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「世良……様……」
重厚な扉を開けて入って来た人物。
それは先程の執事風の男だった。
「随分と派手にドンパチしてたみたいですねぇ……。で、侵入者は片付いたのですか?」
ワイングラスを片手にソファーに腰掛けたまま、でっぷりと私腹を肥やしたdiva頭目、世良はにやけながら彼にそう問う。
報告があってから、優に一時間程は経過しただろうか。全てが片付くには充分な時間だ。
「……どうしたのです? まさか原型を残してないとかの報告じゃないでしょうね?」
世良のダミ声が男へと突き刺さる。
侵入者の排除は当然として、それが一番の問題。世良の期待に沿えられなければ、下手したら己が密輸品に成りかねない。
「そ……それが……」
何処か顔色のすぐれない表情の男は、よたよたと不規則な足取りで、世良の下へと歩み寄ろうとしている。
それは失態の報告なのか――
「ば……化け物っ――!!」
突然の異変。男は歩みを止め、両手で顔を覆いだした。
「……何を……しているんです?」
その疑問は当然。何やら奇妙な男の状況。
「あ……ああ……あぁあぁぁあぁぁぁっ!!」
掻きむしる様な手の動きに、言葉に成らぬ呻き声を上げたかと思うと――
“バシャッ”
「あぼぁっ!!」
突如男の顔から、目、口、鼻、耳、あらゆる体孔より、真水なのか体液なのか分からぬ液体が、勢いよく放出されていたのだ。
「ひぃっ!」
それを目の当たりにした世良は驚愕の声を上げ、男はそのまま棒切れの様に倒れ込んだ。
状況から死亡したのは一目瞭然。
それでも尚、暫しその躰は不規則な痙攣を繰り返していた。
“一体……何が?”
「ターゲット見っけ」
訳の分からぬ異常な状況に、世良の思考もままならないまま、何処よりか聞こえた声。
「――っ!?」
その声が聞こえた出所――扉の向こうには、時雨と雫の二人が並び立っていた。
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――時を遡る事十分少々。
「いくぜ……」
「来い……」
時雨と雫の二人は、今正に再激突の間近だった。
共に御互いへと向けて踏み込もうとした刹那――
「何だこの臭いは!?」
「これって血じゃねぇのか!?」
聞こえてきた複数音声で、二人の動きが止まる。
「ちっ……いいとこだったってのに! そういやまだ残ってたっけ?」
時雨が声がした方角へと視線を向けた。
「またわらわらとゴミ共がうぜぇ……」
其処には先程と同じく、屈強な黒服勢を多数確認。
今度は全員が両手機関銃を所持していた。
形状から恐らくAK47。まるで戦場にでも赴いて来たかの様に。
「居たぞ侵入者だ!!」
「まさか奴等がこれを?」
「構わん殺せ!」
「撃て撃てぇ!!」
黒服達は有無を言わせず、二人へと向けて一斉掃射。
連なる銃撃音が闇夜に響き渡った。
もはや生け捕りや、サイレンサーで御内密に、という訳にはいかない。
どんな手を使っても、侵入者は確実に始末せねばならない。
それに血の臭気が充満した地獄絵図に迷い混み、冷静な判断も出来ないそれは、ある意味連鎖的なパニック症候群だ。
「やべっ!!」
ジュウベエが即座に二人の近くから、飛び退くように離れていたのに対し――
「ああ面倒くせぇ……ホントに面倒くせぇなオイ!」
二人、特に時雨は動く気もなければ、やる気も感じられない。
しかし銃弾が二人に届く事はなかった。
「…………」
何故なら――
“ミラージュ・リフレクト・ゼロ ~極零鏡面反射”
雫の前面に張られた蒼白い膜によって、銃弾は雫本人のみならず、その全てが直前で静止していたからだ。
先程の絶対零度発生による、マイナス電磁波と原理は同じ。
時雨の超弾道は威力が有り過ぎて、軌道を反らすだけに留まったが銃弾程度なら――
“ばっ……化け物!?”
