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🖤side
番宣の番組の撮影を終え、楽屋へと戻ってきたのは午後八時を回った頃のことだった。駆け足になった心のまま再びスマホを確認するものの、彼からのメッセージはきていなかった。
🖤「(最近、全然こなくなったな……)」
ただでさえ疲労が溜まっていた心にどんどん影が落ちていく。
なんで、どうして。まさか嫌われた? いや、舘さんも忙しいのか。
それでも今までだったら3週間に1回は『家、行くね』と連絡が来て、身体を重ねて互いの体温を確かめていたのに。……まさか、恋人でもできた、とか??
途端に心がざわつき始め、彼に連絡したい欲に駆られた。とはいえ、自分から「会いたい」と彼を求める勇気はなく、ポツポツと打ち込まれた文字を消していった。綺麗さっぱり消えた入力欄を見て、行場のない感情をいっそのこと捨てられたら楽なのに、そう思った。
行為にあたって、どうしても受け入れる側の彼の負担が大きくなってしまうのは確かで、だから俺は自分からこの関係を利用できずにいる。申し訳ないし、彼を苦しめたくないから。
だから彼が俺を、……俺の身体を求めない限り、肌に触れることも唇を重ねることも、体温を共有することもない。
孤独な部屋に盛大な溜息がこぼれた。
なんで、こんなことになってしまったのか。
迷惑だと分かりきっている言葉が、吐き出せない感情が、いつまでも消えてくれない。
数ヶ月前、行為の真っ只中に突拍子もなく、弱々しい声で「嫌いにならないで」と彼は言った。それに何の意味があったのか、なぜ突然そんな事を俺にいったのか、そもそもその言葉は俺に向けられたものなのか、全部分からなかった。
彼はいつも堂々としていて、ブレない軸があって、強くて、目が離せないような人だ。ただ、夜に会う彼はいつもどこか寂しそうで、どこか空っぽに見える。そんな彼の穴を少しでも埋めたくて俺はその日「嫌いになれるわけがない」と、熱に浮かれて本音をこぼした。
色々な仕事をもらえるようになって、色んな場所に行けるようになって、沢山のものが手に入った。けれど、彼だけが、いつまで経っても手に入らない。
きっと、手に入れてはいけない。
🖤「……好きなのに」
こんな苦しいだけの関係が、なぜ幕を上げてしまったのか。そう後悔する度に思い出すのは、アルコールの匂いが鼻をかすめる、整理整頓されていて広々としていて綺麗な、彼の部屋だった。
その日の仕事は朝早くからで午前9時頃には帰宅してそのままオフという、夜に収録が入ることが多い俺にとっては珍しいスケジュールだった。
無事その日の収録も終わり、荷物をまとめていると一緒に収録をしていたふっかさんが、少し暗い表情をして、いつもより幾分か低い声色で独り言をこぼしていた。
💜「……大丈夫かな」
🖤「どうしたんですか」
俺がそう問いかけると、画面を睨むように凝視していたふっかさんはパッと顔を上げ、普段通りの柔らかな顔をして首を横に降った。
💜「いや、舘さんと連絡が取れなくなっちゃって」
🖤「え?」
想像以上に大きな声が出てしまい、自分でも驚いてしまった。そんな俺にふっかさんはふわりと笑ってから再び影を落とした顔をして「大丈夫かな」と呟いた。
そんな様子のふっかさんを見るに、何かがあったのだと推測するのは容易だった。そしてその相手はよりによって舘さん。ドクドクと心拍数が上昇していくのを肌で感じる。
🖤「……何かあったんですか」
思わずそう問い詰めたもののふっかさんは「いやぁ」とか「んーとねぇ」とか曖昧な言葉を吐くばかりで、核心的なことは何も教えてくれなかった。
その焦れったさに耐えかねた俺は、ふっかさんの方へと足を進めて、物理的に問い詰めた。ごめんふっかさん、でも舘さんのことが心配で仕方ないんだ。
💜「昨日、ちょっと色々あったんだよ。……それで、舘さん確か今日明日オフだから……」
🖤「オフだからどうしたんですか」
💜「昔から嫌なことがあると……酒癖が、ちょっとね?」
ヒントを与えるようなふっかさんの言葉に、背筋が冷たくなった。そうしてふっかさんから手渡された緊急用の合鍵をひったくるようにして、気がつけば楽屋を飛び出していた。はやく、早く舘さんの家まで行かないと。ビルを出てすぐタクシーをつかまえ、彼の家の近くの住所を告げた。幸いなことに道路は混んでいない。
彼はメンバー内でも一番酒に強い。そんな彼が自制心を失ったままに酔うことを目的に飲んだとしたら? 最悪急性アルコール中毒になっている可能性もあるのではないか?
