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(結局、一睡もできなかった……)
あれから、僕は全く寝付くことができなかった。それで今、掛け時計を見ると、午前五時を回ろうとしていた。
朝の光がカーテンの隙間から入り込んできて、今日はやけに眩しく感じる。夏が近付いてきているのを肌で感じられた。
けれど、僕の気分は相変わらずの梅雨のまま。心の中がジメジメとし、全く明ける気配を見せてくれない。
そして、思い出す。昨夜の出来事を。その度に、胸の中がざわついて感情の渦の中に飲み込まれていく。
『憂くんの、バカ』
葵のあの一言が、脳裏に焼き付いて離れない。何度も何度も頭の中で繰り返される。怒っていたのだろうか。照れていたのだろうか。悲しかったのだろうか。その真意は、今の僕には分からない。
でも、人間が発する言葉には、必ずその人の感情という名のフィルターがかかって、何かしらの意味や意図が含まれているもの。浅いか深いかは別として。
(駄目だ、全く分からない)
様々な感情が頭と心の中でぐちゃぐちゃになり、上手く思考ができなくなってしまっているのだろう。半分混乱気味の僕である。
自分自身の気持ちですら理解できないだなんて。情けない……。
(でも、葵のやつ、本当に一体何を考えてるんだろう?)
あの時の囁きが、僕の中でどんどん大きくなっていく。生き地獄だとは言ったけど、まさか悪魔まで出てくるなんてね。
葵の言葉。あれはまるで、小悪魔の囁きだ。
チラリと葵の方を見やる。すーすーと、気持ち良さそうに寝息を立てていた。
僕は葵の寝顔を見るために、起こしてしまわないよう気を付けながら静かに近付いた。葵の寝顔は少し笑っているように見えた。楽しい夢でも見てるのかな。
(やっぱり可愛いな。見なきゃよかった)
寝込みを襲うなんてことはもちろんしない。でも、一ヶ月間だよ? これがずっと続くのかもしれないんだ。果たして僕は、どこまで我慢できるのだろうか。
(この笑顔を独り占めできる男子ができるかもしれないんだ。羨ましいよ)
僕はすくっと立ち上がり、静かに着替えを済ませた。そして、葵に気付かれないように、一度自宅へと戻っていった。
自分の心を葵の枕元に置きっぱなしにしたまま。
* * *
「うう……どうしたらいいんだよおーー!!」
家に着き、自室に入るや否や、僕はベッドの上で号泣。こんなにも泣きじゃくる高校生なんていないってば。いや、一人がいるか。ここに。
「こういう時に相談できる友達がいたらなあ……」
これぞボッチの宿命なり。どんなに悩んでいても、一人で自己解決するしか道がない。でも、見つからないんだ。これからどうしたらいいのか方法が分からないんだ。何かを思い付い としても、それが最適解かどうかも分からないし。
「――ん? なんだろ」
ローテーブルの上でバイブが振動している。スマートフォンだ。僕に連絡してくる人間なんて親くらいしかいないはず。
「あっ! もしかしたら――!」
僕はスマートフォンを素早く手に取って、表示画面を確認。
「いた! いたじゃん! 相談できる人!」
誰からの連絡だったのかというと、SNSで繋がってる人からだった。ボッチあるあるだけど、僕みたいな人間はインターネットで心の寂しさを紛らわすしかないんだ。言うなれば、心のオアシスって感じ。
……インターネットが心オアシスって、寂しすぎるでしょ。
「あ。でもちょっと違うか」
もうひとつだけあった。僕に取っての心のオアシスが。
それが、葵だ。
葵の明るさ。優しさ。笑顔。ちょっとおバカなところ。その全てが僕にとってのオアシスになり、癒やしにもなっている。
だからこそ、失いたくないんだ。もし葵が僕から離れていってしまったらと思うと、悲しいどころか生きる気力もなくしてしまうかもしれない。その気持が強いせいで、僕はいつまで経っても葵に告白できないんだろう。
大切なものを失うのは、怖い。
「でも、オアシスかあ。葵にとっての心のオアシスってなんなんだろう」
少しだけ考えてみたけど、分からなかった。でも、ひとつだけ、ハッキリと言えることがある。葵が恋をした相手と付き合うことになったら、それがアイツにとっての心のオアシスになるということが。
「マズい……また泣きそう。僕は暗いし、ネガティブ思考だし、豆腐メンタルだし。どうせ葵から好意を抱かれることなんか――って、ダメダメ!」
僕は雑念を振り払うが如く、頭を勢いよくぶんぶんと振った。今はジメジメモードに入ってる場合じゃない!
と、いうわけで。僕はアプリを開いた。すると、『チクタ』くんからメッセージが届いていた。
「よ、よかった……」
僕が使っているSNSで一番仲がいいのがチクタくん。交流を続けていく内に、同じ高校生だってことが分かって、それが縁となって、よくやり取りをしていた。だから一番相談に乗ってくれそう。
で、届いたメッセージの内容なんだけど、『久し振り。最近どうよ?』という短いものだった。でも、『どうよ?』と訊いてきてくれたおかげで自然な流れで相談できる。恋愛相談をするのは初めてだからちょっと気恥ずかしいけど。
「うん、とりあえず相談してみようっと」
藁にもすがるとはこういうことを言うんだなあ、と思う今時分である。
でも、こうなったら恥も外聞もない。
とにかくチクタくん。僕を助けておくれー!
『第5話 ボッチのひとりごと【1】』
終わり