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「……まあ、君のような優秀な人材は是が非でも守りたい」
謝罪を繰り返す二人へ、予想だにもしていなかった、意外な言葉がかけられた。わけがわからなくとも、とにかく感謝を述べ続ける。
「あまり勘違いはしないでくれ。こんなものがマスコミに流された際に、痛手を負うことになるのは君以上に会社なのだからね」
「はい、もちろん理解しております。ですが、それでも、本当にありがとうございます」
涙ぐみながらも答える。必至というより、誠実。その言葉や姿勢に偽りはない。
「現在向こうと、一〇〇万でどうかと掛け合っているところだ。こちらも尽力は尽くすが、これで無理だった場合。悪いが人事からは降ろされると思ってくれ」
「はい、覚悟はできています」
即答。晃一のその瞳は、不思議なほどに未来を見つめられていた。この逆境でだ。
それを受け、社長は僅かに不敵な笑みを見せると「面白い」の一言。秘書に二人は声をかけられ、部屋を後とした。
その際、秘書に、今日の業務はやったところでなかなか手につかないだろうから、休んでもいいという趣旨の話をされた。晃一はもう、とてもじゃないが会話など理解できる余裕はなかったので、それらは玲奈が聞き、廊下を歩きながら再びゆっくりと説明を受けた。
すべてが灰となる感覚だ。結婚という重大な選択を誤った自分は、この不安定で脆弱な、底の抜けた器で幸福を築こうとしていたのだ。そんな無謀に走った人生、なんて馬鹿らしく無駄なのだろう。
本当に辟易するが、それは結局どこか他人事で。自分という存在の定義そのものが崩壊するのを理解した。
「先輩、すみません」
「なんで謝るの。晃一君頑張ってたじゃない」
「だからこそ。じゃないですか」
足が止まるとともに静寂が流れる。オフィス前にもう着いてしまったのだ。ドアを縦に割っている曇りガラスからは、変わらない普段通りの音がする。それがどうにも気色悪かった。
「ねえ、今日の業務無くなったじゃない?」
「そうですね。誰かが肩代わりする羽目になるんですかね」
「いや、そうじゃなくてさ。この後暇でしょ。ちょっと付き合ってよ」