コメント
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間に合って良かった😢ここで運命的な出会いが……
よかったよ…間に合って🥹 運命の糸が絡んだ瞬間だね🎀
『ではそろそろ、おいとまします』
『これ、持っていってくれる?』
叔母が渡してきたのはピアノ教室の名刺だ。
『ありがとうございます。そのうちご連絡しますね』
俺はそれをポケットにしまい、部屋から出ると、玄関で靴を履いて叔母に笑いかけた。
『本当にありがとうございました。必ず、またご連絡します』
『待っているわ。また倒れないようにね』
『はい』
玄関のドアを開けると、ムワッとした夏の暑さが襲ってきた。
数時間前までは、すべてに絶望して歩き、この暑さで身が焼けてしまえばいいと思っていたが、今は少し違う。
(……悪くない)
小さく笑った俺は、叔母に頭を下げた。
『それでは、また』
『気をつけてね』
彼女の言葉を聞いて、俺は思わず笑った。
出がけに『気をつけてね』なんて言われたのは、何年ぶりだろう。
(……ん、悪くない。なんとかなる)
俺は叔母に会釈をし、一人暮らしをしているマンションに向かってゆっくり歩いていった。
**
それをきっかけに、俺は母方の親族と連絡をとるようになった。
母と仲違いをした祖母は、今も東京にいるかは分からない。
もしいないとすれば、名古屋の本邸に住んでいるのだろうか。
仮に俺が名古屋の本邸の近くをうろついたとしても、とうに亡くなった娘の子だと気づく者はいないに決まっている。
――なら、ちょっとだけ見てみようか。
そう思った俺は、年末に名古屋の温泉旅館に行く事にし、一人旅を決行した。
新幹線で一時間半揺られたあと、俺は名古屋市の北にある犬山市の、木曽川に面した落ち着いた佇まいの宿にチェックインした。
年末年始にかけて連泊するつもりだから、急いで様子を見に行く事もないと思い、年内は温泉に浸かってゆっくりする事にした。
夕食前に部屋にある半露天風呂に入った俺は、豪勢な懐石料理を食べてまた温泉に入り、テラスのソファに座ってボーッとする。
(……ん?)
が、視線の先で歩く人陰を見て目を瞬かせた。
時刻は二十二時過ぎなのに、中学生ぐらいの女の子が川沿いを歩いていた。
目的があってスタスタ歩いているのではなく、フラフラと進んだあとに立ち止まり、しばし木曽川をぼんやり見たあと、川へ向かって進み、また立ち尽くす。
観光で景色を楽しんでいる風でもなかった。
(……まさかな)
嫌な予感を抱いた俺は、立ちあがってその少女を見守る。
やがて彼女は木曽川に架かっている大きな橋を見たあと、そちらに吸い寄せられるように歩いていった。
『マジか』
俺は舌打ちし、急いで服を着るとコートを羽織り、慌てて部屋を出る。
(勘違いであってくれ)
俺は二階建ての旅館から外に出ると、例の少女を探して歩き始める。
すると前方遠くに彼女の背中が見えた。だが俺がモタついている間に、彼女はすでに橋に着いていた。
橋は列車が通る所と、車道と歩道が一緒になった場所がそれぞれ独立しているタイプだ。
俺は走って橋に向かい、少女を探した。
すると彼女は橋の欄干に両腕をかけ、そこに顎を乗せて川を眺めていた。――ように見えたが、周囲をチラッと確認したあと、反動をつけて欄干の上に足を掛けた。
『バカッ! やめろ!』
俺はとっさに大きな声を上げ、全力で彼女のもとに駆けつけ、抱き締めるようにして橋から引き剥がそうとする。
『離して!』
渾身の力で俺の手を振り払おうとした彼女の声は、涙で歪んでいた。
――つらい事があったんだな。分かるよ。
――でもな。
『いい加減に……、しろっ!』
俺は声を上げると同時に少女を引っ張った。