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(久しぶりにきた気がする……いや、二回、三回?忘れたけど、それぐらいしかきていないから、久しぶりも何もないわよね……)
レイ公爵家。一面のピンク色のチューリップを見て、またここに来たんだって、懐かしさを覚えた。そこまで訪問回数はないけれど、この量のチューリップを見られるのは、きっとこの世界ではここだけだろう。魔法で、気温を管理しているって言っていたから、一年中見られるに違いない。
ただの、平民が公爵家にきてしまった。それが、一番の驚きというか、何というかだけど。
「無事転移できたな」
「アンタが失敗すると思えないんだけど」
「…………まあ、そうだな」
「何よ、今の間は」
「いや?まあ、んなことはどうでもいい。中に入るぞ」
「アンタの家だしね」
「いちいち何か言わねえと気が済まねえのかよ。お前は」
なんて、アルベドはやりにくそうに言い返して、身を翻す。ちょっとからかってみたかったけれど、予想通りの反応だった。いや、懐かしさも覚える。
(何というか、初めて会った気がしないんだよね……)
初めて、というか、あっちがなれているというか。まあ、そんな感じで。不思議な気持ちになりながらも、私はアルベドの後を追って歩く。彼がどんな風に、今の私を見ているか分からないし、好感度が隠されてしまっているからなおのこと、彼の真意が分からない。でも、ここまで連れてきたってことは、私を殺す気はないだろう。
(いや、待って!?違うとは思うけど、前、いっっっっちばん最初にここに訪れたときに、防音だから殺しても見つけて貰えないぜ、みたいなこと言われた気がする!)
本当に随分と前のことで、記憶の底に眠っていたもの。ここに来てそんな彼との会話を思い出した。まだ、アルベドがいい人か悪い人か分からなかったときの会話。私が、聖女でそれなりの権力があったときの。
(と思うと、懐かしいんだけど……複雑かも)
今は、聖女でもなく、初めてを装って、ここにいなくちゃいけない。取り繕えば、一発でバレそうではあるけれど、これの好感度が見えない以上は、下手に行動出来ない。
「何突っ立ってんだよ」
「あ、え、ああ、ごめん」
アルベドに声をかけられ、我に返る。感傷に浸っている場合でも、懐かしんでいる場合でもないのだ。なんで、彼がここに私を連れてきたか分からないし、その理由も聞きたい。だから、それ以外のことは頭から排除しないと、と私は、距離が離れてしまった彼の元へ急ぐ。
「変だな、お前」
「いきなり何よ。失礼ね」
「ずっとボーッとしてる。何処みてんのかよく分からねえ顔して、何だか、寂しそうに見える」
「……そうかも知れないでしょ」
「は?」
何でもないわよ、と返して、私はアルベドの後をついて行く。寂しそうなかおをしている、といわれた。それは正しいのかも知れない。誰も私を覚えていない世界で、それでも、皆に思い出して貰いたくて、足掻いて。それでもダメで。心が折れそうで、もう、平穏に身を浸してもいいかなと思ったときにアルベドがあらわれて。
一番あわなきゃいけない、リースには全然会えてもいない。まずは、彼に会いに行かなきゃいけないだろうに私は――
アルベドは、私の様子を伺いつつも、黙って前を歩いた。話し掛けることもそこまでないのだろう。そうしているうちに、前に入ったことがあるような、談話室に通され、私は、アルベドと向かい合う形で座った。今から何が始まるのか、尋問でも始まるのかという雰囲気に、一瞬日和ってしまう。
アルベドはアルベドだと思う。何も変わらない。そんな気がした。さっき、私を助けてくれたときだって、きっと、私じゃなくても助けたんじゃないかと思う。アルベドって、悪そうに見えて、実は優しくて繊細な人だって、私は知っていたから。
(――って、何も話してくれな!)
向かいあったはいいものの、アルベドからは何もアクションを起こしてくれなかった。私をここに連れてきたくせに、何も言ってくれない。ただ黙って私を品定めするようにみているだけだった。
そんな空気に耐えきれなくて、私は、あの、と声を上げる。そんな私のリアクションに口角を上げる。何様だと、叫びたかったが我慢した。
「えっと、アルベド、は、なんで私をここに呼んだわけ?」
「だから、探してたっつったろ」
「探してたって。そこから、意味が分からないのよ」
それは、彼のお眼鏡にかなったと言うことだろうか。意味が分からない。
アルベドは、少し苛立ったように、私を睨み付けた。満月の瞳が鋭くなって、背筋が伸びる。言いたいことを隠しているような気がして、本心が見えない。このままでは拉致があかない。
「話すことがないなら、帰っても良い?」
「何処に帰るんだよ」
「……」
何処ってそりゃ、モアンさんの所、と言いかけたけれど、あんな風に送り出して貰って帰ってきましたなんていえない。モアンさんも、なんでアルベドが私を連れて行きたがっていたのか理解していなかったようだし、貴族に連れて行かれて、帰ってくるなんて驚くだろう。いくら、仲がよかったとしても、不思議がると思うし。問題はそこじゃないけれど。と、アルベドを見る。やっぱり、何かを見極めるような目が引っかかる。
せめて、好感度がみることができれば、もっとやりやすいんだろうけれど、それもない。だから、私は、アルベドを見つめ返すことしかできなかった。
「言いたいことがあるならはっきり言って。このままじゃ、ずっと気持ち悪いまま」
「そーだな」
「あの、パーティーからずっと私を探してたってこと?」
「ああ、まあそうなるな。ステラ、だったよな」
「ステラ……だけど」
「ステラか」
「だから、何が言いたいの?」
いや? と、アルベドは肩をすくめた。本当に何が言いたいのか分からなかった。早く本題に入らなければ、私はここから出ていくぞと睨み付ければ、彼はようやく観念したのか、しっかりと椅子に座り直して私を見た。
「ステラ、エトワールって知ってるか?」
「え、エトワール……それって、あの聖女様のこと?」
アルベドの口から、エトワールの話が出るなんて想像していなくて、私は、挙動不審になってしまう。一瞬、私の事が呼ばれたのかと勘違いしてしまいそうになった。でも、違うと、首を振る。今の私は、ステラで、エトワールは彼女の名前だと。奪われたというか、奪い返されたというか。どっちが悪いわけじゃないけれど。
「そ、そのエトワール・ヴィアラッテアがどうしたっていうの?」
「いや、お前の言っている方の、エトワールじゃない」
「え?」
理解が追いつかず、私は聞き返す。もしかして、という期待もあって、彼の顔を覗き込む。その満月の瞳には私がしっかりとうつっていた。光を取り戻した、その瞳がキラキラと輝いている。
「な、何。もしかして、エトワールが、二人いるって言いたいの?」
「ああ、そうだな。そうというか、俺の中で、エトワールは一人だけなんだが」
と、アルベドは頬をかいていった。耳が紅く染まっていて、照れているのが分かった。そして、その反応が、何を示すのか、私は分かってしまう。
(そんなことって、あるの?)
「何それ」
「お前が分かってんだろ。間違ってたら、嫌だから言わなかっただけだ」
「はっきり言って!」
私がそう言うと、彼はくしゃっと紅蓮の髪をむしって、ああっ、と少し怒ったような声を出した後、顔を一掃する。黒い手袋の隙間から、満月の瞳がこちらを見ている。
彼の頭上の上で、チカチカと鍵のかかっている好感度が光り出す。みたこともない変化で、私は、彼の頭上を見つつ、視線を下に移した。ああ、これは、と私は息をのんだ。
「エトワールってお前の事じゃないのか?」