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翌日ロングピークを発ち、鉱山へ向かう馬車に揺られながら、昨夜のカルとのことを考えていた。
カルのことを今更好きになったとしても、婚約者候補から外れてしまっている。それに、カルはただ、アザレアと友達になりたいだけなのかもしれない。
だとしたら、今更こんなことを考えるのは不毛なことなのかもしれなかった。そんなことを思いながらぼんやりと窓の外の景色を眺めて過ごした。
気がつけば、馬車はクロッカスに到着していた。
この街はこの地方の旅人の重要拠点となっており、宿場町として賑わっている。アザレアたちが急に訪れたというのに、手厚くもてなしてくれた。
クロッカスは、海が遠いので保存食の文化が発達しており、初めて見るような食べ物が食卓に並んだ。この地方ではなんでもピクルスや、ザワークラウトにするようで、様々な食材、茄子やキャベツなどのピクルスやザワークラウトを食べた。どれも美味しく、地元の人の話も楽しかったので、その話を楽しく聞いていた。
宿の自分の部屋に戻ると、することがなくまたカルのことを考えてしまっていた。
カルにはっきり好きだと言われた訳ではないが、最近のカルの態度は思わせぶりだったように思う。でも、アザレアの知りうる限り、カルは同世代で気軽に話せる友達がいない。なので、ただ単に距離感がわからないのかもしれなかった。
そんなことを考えているうちにじっとしていられず、自分の気持ちをはっきりさせたくて、とりあえず王宮図書室に行くことにした。
図書室に来ると、室内は真っ暗で静まりかえっていた。いつもならカルが明かりをつけて、お茶の準備をして出迎えてくれる。
だが、今日は約束の曜日ではないので、当然カルの姿はない。カルのいない図書室は、いつもはこんなにも寂しい場所なのかと、寒々とした図書室の真ん中で佇んでいた。
円形状の高い天井にある小さな窓から月明かりが差し込んでいるのを、美しい。と、思って眺めていると、だんだん目が暗闇に慣れてきた。
すると、図書室の床の段差のところに、誰かが座っていることに気がついた。ここにきていることが誰かにばれては不味い。そう思いながら、目を凝らして見つめるとそれはカルだった。
お互いに同時に気がつき、カルと目が合った。
「カル、いらしてたんですのね」
すると、カルも驚いた顔をした。
「君も来たんだね」
しばらく沈黙が続いた。とにかくなにか話さなくてはと思っていると、カルが先に口を開いた。
「美しい月夜を見ていたら、君を思い出してしまってね。君は来ないとわかっていたが図書室に足が向いてしまった」
そう言って微笑むと、アザレアに訊いた。
「君は今日はどうしてここに? しばらく来られないと言っていたから、今日会えたのは嬉しい誤算だが」
アザレアは逡巡したのち
「自分の気持ちがわからなくなったので、ここで自分を見つめたくて……」
と、返答した。
「そうか、なにかあったのか?」
そう言うとカルは立ち上がって、アザレアに近づくと手を取った。
「いえ、あの大したことではないのです。私とカルについて、色々考えておりました」
そう言うと、カルはアザレアの手を引いて図書室の少し段になっているところへ連れて行った。
「大したことないわけないよ、それは大切なことだよ、ここで良ければ少し座って話をしよう」
アザレアは頷くと、カルと一緒にその段差に腰かけた。
「悩み事や、つらいことがあるのなら話すのは大切なことだ」
カルはしばらく何も言わずにアザレアを見つめた。その瞳は月明かりで光って見えた。アザレアは思いきってカルに言った。
「ここでカルと会うようになって、正直今までの殿下と、今のカルとの違いに戸惑っております。自分の気持ちも、カルの気持ちもわかりません」
カルはアザレアの手をギュっと握った。
「今は友達でもなんでもいい。あまり考えなくてもいいよ。構えずにいて欲しい。それよりも話してくれてありがとう。どんな形であれ、君がこうして私に正直に色々気持ちを言ってくれるのが大事なことなんだ。昨日話したね、カイの国の話を。あのとき君は私に言った『お互いに支え合わなければ』と。それはこんなふうに、どんな些細なことでもお互いに話し合う。そこから始まるのではないかな?」
そう言ってカルはアザレアの顔を覗き込んだ。
「自然にしていれば、きっと自ずと答えはでるはずだ。それまでは私も最大限の努力をしよう」
この夜は、このあとしばらくお互いに月夜を眺めて過ごし、自室に戻った。
次の日の朝、夜更かししたせいか眠くてしょうがなかったが、日中は馬車での移動だけだったので、移動中に十分な睡眠をとることができた。
アザレアは思う、昨夜は図書室へ行って良かった、と。アザレアは今のカルとの関係がとても心地よかった。しばらくはこのままの関係でいよう。あまり色々考えないようにしよう。
馬車の窓から見える青空を見ながらそう思うのだった。