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きれいな男の人が突然現れて、助けてくれる夢…。
彼はお手上げだったデータをあっという間に整えて、わたしを苦しませた問題をあっさりと解決してしまった。
『魔法みたい…』
そして、そうつぶやいたわたしにやさしい微笑を浮かべて、
『…キミって、かわいいこと言うね…』
涼しげな笑い声を聞かせてくれた。
ふんわりとやさしくて、甘くて。
まるで、童話に出てくる王子様のような人だった。
気づいたら、泣いて腫れたまぶたを開けて眠りから覚めていた。
我ながら恥ずかしい夢を見たもんだ。でも幸せな夢だった―――って気を取り直して、ふたたびパソコンに向き合った。
けれども。
それが夢ではなかったことに、すぐに気づいた。
なぜなら、ディスプレイのデータはたしかに夢の通りにきっちりと数字が合っていたから。
…なんだかこういうの、童話であった。
そう、『靴屋の妖精』。
靴職人のおじいさんが寝ている間に妖精が靴を作ってくれていて、翌朝起きてびっくり…っていう、かわいいメルヘン。
現代社会にもこんな奇跡が起きるなんて…!
と言っても、あの人は妖精って言うより、王子様って言う方があってたけれど…。
ってほんわかして、はっと我に返った。
しっかりしろわたし。
だから先輩にグズ子って言われちゃうんだぁ。
そんなわけない。きっと、別の部署で同じように残業していた人で、見かねて助けてくれた人がいたんだ。
そう思って一言お礼を…とオフィスを出たんだけれど、真っ暗で静まりきった社内を歩き回るのも気が引けて…。
時間も終電近いし、今日は諦めて明日捜すことにしよう。
そう思って昨晩は会社を出てきた。
けれど…今朝社内を回ってあの人を探しても、見つけることができなかった。
そもそも、あんなきれいな人がうちにいたら、先輩たちが毎日のようにウワサするはずだ。
けど、そんな光景は見たためしがないし「ちっともいい男がいない」とぼやきばかり聞くだけだった。
不思議なことって、起きるものなんだなぁ。
いったい彼は、何者なんだろう…。
そう考えて、今日一日、彼のことが頭から離れなかった。
ちょっと変わった出来事ではあるけれど、別に深くは考えず『通りすがりの人に助けられた』だけって軽く流してしまえばいいのかもしれない。
でも、わたしには、どうしてもそうはできない気になることがあった。
整ったデータを見て、夢じゃないと確信したのと同時に甦った感覚。
唇に残った、かすかな柔らかいぬくもり…。
もしかして…彼…。
データを直しただけじゃなくて…わたしにキスもしたんじゃないか、って思うから…。
…いやいやいや。
そればっかりは夢だ、妄想だよね…!
通りすがりにデータを直してくれるような王子様な人だけど、初対面のしかも号泣面の女にキスまでする道理はない。
キスは、絶対に夢!
妄想が生んだ代物だ!
…我ながら恥ずかしいけど…。
「って…こんなこと考えてる場合じゃないよね…」
ちょっと思い出すつもりだったのに、ついぼんやりしてしまった。
今日一日、ずっとこんな感じだった。だからミスちゃうんだよ…うう。
「いけないいけない。こんな調子じゃ、今日こそ終電逃しちゃうよ…!しっかりしなきゃ!」
と、パンと頬を叩いた拍子だった。
きゅうぅぅ
お腹からなんとも頼りない声が聞こえた。
…取りあえず…なにか甘い物でも食べて、息抜きしようかな。
と袖机を開けてみたけれど、常備しているお菓子は尽きていた。
「はぁ…。温かいココアでも買ってこようかな…」
ため息まじりに立ち上がり、わたしはオフィスの外にある自販機コーナーに向かった。