焦りで震えそうになる指先でメッセージアプリを開き、舘さんに連絡を入れてから、部屋を飛び出した後にふっかさんから送られてきていたメッセージを確認した。
💜『今日の6時頃に連絡したきり途絶えてる』
『金曜だから阿部朝早くに起きてて、3時ごろに1回電話してくれたみたいなんだけど、その時点で若干様子おかしかったって』
『何があったかは俺の口からはちょっと言えない、ごめん』
3時に電話してるって、絶対寝てない。でも6時まで連絡があったことが救いだ。とはいえ、それからもう2、3時間経っていて今意識がある確証にはならない。
🖤「(はやく、はやく着け……!!)」
そう念じ、運転手さんに断りを入れてから俺は舘さんに電話をかけた。いつもオフの日なら数コールで出てくれるはずなのに、今日はいつまで経っても繋がらないままだった。
信号待ちで動きを止めた車内に、重苦しい沈黙が流れる。窓の外は住宅街に差し掛かっていて、ゴミ捨て場に舞い降りた真っ黒な鴉が鋭く鳴き声を上げた。
合鍵を使って解錠し玄関へと入り込むと、いつもなら揃えられているはずの靴が乱れたままになっていた。そして玄関まで漂っている仄かなアルコールの香り。もう既に、色々なことがおかしい。
変質者だと疑われないように名を名乗りながら部屋へと上がり、端に段ボールの箱が積み重なっているのに余裕があるような広い廊下を通り抜けてリビングへと向かった。
そして扉を開けた先に見えたのは、散乱した空の缶に大量のボトル酒、そして片手に缶を握ったままローテーブルに突っ伏す彼。意識があるのかわからない彼に嫌な予感がし、俺が情けない声で名前を呼ぶと幸いなことに彼は顔を上げてくれた。
❤「め、ぅろ……?」
🖤「そうです目黒です。連絡もつかないし、舘さんが心配で、」
❤「…………ごめ、ん」
スタイリング剤がついたままの乱れた髪に、落ちかけているアイシャドウ。そしてめずらしく泣いていたのか、目は赤く充血していた。
とりあえず無事を伝えるためにふっかさんに連絡を入れ、俺は舘さんに近づいて持っていた缶を優しく取り上げようとした したものの、
🖤「……舘さん?」
❤「やだ、まだのむ」
🖤「これ以上飲んだら、身体壊しちゃいますから」
❤「……もう壊れていいよ」
相当酔っているはずなのに、そういう舘さんの口調ははっきりとしていて、驚くままに目を合わせると、射抜かれそうなほど冷たく据わった瞳がこちらを見ていた。
なんで、そんなこと。そう言いたい気持ちをグッと堪えながらも、気になって仕方がないことを俺は問いかけた。
🖤「なにが、あったんですか」
❤「……」
🖤「舘さん」
❤「言いたくない」
平坦で鋭い掠れかけの声に静止されて、部屋は深く暗く静まり返った。締め切られたカーテンの隙間から差し込む陽の光から目をそらすように、彼は再び酒に口をつけた。
どうすればいい。どうするのが一番舘さんを傷つけずに済む? どうすれば舘さんを守れる??
