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『もう一つの視点』
1.『あの事件が起こる1年前』
家に帰ると、彼は机に向かって難しい顔をしていた。横から手元をのぞき込むと、そこには一枚のルーズリーフがあり、無数の文字が並んでいた。
「え…何してるんです?」
「あ、おかえり」
「……それ、名前、ですか?」
「うん、そうだよ。よくわかったね」
彼は嬉しそうに言って、視線をまた紙に戻す。
そこには「なかむらようすけ」「ささきしほ」「かとうまゆみ」「こみやしょうた」「きはらゆうな」という名前がバラバラに並んでいる。
「名前を組み合わせて、言葉を作ろうって思ったんだけど……思ったより難しくて…」
「なんでそんなことを?」
着ていたスーツを脱ぎながら尋ねる。
「久しぶりに蒼(あおい)にクイズを出そうと思ってね」
「クイズ…ですか」
「うん、昔はよくやってたんだ。ミステリー好きの蒼のために、ミステリー要素のあるクイズを作ってね」
彼は当時のことを思い出したのか、楽しそうに喋る。
最近不機嫌な様子だったので、久しぶりに楽しそうにしている姿を見るのは嬉しかったが少し複雑な気分だった。
「ん?どうしたの?…あ、仕事終わりにこんな話聞かされても疲れるだけだよね」
彼は苦笑いを浮かべて「ごめんね」と謝った。
「いえ…楽しそうだな、と思っただけです。じゃ、ボクは先にお風呂入ってきます」
「いってらっしゃい」
ひらひらと手を振って見送られる。
彼と野邊蒼(のべ あおい)は幼馴染だ。
大学を卒業するまで毎日のように一緒に過ごしていた、と彼は少々誇張して語る。
でも、恋人が出来て社会人になって、結婚して。
「蒼がどんどん遠くに行っちゃうなぁ…」
そんなことを言っていた日もあった。
彼にとってそれだけ野邊蒼という存在は大きいのかもしれない。
(それと同じぐらい、ボクの中で彼の存在も大きいのだけれど……)
湯船に浸かって、ぼんやりと天井を見つめる。
(いや、今はこうやって側にいてくれるだけでいいんだ)
”欲深く生きてはいけない。”
そう自分に言い聞かせて、さっさと風呂から上がった。
彼は相変わらず難しい顔をして、ペンを器用にクルクルと回している。思うように事は進んでいないようだった。
彼が不機嫌だった原因がなんだったのか聞いていないけれど、野邊蒼の好奇心が彼に向けば、きっと彼の心はまた穏やかになるはずだ。
ボクは彼の前に腰を下ろし、クイズ作りを手伝うことにした。
「名前を使ったクイズにするなら、いくらでも作れると思うんですけど……」
「実在する人じゃないと意味が無いんだよ」
クロスワードパズルのように並べられた名前を見て、ボクは首を傾げる。
「だって、存在しない架空の名前なんか使っても面白くないでしょ?」
「でも、実在する人を使うなら野邊さんも知らないと意味が無いと思うんですけど。知らなければ架空の名前と一緒ですし」
言われて彼は驚いたように目を見開く。
「え…蛍太朗(けいたろう)さん、どうしました?」
「そっかぁ…そうだよねぇ。泰輝(たいき)の言う通りだ。蒼が知らなきゃそれが実在するのかしないのかわからない」
「だから、別に架空の人名でも問題ないと思うんですけど…」
「そうだよねぇ」
しかし、彼は納得いかない様子で手元の紙を見つめる。
「あ、そういえば、ボクのお客さんに徹と書いてトヲルって読む人がいるんです」
「へぇ~珍しいね」
言いながら彼はメモ用紙に徹(トヲル)と書き込む。
「苗字は平良(たいら)です」
「平良徹か…何かに使えそうだね」
楽しそうに笑う彼。
その笑顔を独り占めしたいと思うときもあった。
誰にも笑いかけないでほしい、自分だけを見ていてほしいと。
そう思うたびに、脳裏を過る男─大西茂(おおにし しげる)の顔があった。
ボクの人生を大きく狂わせた人間。
でも、あいつがいなかったらボクはきっと蛍太朗さんにも出会っていなかっただろう。
ボクにとって、それだけが唯一の救いだった。
ruruha
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天音ろっく
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