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確かに衣の裾はびしょ濡れで、足にまとわりつき不快だった。着替えられるのは、幸いなのだが、自分だけ楽をしてよいのだろうか。
「えっ、でも……」
波瑠が戸惑いを口にしたとん、将軍が、そっと言った。
「わざわざ王ともあろう方が、着替えまで用意してくれたのですよ?その優しさは、受け取るべきではないですか?いや、妻なら夫に従ってみてはどうです?」
言って、将軍は、意味深に口角をあげた。
「あの、夫って……」
とっさに口ごもる波瑠に、皆も、ニヤけながら頷いている。
「まあ、民の前でも仲が良い姿を披露していただけたのだから、我々はそれでもう十分です」
なあ、そうだろうと、将軍が皆を煽り始めた。そして、笑いが沸き起こった。
疲労困憊の中の笑いは、皆に力を与えたようで、何より、どこか微笑ましい王と王妃の姿に、皆は安心を得ているようだった。
そう、噂では、王と王妃は折り合いが悪いと言われていたからだ。
さらに、皆は、庶民的過ぎる王妃──、波瑠の姿と、下々には無関心である王が、勅命を出したということに満足を超えた安堵感を得ていた。
いつも見捨てられていた。それが、今回は、王妃の一風変わった機転によって助けられた。
王は動いた。しかも、その王は、王妃の為に着替えを用意していた。
これのどこが折り合いが悪いのか。噂は、ただの噂だったのだと、皆の胸の内には、ほのかに優しさが沸き起こり、きつい作業もこなせられる。そんな希望すら浮かんでいた。
「……そうだな。私は……指揮をしよう」
王の決意溢れる言葉に、皆は、自然と頭を下げた。
こちらへと、崔将軍が、清順を誘う。
「しかし、その前に、じゃじゃ馬馴らしをせねばな」
言って、王は、波瑠を抱き上げた。
「もう、動くな。頼む。こちらは気が気でない」
「えっ?!やだ?!お、降ろしてよっ!王様!!」
波瑠は、自分で歩くと駄々をこね、王の腕のなかで身をくゆらせた。
「だから!動くでない!余計あぶないだろうがっ!」
清順の本気の叱咤を、耳元で受けては波瑠も大人しくなるしかなかった。
「仲良きことはよいことですなぁ」
将軍が、茶化した。同時に皆も、笑いをこらえ、初々しい、王と王妃の姿に目を細めている。
「さあ、作業を!」
将軍が、厳しい声を出す。
その一声に、皆も新たに覚悟を決めたのか、頷くと足早に持ち場へ散って行った。
「……作業は、皆が執り行う。とにかく、暴れずに着替えをしろ!」
まだ、命令口調の清順の迫力には、流石に波瑠も勝てない。大人しく、抱きかかえられ天幕の中へ移動したのだった。
が──。
「しまった。侍女がおらぬな……」
着替えを手伝う者を連れてこなかったと、清順はつぶやく。
「あーー、着替えぐらい一人でできるよ!」
なんの心配がいるのかと波瑠は言い張りながら、降ろしてくれと頼み込む。
確かにずっと抱き上げたままでは埒が明かないと、清順も気がついたようで、波瑠を労わるように、そっとその腕から解放したのだが……。
「さあ!でてって!王様がいると着替えられないよっ!」
清順は、波瑠の冷たい言葉を受けた。
「あっ、そ、そうか。して、一人で出来るのか?!」
「大丈夫!王様がいるほうが邪魔だし……」
波瑠はそのまま口ごもる。
「あぁ……邪魔……か。確かにな」
清順から、王の威厳は消え去り、どこか困惑しながら呟くと、ゆっくり着替えろと、発して天幕から出て行った。
「あっ、王様……」
少し肩を落とした清順の姿に、波瑠は思う。
邪魔と言ったが、それは、言葉のあやで、本当は、いたら恥ずかしかったのだが、何故かその言葉が言えなかった。
こうして、追い出された王は、天幕の外で、まるで見張り番のように立ち、波瑠が着替える間邪魔が入らないよう気を配ったのだった。
「……一体何を?」
不思議そうに近寄る将軍へ、王は、あからさまに怒鳴りつける。
「后が着替えを行なっている。何人も天幕内へは立ち入るな!」
「はい、かしこまりました」
威厳ある王の命に、将軍は、またもや笑いを堪えながら頭を下げる。
「まあ、なんと、仲のよろしいことで……」
つい、口が滑った将軍へ、清順はジロリと睨見つけたが、その目はどこか落ち着きのないものだった。