迷いがぐるぐると思考の中で渦巻いてる今も、彼は不似合いな安酒を水のように飲み干していた。そして空になった缶を興味を失ったように捨てて、新しいものを手に取ろうとした彼の手を掴むと、そのままバランスが崩れて二人してカーペットに倒れ込んだ。
押し倒すような形になったまま、時が止まったかのように沈黙が流れる。やばい、これ、なんか変な感じになってるって。勢い任せにこのまま喰い付いてしまいたい欲が湧き上がるのを、俺は必死に理性で押し込んだ。
この人はただのメンバーで、先輩だ。グループ内の人間としか見られていないし、こんな状況も絶対不快に思ってる。好きなのは結局俺だけで、この願いが叶うことなんて一生な―――
考え耽っていた思考が、触れた感覚に急激に現実へと戻っていく。後頭部に当てられた手に身体を引き寄せられて触れあったそれは、酷く柔らかく、あたたかい。こちらも酔ってしまいそうなほどのアルコールの香りが、じんわりと伝わってくる。
🖤「…………え」
❤「目黒」
「どうして、泣いてるんですか」そう言いたくなってしまうほどに、彼の瞳は潤んでいてぐらぐらと揺れ動いていた。15センチにも満たない顔の距離が、異様な空気でこの空間ごと包んでいく。
酔っていて恋人と間違えた? 咄嗟にそんなことを思ったものの、彼はそれを打ち消すように、どろりとした低い声で、でもはっきりと俺の名前を読んだ。
🖤「……どうして」
❤「いや、だった?」
🖤「っ嫌じゃないです、でも、」
❤「やじゃないなら、全部、忘れされてくれ」
声は不安定に揺らいでいて、彼自身も現状に混乱しているような、そんな気がした。突拍子もないキスをして、「全部忘れさせて」って、なに、夢じゃないんだよな……?
あまりにも都合の良すぎる展開に目眩がする。このまま流れに身を任せていいものか、ここで断ればまた彼は酒に溺れていくのか、迷いばかりの俺の思考はもうとっくに正常な判断が下せなくなっていたのかもしれない。
🖤「いいんですか、ほんとに……」
❤「……うん」
そういって彼は僅かに体を起こして、俺の首に回していた手を引き寄せた。今度は触れるだけでは済まされず、どちらともなく舌を絡め合って、口内で唾液は混ざっていく。現実味のない事態に反応しそうになるそれを、高ぶりそうになる欲を、意識的に冷やした思考で懸命に抑え込んだ。
キスだけで止めなければ、これ以上いってしまったら取り返しがつかなくなる。
そう思っていた思考とは裏腹に、誘うように名前を呼ばれればそんなものは儚く崩れ去っていった。キスで俺も酔ったのか。
軽く腰を浮かせる彼に流されるように彼の衣服をはぎ取ると、そこは反応を示さず項垂れたままで、気持ちよくなっていたのは自分だけかと一瞬頭が冷えたが、それに気づいた本人に「酒、飲んだから」と説明され、俺はそっと胸を撫で下ろした。
そしてそれを口に含もうとした途端、頭上から制止の声が飛んできた。
❤「まって、……え、なに、して」
🖤「あ、え、フェラされんの嫌いでした?」
❤「ちが、なんでそんなもん躊躇いなく」
「好きだから」なんて、言えるわけ無いんだよな。
彼にバレないように溜息をこぼし、再び口付けるとそれだけで腰が震えていて、思わず笑ってしまった。やっぱ、かわいすぎんだろ、この人。
口内で力ないそれを抜きながら彼の表情へ目を向けると、懸命に口元を抑えながら歪ませた顔を必死に逸らしていた。瞳は水膜に覆われていて、白く美しい肌には暖色が混ざり溶けていた。
こんだけ酒飲んでて、好きでもないやつにフェラされても感じてるってことは、舘さんそうとう感度高いのか。