幾ら撃ち込んでも届かないそれに、更に撃ち込むが結果は同じ。
放たれた銃弾は電磁波により運動活動が停止し、全てが跳弾として返される。
無数の跳弾は狙撃主達へと牙を剥き――
「ぎぃやぁああぁぁぁ!!」
そして響き渡る無数の阿鼻叫喚。
半数近くが跳弾により蜂の巣状態だ。
「おっ! 俺の腕がぁぁぁ!!」
「痛ぇよぉぉぉっ!!」
腕が千切れた者、銃創により内臓がはみ出た者、脳漿を吹き出しながら倒れた者、様々な地獄絵図が一瞬にして展開されていた。
正に血と死が隣り合わせの、此処は凄惨なる戦場。
絶命に至らなかった者も多数なのだが、自分が撃った弾丸なのだから、ある意味自業自得だろう。
「ちょっと待てい! 何介添え役が勝手に手ぇ出してんだオイ!」
結果的に時雨も銃弾から守られた形なのだが、彼は雫に礼処か詰め寄る。
それは“俺の獲物に手を出すな”という意味合いを含むのだろう。
「俺は自分の身を守っただけだ。そもそも、こんな状況になったのは誰のせいだ?」
雫としては、時雨が闘いを仕掛けてきた為、この状況に陥ってしまった事を主張。
「人のせいにしてんじゃねぇ!」
ある意味どちらも正しいし、どちらにも否が有る。
「銃は使うな! 刃物類で仕留めろ!!」
しかし言い争ってる場合ではない。
状況を見て取り生き残った者達は、銃を棄て軍事用アーミーナイフへと切り替えて、二人目掛けて一斉に襲い掛かってきた。
「ああもう! うるせぇんだよ糞蟲共が!!」
苛立ちが頂点に達した時雨は、絶叫しながら紅き鞭を振り払うと、刃を掲げて向かって来た前方五名の頭部が、血飛沫と共に一瞬で宙に舞う。
そして胴体だけとなった五名は、走りながら躓く様に前のめりに倒れた込んだ。
「ひぃっ!!」
それを目の当たりにして尚、黒服達に今更突進は止められない。
敗走も等しく“死”だからだ。
なら前進して生を掴むしかない。
「言っとくがよ……手助けしたからといって、お前に報酬の山分けは無ぇからな!」
「要るか……。それより目の前の排除に集中しろ」
二人は残りの掃討にかかる。
先陣を切ったのは時雨だが、雫もまたやる気だ。
「さっきまで殺し合いしてたってのに……。何時の間にか共闘してるよアイツラ……」
“仲良くはないが、どう見ても似た者同士だ”
そんな二人を遠目に眺めながら、ジュウベエは呆れ気味に呟くしかなかった。
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「――罪状……て何だったっけ? まあいいか。てな訳で、どうやって死にたい? 俺のお薦めは溺死かな?」
そうさらりと恐ろしい事を問い掛けながら、愉快そうに詰め寄っていく時雨。
しかも消去前に述べるターゲットへの罪状も、彼にとってはどうでもいいのだろう。
「ままっ待て! たっ……たすっ! 助けてぇ!」
懇願。圧倒的懇願。
世良はソファーごと後退りするが、勿論阻まれながらの命乞いだ。
「見苦しい豚だな……。往生際の悪い」
蔑む様に世良の醜態を見下す時雨。それは正に蛇に睨まれた蛙の構図だ。
これより始まる虐殺の宴――だったが。
「聞いてくれ! 何処だ? 何処の組織に……幾らで雇われた!?」
世良の疑問への求む回答。
このまま訳も分からないまま、殺されたのでは堪ったものではない。
それに、あわよくば――
「これから死ぬ奴に、そんなの必要無いと思うけど?」
しかし時雨はそれすらも一蹴。だが――
「まあ組織は明かせないけど、アンタらの命の値段は教えてもいいかな? 18億だったっけ? 俺に入るのは9億少々だけど、考えてみれば安いよねぇアンタら全員の命……」
まるで“どちらも割りに合わない”と、自虐的に苦笑する時雨だが、世良はその金額を聞いた瞬間、既に思考を張り巡らせていた。
この窮地を凌げる処か、最善にして最高の策を――
「10倍だ! 10倍の90億を君に払おう。それで私を見逃し、尚且つ私の護衛として雇われる気は無いか? それだけじゃない、これからその組織よりもっと甘い汁を吸わせてあげましょう。どうです?」
世良のその策は苦肉かも知れないが、理には叶っている。
「へぇ……それは凄い。悪くない提案だね」
時雨もまた動きを止め、その金額の大きさに考えている様に見えた。
“まさか……呑むつもりか?”
雫の左肩に居座るジュウベエの危惧。
“幸人は例外として、人は金で飼える”
特にエリミネーターは己の利を求めるのが殆どだ。
「…………」
雫は口出しはしない。あくまで傍観しているだけ。
もしもの時は、規約に基づき時雨ごとターゲットを消去するのみ。
「ほほほほほ。交渉成立ですね」
沈黙を答と受け取ったのか、平常心を取り戻した世良のダミ声が高らかに勝ち誇る。
「では、これからも宜しくお願いしますよ?」
動かない時雨に、すっかり懐柔出来たものだと安心したのか、世良は余裕を以て背後の雫へと視線を向ける。
「それでは最初のお仕事です。後ろの方はお仲間ですか? それなら私への忠誠の証しとして、かつてのお仲間を殺してしまいなさい」
彼に雫まで組織に引き込もうという考えは無いようだ。
“やべぇ!”
