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第五十章 郷に入っては郷に従え
静かな夜の帳が降りる。
窓を叩いていた雨音はいつしか止み、
濡れたアスファルトだけが街灯の灯りを鈍く映していた。
残された雫が軒先から落ちる音だけが、
夜の深さを教えてくれる。
誰もが眠りにつく時刻。
時は穏やかに流れ、
雨上がりの夜は静寂に包まれている――はずだった。
その静寂を破ったのは、
若き看護師の悲痛な叫びだった。
翔太💙「やだ……やめて……だめっ」
亮平💚「うふっ……」
翔太💙「そんなっ……」
亮平💚「あはっ……ドロー2♡」
蓮🖤「ドロー2のスタッキングだな……翔太は4枚取って俺んとこおいで」
翔太💙「絶対おかしいよ!なんでいちいち抱っこなの!」
亮平💚「千葉ルールだからよ」
蓮🖤「千葉だからだ」
納得などできるはずもない。
けれど郷に入っては郷に従えとも言う。
しぶしぶ立ち上がった翔太。
両手に数十枚のカードを手にし、華奢な身体を折り畳んでちょこんと蓮の胡座に収まると、湿り気を帯びたシャツから、ふわりと香った香水の匂いに、思わず目を瞑って吸い込んだ。
翔太💙「この匂い……今日……何処かで香った気がする」
翔太は首を傾げたまま、もう一度小さく鼻を鳴らした。
確かに覚えがある。
けれど何処だったかまでは思い出せない。
雨の匂いに紛れてしまった記憶を手繰るように目を細める翔太とは対照的に、蓮の肩だけが僅かに強張っていた。
蓮🖤「っ!……こっ……香水の匂いなんてどれも、お、同じだろ」
亮平💚「へぇ〜」
亮平は意味ありげに片眉を上げた。
何かを察している顔。
けれど答えを教えるつもりはないらしい。
獲物を見つけた猫のような笑みだけが、やけに楽しそうだった。
蓮 🖤「うるさい」
亮平は、カードを隠れ蓑に肩を震わせ笑っている。
亮平💚「随分と安物の香水使ってるのね蓮」
蓮🖤「うるさい」
翔太💙「蓮と亮平の香水は、俺ちゃんと嗅ぎ分けられるよ?どっちも大好き」
亮平💚「あらっ、嬉しい事言ってくれる。いい子ね」
伸びてきた腕が翔太の頭を撫でた。
撫でられた翔太は嬉しそうに目尻を下げる。
その姿があまりにも愛らしくて、亮平は思わず頰に手を添えた。
亮平💚「子犬みたい」
翔太💙「犬じゃないもん」
蓮🖤「大して違いない……亮平触るな💢今は俺のターンだろ」
翔太💙「それも千葉ルール?」
亮平💚「あははっ翔太やめて、お腹痛い……腹筋割れちゃう」
翔太は何が可笑しいのか分からず、答えを求めるように下から蓮の顔を覗き込んだ。〝物欲しそうな顔をするな〟そう言って顎を掬った蓮は、口を覆うように翔太の唇を塞いだ。
翔太💙「ん……れんっ///」
亮平💚「これで1回ずつね……」
蓮🖤「首筋の一回はまだ未消化だ」
翔太💙「首筋?」
再び深いため息をついた蓮。
〝あそこ見てみろよ〟化粧鏡へ視線を送ると、白磁の肌に真っ赤に色付く小さな印に、翔太は顔を赤らめて俯いた。
翔太💙「知らなかった……チクってしたと思った」
蓮🖤「なるほど。問診が必要みたいだ。その時の状況を詳しく話せ」
翔太💙「えっ?……ん?なんかぽわーんってなってるところに、ぐわっーってきて……なになにぃってなって、チュッてきて……ポッってなって」
亮平💚「『ポッ』じゃないのよ。翔太いい加減にしなさいよ💢」
蓮🖤「なるほど、意識レベル低下中だったわけだ」
亮平💚「バカじゃないのあんた達」
蓮🖤「再診が必要だな」
翔太💙「え?」
そう言うと蓮は翔太の顎を軽く持ち上げた。
白い首筋に残る赤い痕。
診察するように目を細め、
親指でそっとその周囲をなぞる。
翔太はくすぐったそうに肩を竦めた。
蓮は赤く残る痕をじっと見つめた。
あまりにも真剣な眼差しに、翔太は思わず息を呑んだ。
首筋へ落ちてくる蓮の黒髪が頰に触れる。
