
「クエリー、逃げろ!!
シンさんたちも何とかして脱出して
ください!!」
ビルドさんの絶叫が聞こえるが、私たちは
構わずに、
『シン、我がやってよいか?』
『いいけど、観客席に被害は出さないようにね。
ビルドさんもいるし』
感度がいいのか、こちらの会話は相変わらず
魔導具マイクを通じて放送され、
『女性の1人が出て来ました!
狂暴な魔物3体を前に、何か秘策でも
あるのかぁー!?』
実況も意図を図りかねているようだが、
それはすぐに形となって現れる。
『あ……え?
ワ、ワイバーン!?
いや違う! こ、これはドラゴン!?
いったい何が……!?
あーっと、あーっと!!
オルトロスが、オウルベアが、
キャタビラーがあーっ!!』
ドラゴンとなったアルテリーゼは―――
口でオルトロスを、片手でオウルベアを、
そしてキャタビラーをシッポで文字通り
『叩き潰した』。
それは彼女が元の姿になってから
十秒ほどの出来事で……
観客席はしばらくその光景に茫然と
していたが―――
状況を理解した順に次々と逃げ惑う。
事が終わるとアルテリーゼは人間の姿へと戻り、
『む? 親玉が逃げるようじゃぞ?』
その言葉に先ほどの四十代くらいの男性が、
慌てふためいて走っていくのが見えた。
私はここでまた能力を発動させる。
「私の半径3メートル以内を除き……
半径50メートル以内において、
魔法など
・・・・・
あり得ない」
そうつぶやくと、逃げ惑う客席の人たちの
動きが一気に鈍くなり、
「メル、あのヒゲの男性を捕まえて来て」
「りょー! ちょっと待ってて」
そう言うや否や彼女は闘技場の地面を蹴って
飛び上がり―――
あっという間に彼の元へ。
そして抱えるようにして私の前に戻ってきた。
その間約十秒ほど。
彼は土の地面の上にへたり込んでいたが、
「なっ何が望みだ!?
金ならやる!!
だから見逃してくれ!!」
片手の手の平を前へと差し出し懇願してくる。
「あの、お願いなら先ほどしましたけど。
あそこにいるビルドさんを返してください。
それと、妹さんであるクエリーさんと共に
奴隷解放も約束していたんですよね?
出来ればそれもお願いします」
「は、はい??」
私の言葉を理解するまで時間がかかったのか……
彼はしばらく目を白黒させていた。
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