「おい幸人、アイツ裏切っちまいやがったぜ!?」
またこの二人の死闘が再現される事を危惧したのか、ジュウベエが雫へと促すが、彼に何かしらの行動を起こす気配は無い。
それはあたかも時雨の答を待っているかの様な――
「どうしたのです? さっさと殺してしまいなさい!」
何時までも考え込んで動かない時雨に業を煮やしたのか、世良の口調が急かす様に荒くなる。
「あ? さっきから黙って聞いてりゃ、何調子乗ってんの? あいつを殺すのは俺だが、豚の指示なんて受けねぇんだよ」
しかし時雨は世良の指示をはっきりと拒否の構え。即ちそれは金額では動かない意思表示の顕れだった。
「ななっ? す、少なかったのですね? で、では更に20倍、180億でどうでしょう!?」
時雨の拒否にすっかり取り乱し、動揺を隠せない世良は指を二本立てて、増額で再取り引きを持ち掛けた。
「……舐めてんのアンタ? 金なんてどうだっていいんだよ。俺も一応プロの端くれでね、一度引き請けた仕事は何があっても最後まで遂行するし、狙った獲物は必ず仕留める主義なんでね」
しかし時雨の意思は金額では動かせなかった。
そして再度世良をしっかりと捉える。
「残念でした。て事で死んで貰おうか?」
もはや幾ら金額を吊り上げようが、懐柔は不可能だと悟った瞬間、世良の表情が蒼白に青ざめていく。
それは絶対的な死の予感。
「フッ……」
時雨の態度の真意に、雫が僅かながらに微笑していたのは、天敵ながらも認めている証か――
“コイツ……幸人と同じ?”
ジュウベエもまた同じく感じ取っていた。
時雨というエリミネーターが、何故狂座の最高峰なのかを再度。
「こっ――の狂人がっ!!」
世良は詰め寄って来る時雨へと吐き捨て、内ポケットから取り出した銃口を向ける。
瞬間火を噴き、耳をつんざく重高音が鳴り響いた。
しかし――
「へぇ……マグナム弾ね」
時雨にその銃弾は届いてはいない。
「ヒィッ!」
続け様に撃ち込むも結果は同じ。銃弾自体が時雨自身に届いていないのだ。
“化け物っ!!”
不可解さと恐怖で震えながらも、世良は逃れたい一身から尚も引き金を引こうとするが、銀製のリボルバーからは弾切れか、虚しく空撃ち音が響くだけだった。
「ああ無理無理。そんな玩具で俺の“ブラッディアーマー”は破れない」
時雨の身体の周りを包む、赤い霧状の様なもの。その前に銃弾は全て、絡み取られる様に静止しているのだ。
“そんな……装甲をも撃ち抜く45口径だぞ!?”
疑問と驚愕の狭間。その現象が世良に分かる筈も無い。
ただ一つだけ確かな事は、もう打つ手無し、という事実だけ。
恐怖と絶望の余り、失禁したのか下腹部からは臭気と湯気が立ち登っていた。
「……ん?」
後は消去を実行するだけなのだが、時雨は不意に動きを止め、瞳の動向のみで部屋内にある、“あるモノ”に気付く。
「へぇ……デスマスクか。豚の癖に悪趣味だねアンタ?」
壁一面に掛けられたそれらは、世良の手によって非業の最期を告げ、剥製された者達の末路の証。
時雨は壁へと向けて歩み出し、その壁掛けに手を添えていた。
「わざわざ苦悶の表情を敢えて遺すとはね……。彼等の苦悩と絶望はどれ程のものだったんだろうね……」
彼のそれは彼等に対する哀れみ? それとも世良に向けてのものだったのだろうか?
「よし。そんなアンタに相応しい最期をくれてやるよ」
笑顔だが何処か物思いの表情で世良へ振り返った時雨。その指先には小さな、赤い水球の様なモノが浮かんでいる。
「さあ、お仕置きタ~イム」
そして愉快そうにその赤い水球を指で弾くと、涙と涎を垂らしながら開けている世良の口に飛び込んでいた。
「――っぐぉ!!」
異物を喉元から胎内に呑み込んだ感覚に嗚咽する世良。
そして訪れる異変ーー。
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