だんだんと彼の身体が動きはじめた辺りで、再び制止の声をかけられ、俺は大人しくそこから口を離した。
❤「っも、う、いぃ、から、っは、ぁ」
🖤「いいって、まだイってないじゃないですか」
そこはやっと頭を上げ始めたばかりで、まだ一度も果ててなどいない。「口で果てることに遠慮しているなら、手で抜きますよ」と言ったものの彼は首を横に振って、黙り込んでしまった。
乱れた呼吸を整えながら彼は瞳を右往左往に泳がせて、鳥の声にさえもかき消されてしまいそうな声量で言った。
❤「目黒、もういいよ」
🖤「え、なんで、」
❤「……なんでもだよ」
「もういい」という彼の言葉が嘘なのはあけすけだった。何か隠しているような目の動きになぞらえて目線を動かすと、そこには開封済みの小さな段ボールが置いてあった。そして彼の表情に好奇心を煽られ、それを手に取ると殴られそうな勢いで押し倒された。
❤「やめろ」
🖤「……さっきからなにを隠してるんですか」
❤「っうるさい……」
赤く染まる肌。睨んでも意味のなさない潤んだ瞳。あんな勢いで隠そうとするもの。推測に必要な条件はもう揃っているも同然だった。
でも、まさか、ね。運命が自分の欲望に傾いた音がして、思わず口角が上がりそうになった。
今度は彼が俺を押し倒すような体制になっているのをいいことに、俺は彼の細すぎない腰に指を添わせた。返ってきた反応は甘ったるく、疑いは確信へと変わっていった。
❤「んっ、は、、め、ぐろ……?」
🖤「……ねぇ舘さん、もしかしてさ」
這わせていた指で腰を掴み、押し上げるように自身の腰をあてると、両手をついているせいで塞ぐものがない口から無理やり抑え込んだような甘い声が溢れ出てきた。
🖤「”こっち”のひと?」
肯定の言葉の代わりに降ってきたのは噛みつくようなキスで、必死になっている彼を薄目で見遣り、今までこの人を抱いてきたどうでもいいような男たちに憎悪を抱きながらも、俺もその”どうでもいいような男たち”の一人なんだと自覚して、自嘲がごぼれそうになった。
ベッドボードに置かれている時計に目をやると、時刻はとっくに午後に差し掛かっていた。舘さんの家についたのが9時頃だったから、もう3時間以上も経っていることになる。
身体を洗い流すために彼を連れて浴室に行った時に鏡に写っていた背中には、無数の爪痕が残っていたけれど、それさえも愛おしく、俺にとっては幸せなことだった。
露出の多い仕事も直近ではなかったと思うし、仕事に支障をきたすこともないだろう。
❤「……予定、あった、?」
与えられた快楽に熱を孕んだ声をあげていたせいか、彼の声は掠れていて少し申し訳なくなった。
眠たげに瞬く彼の髪を優しく撫でたい気持ちに駆られながらも懸命に我慢した。この人は俺のものじゃないから。俺は舘さんの、恋人じゃないから。
それでも、多分誰よりも、俺が舘さんの近くにいる。俺が一番舘さんを分かってる。そんな傲慢な思いが胸の中に膨らんで、気がつけば言葉をこぼしていた。
🖤「今度から辛くなったら、俺の家に来てください」
❤「……え、なんで」
🖤「俺が、舘さんにとっての酒の代わりになります。俺が、全部忘れさせますから」
❤「……わかった」
これが一番苦しくなるって、浮かれた頭でも理解していたはずなのに。でも、この関係が舘さんにとって一番都合がいいかもしれない、そう思った途端、俺の感情なんて全てどうでもよくなって、それで良いように思えてしまった。
それにこれは、他の男を舘さんに触れさせないため、謂わば私利私欲のためでもある。
重ね合った手のひらは温かかったけど、指を絡ませることはできなかった。