香水とは違う、雨を含んだシャンプーの香りが鼻を掠める。
触れられるたびに翔太の肩がぴくりと震えた。
何をされるのか分からない不安と、何故だか逆らえない空気。
雨上がりの湿った空気の中で、翔太は小さく喉を鳴らした。
翔太💙「んっ……な、なに?」
蓮🖤「処置だ」
亮平💚「絶対違うわね」
蓮は聞こえていないふりをした。
白い肌へ顔を寄せる。
まるで本当に経過観察でもするかのように。
そして――
柔らかな感触が首筋へ落ちた。
翔太💙「ひゃっ」
思わず身を竦めた翔太の腰を、蓮の腕が逃がさないように引き寄せる。
数秒後。
満足そうに顔を上げた蓮は、もう一度その痕を眺めた。
蓮🖤「なるほど……患者の訴えが曖昧すぎる」
首筋に残った赤い痕を眺めながら、蓮は本気とも冗談ともつかない顔で頷いた。
亮平💚「感度いいのよこの子」
翔太💙「違うもん///」
蓮🖤「客観的評価が必要だ」
翔太💙「へぇ〜」
亮平💚「納得しないで」
蓮🖤「再現性を確認した」
亮平💚「医学を冒涜するな💢」
誰がどう見ても私情しか挟まっていない処置だった。
少なくとも保険適用外であることだけは間違いない。
深夜加算どころか、診療報酬請求そのものが通りそうになかった。
蓮🖤「大田区民は病人を放っておけない」
亮平💚「大田区を巻き込まないで」
翔太💙「えっ蓮、大田区なの?」
亮平💚「そこじゃないのよ」
翔太💙「大田区ってそういうルールあるの?それで蓮お医者さんになったの?」
蓮🖤「義務教育みたいなもんだ」
亮平💚「大田区に謝れ💢」
半ば諦めにも似たような、短いため息をついた亮平。
蓮🖤「地域差だ」
もはや何の地域差なのか誰にも分からなかった。
翔太💙「じゃあ本当にあるんだね……千葉ルールも」
蓮🖤「ある」
亮平💚「あるの♡」
翔太💙「でも名古屋ルールだけは絶対嫌だからね」
蓮🖤「名古屋ルール?」
亮平💚「何それ♡」
翔太💙「教えない」
蓮🖤「なんでだ」
翔太💙「嫌だから」
亮平💚「気になるじゃない♡」
翔太💙「絶対教えない」
その瞬間――
蓮が一枚カードを切った。
蓮🖤「青」
亮平💚「あら、私の番ね♡」
翔太💙「あっ」
ようやく。
ようやくである。
カードより会話が飛び交い、
ルールより地方文化が増殖した結果、
数十分前に始まったはずのUNOは、
ようやく二巡目へ突入した――。
亮平💚「はぁ〜いじゃぁスキップ2枚でキス二箇所ね。江戸川ルール最高♡」
翔太💙「さっきリバースしたから、蓮にキスだぞ」
蓮🖤「は?💢」
亮平💚「えっ?……あら、俺やっちゃった?」
蓮「……いやぁ〜亮平くんあれだよね、そろそろ地方創生も残すところ一箇所になったね〜」
翔太💙「えっどこ?」
亮平💚「翔太しか知らないあの場所よ早くルール教えなさい💢」
翔太💙「やだ」
蓮 🖤「そう言えば、埼玉は偉くエロいルールがあるって聞いたことがあるな」
亮平💚「あらそうなの?岩本くんに電話して聞いてみようかしら」
翔太💙「だ、だめっ!!」
亮平💚「あら♡」
蓮🖤「なるほど」
翔太💙「もう!…………UNO!!!」
ギシッとスプリング音が鳴り響いたホテルの一室。
翔太は目の前に座る亮平の後頭部に手を添えると勢いよく唇に
キスをした。
突然のことに驚きを隠せない亮平と、状況を理解できない蓮。
翔太は頰を赤らめながら後ろを振り向くと、今度は蓮の胸に手を置いた。
押し倒すように身体ごと抱きつき、そのまま唇を重ねる。
亮平💚「へっ?……何事?」
そのまま抱き抱えるように、翔太の背中に腕を回した蓮はキスに応じるように顔を傾けた。
亮平💚「いつまでキスしてんのよ、あんた達💢」
ようやく唇を離した翔太は、自分が何をしたのか思い出したように肩を震わせた。
頬は耳まで真っ赤。
少し上がった呼吸を整えるように胸が小さく上下している。
勢いに任せてしまったものの、
