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「――はあ……」
「悩ましげなため息ですね。絵になりますよ、先輩」
「わっ、びっくりしたあ……何だ、ちぎり君か。どうしたの? この時間、講義じゃなかった?」
「んー面白くないので抜けてきました。出席だけしてきたので、まあそれっぽいことレポートに書いて出しますよ」
パシャリとシャッターがして、振返れば、そこには後輩の瑞姫契君がいた。
校内のカフェテリアで休んでいれば、どこからともなく彼は現われ、しれっと俺の隣に腰を落とした。真面目な生徒だと思っていたけれど、抜けてきた、の一言で、少し彼の不真面目さが垣間見れる。
「ダメだよ。ちゃんと受けないと」
「先輩って真面目ですねえ。梓弓くんもバカみたいに堅物ですけど。先輩も大概ですね」
「あずゆみ君と一緒じゃないの?」
「いつも一緒な訳じゃないですよ。あと、嫌われてるんで」
と、ちぎり君はサラッと言って肩をすくめた。
傷ついているという感じはなかったけれど、自分でいっていて虚しくならないのかとも思った。ちぎり君はあずゆみ君の事を好いているようだし(友人として……ダと思うけど)、いつもべったりという印象があったから。でもまあ、あずゆみ君の方は嫌がっていた感じはあったし。それも、友達としてのコミュニケーションかとも思っていたけれど。
自覚しておきながら、同じ行動を取るちぎり君には、少し恐ろしさも感じる。
「それで、先輩は、何に悩んでいたんですか?」
「え、ああ……まあ、たいしたことないから」
「祈夜柚のこと?」
「へっ」
ビンゴ、と声を弾ませて、ちぎり君は頬杖をついて、俺の方を見た。くるくると回るカウンター席の椅子を揺らしながら、その赤い蛇の瞳で見つめてくる。全て分かっている、お見通しだとでもいうようなその顔を見て、隠しても無駄だと思ってしまった。
ちぎり君は一つ下だけど、ゆず君とは違って大人びた雰囲気だし、俺の知らないような事も知っている博識で、かなりマニアックなことも知っているオタク気質な青年だと思っている。それ以上に、写真を撮ることが好きで、いつ取ったのか分からない盗撮写真を以前見せられたこともあった。それも、本当に綺麗に映っていて彼の腕の良さがよく分かる。
「まあ、そんなところ、何だけど……」
「そうですか。それって、恋です?」
「こっ……い、かは分からないけど。でも……」
恋だと認めてしまったら、この関係は続けられなくなるかも知れない。だから、俺はその心を奥底にしまっていたはずなのに。ちぎり君に言われて、ちぎり君に掘り起こされる、江栗起こされるような形で、表面に出てくる。
恋か……多分、恋なんだろうな。
初めてだから分からないし、俺は女の子が好きだと思っていたから、この感情が恋なのかすら、分からない。でも、端から見たら、そうなのかも知れないと。認めた方が良いと。
「まあ、先輩の恋が実るように祈ってますが、相手は芸能人ですからね」
「そう……だね」
「スキャンダルなんて取られたら、業界で生きていけない。まあ、こそこそ付合ってる俳優はいるでしょうけど」
「プライベートなことなのに、何でそこまで皆知りたがるのかな。良いこと……ではないでしょ」
「人は、娯楽を求めてますから。相手が不幸になろうが、どうでも良いんですって。ほら、最近、大学のキャンパス内に、スキャンダル的な写真が掲示板に貼られているでしょ?」
「ああ、あれ……問題になってた」
ちぎり君は、妖美な笑みを浮べつつ、椅子を回転させる。
ちぎり君の言う、掲示板に写真、というのは、学科ごとのお知らせ、サークルの募集のチラシが貼ってある掲示板に、誰が取ったのかも分からない、凄い顔をした写真が何枚も貼られているというあれのことだ。どれも、凄く綺麗に取れているが、凡そ人間とは思えないほど、感情的な表情で撮られている写真ばかりだ。
清楚系な学生と名が高い生徒が、実は男漁りが好きで快楽に染まりきった顔や、真面目な学生だと思っていた男子生徒が、何かに怒り狂って人を殴っている憤怒に染まった写真など、本当にどれもこれも、目を背けたくなる、でも目を奪われてしまう写真が毎週月曜日張り出されているのだ。誰のイタズラか。でも、その写真は加工なんかじゃなくて、撮られた本人は皆、多分それが理由で休学、中退していったようで、次の犠牲者は誰か、みたいなことまで囁かれ始めた。
本当に、悪趣味だと思う。
「ちぎり君は、どう思ってるの?」
「どう、とは」
「あの写真のこと」
「よく撮れてる、と思ってますよ」
「そうじゃなくて、倫理的な問題で」
「ああ…………でも、人間って理性でどうにか取り繕ってるだけの獣じゃないですか。理性という鎖を外したその表情こそが、素敵だと思いません? ああいう写真が一杯増えればいいと思ってますよ。といっても、その納めた一瞬だけしか、その表情は、感情は輝かないですけど」
「……ごめん、俺じゃ、理解しきれないかも」
ちぎり君なりの美学がそこにあるのだろう。肯定的な意見、という風には捉えられたけど、肯定しきってはいないような、そんな微妙なラインの話だった、というのは分かった。
でも、俺じゃ理解できない。
ちぎり君は、フフッと笑って、椅子から降りる。持ち前の一眼レフカメラを首からさげて、俺にレンズを向けた。
「先輩も、撮られないように気をつけて下さいね。といっても、先輩なんて面白みも無いものしか撮らせてくれないでしょうけど」
「……はは、まあ、気をつけるよ。ありがとう……それと」
背を向けて歩き出した、ちぎり君に俺は声をかけて呼び止める。
「何ですか、紡先輩」
「ありがとね」
「何が?」
「気を遣って話し掛けてきてくれたんでしょ。俺のこと、心配してくれたんだよね……相談乗ってくれてありがとう」
「ああ……ほんと、先輩って楽観的ですね」
そういって、ちぎり君は呆れたように笑うと、ぺこりと丁寧に頭を下げて、混雑してきたカフェテリアの人の波に消えていった。