亮平と蓮、二人の視線が同時に向いた途端、
急激に羞恥が押し寄せてきた。
翔太は誤魔化すように視線を泳がせ、
それでも小さく口を開いた。
翔太💙「大好きです。ふたりとも……」
蓮🖤「ん? なにどういう事」
翔太はさらに顔を赤くした。
指先で自分の唇に触れ、
言うべきか言わないべきか迷うように俯く。
翔太💙「名古屋ルールだよ……すっ……」
亮平💚「す?」
翔太💙「上がる時にす……好きな人にキスするって……////」
蓮🖤「……お前、上がってないだろう?」
翔太💙「え?」
亮平💚「手札」
〝あっ……〟手元を見下ろした翔太の顔が固まる。
そこには、誇らしげに残る最後の一枚。
蓮🖤「残ってるな」
亮平💚「見せてご覧」
翔太💙「ううっ………」
亮平💚「skipね……最後にskipカードを残してしまうと、千葉ルールではたしか……」
長い沈黙。
時計の秒針がカチカチと音を立てる。
翔太💙「な……なに?」
蓮🖤「いや」
亮平💚「特に何もないわ♡」
蓮🖤「まだ上がってない」
亮平💚「ただ好きな人にキスしただけね♡」
翔太💙「あああああああああっ!!!!」
耳まで真っ赤になった翔太は、
逃げ場を探すように視線を彷徨わせた。
だがホテルの一室に逃げ道など存在しない。
目の前には笑いを堪える亮平。
背後には誇らしげな蓮。
完全包囲である。
ようやくその事実に気付いた翔太は、
小さく「うぅ……」と呻いて再び顔を伏せた。
蓮の腕に収まる翔太は、頰を赤らめ、隠すように胸に顔を埋めた。
その様子を見た亮平の眉がぴくりと動く。
誇らしげに抱き抱える蓮は、見せつけるように亮平を見た。
蓮🖤「誰がどう見ても〝好きの比重〟が俺の方が上だ。キスの時間も俺の方が長かった」
翔太💙「えっ?」
亮平💚「バカなの?先にキスされたのは俺なんだから、俺の方が好きに決まってるでしょ。自意識過剰なところ変わってなくて良かった」
蓮🖤「質の問題だ」
翔太💙「喧嘩やめなよ……俺にとっては二人とも大事で二人とも同じくらい好き。
だから……もう一回キスする?次は順番変える?」
蓮🖤「はぁ……お前には負けるよ」
翔太💙「えっ俺の勝ち?あがり?」
亮平💚「もう……バカ//」
蓮🖤「好きにしろ」
翔太💙「やった!」
満面の笑み。
何の駆け引きも計算もない、ただ嬉しそうな笑顔だった。
その笑顔を見た瞬間、二人は揃って負けを悟った。
亮平💚「結局こうなるのね」
蓮🖤「最初から分かってた気もするがな」
翔太💙「?」
亮平💚「ほら」
蓮🖤「来い」
左右から伸びた腕。
気付けば翔太は、二人の間に引き寄せられていた。
翔太💙「せまいっ」
亮平💚「千葉ルール♡」
蓮🖤「地域差だ」
翔太💙「まだ続くのそれぇ!?」
二人の笑い声が重なる。
窓の外では濡れた街灯が静かに揺れている。
水溜りに映る夜のネオンが街に彩りを添え、ホテルの一室に立てかけられた傘の先端には、まだ雨粒が残り淡く光っていた。
カードはまだベッドの上に散らばったまま。
誰も続きをする気などなかった。
🖤💚「おいで、翔太」
翔太💙「それも千葉ルール?」
答えは返ってこない。
代わりに伸びてきた二つの腕。
翔太は迷いなくその手を取る。
満面の笑みごと包み込むように、二人は彼を引き寄せた。
――郷に入っては郷に従え。
今夜ばかりは、それが正解なのかもしれない。
#宮舘涼太
ポテチ
2,039
コメント
6件

翔太が可愛すぎる✨✨ 本当に大好き可愛いなあ💙
ようやく50話目に突入です ここまでお付き合いくださり、本当にありがとうございます😊♪ 気づけば50話。翔太たちの物語を見守ってくださる皆さまのおかげで、ここまで続けることができました💙 まだまだ翔太たちの物語は続きます。ゆっくりとしたストーリー展開でヤキモキしてるかと思いますが自分自身の〝描きたい〟気持ちを大切に続けていけたらと思っています😆