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野口のおばは、言うと、月子をしげしげと見る。
品定めのような、はたまた、見下したような、なんとも言えない、意地の悪い視線に耐えられなくなった月子は、そっとうつむくと、前掛けをきゅっと握って動揺を隠そうとした。
一方、佐紀子は、落ちつき払い、
「おば様、それは、結局、月子さんへの縁談ではなくて、誰でも構わないということではないのですか?」
ふっと、小さく鼻で笑い、月子へ、目をやった。
二人がかりで、睨まれた状態になり、月子は、ただただ、緊張するばかりだった。
自分に舞い込んで来た縁談話は、どうやら、月子にという訳ではなく、佐紀子の言葉通り、誰でも良いというもののようだ。
男爵家相手という玉の輿。自分の相手より格上の家柄との縁談でありながらも、佐紀子が月子をせせら笑うのは、そうゆう事情が読み取れたからだろう。
だが、ここは、月子にとって耐え時と言える。
下手に反応すれば、野口のおばがまた、怒鳴り付けてくるだろう。そして、佐紀子と共に、これだからと月子を見下す。
母は、嫌われながらも、後添いという立場があるが、月子は、連れ子。西条家にとって、赤の他人としか言えない。
使用人でもなく、家族とも言い切れない、実に扱いにくい存在だった。
ましてや、今回のことがある。佐紀子は、何事もないかのように振る舞っているが、月子親子に、縁談を破談にされようとしている。正しくは、月子達のせいではないのだが、野口のおばも佐紀子も、そうしてしまう方が、きっと、心が落ち着くのだろう。
だから、期待を壊された腹立たしさを、得たいの知れない縁談話に置き換えて、月子へ押し付けようとしている。そんなことを月子が思っていると、その野口のおばが、声を潜めて佐紀子へ言った。
「……まあ、有り体に言えばそうなんだけどね。山村様だって、ただの話として受け止められているだろうから、正直、お困りではないだろう。でもねぇ、佐紀子。考えてごらん、ここで、その男爵家の縁談相手を紹介すれば、山村様に、恩を売れる。というよりも、それを使って、佐紀子、お前との話をもう一度考え直して頂けるだろう?」
縁組は、家と家との決め事。互いに利を得るために運ぶもの。
野口のおばは、そこを突いて行こうと思っているようだった。
ここで、山村家側が、有利になれたなら、それも、西条の家の口添えで、ならば、佐紀子との事も、考え直すのではなかろうか。
「……そうですわね。おば様。山村様も良い顔を売れる。そして、西条の家からは、山村様が、気にされているものが無くなりますものね」
「そうゆうことだよ!佐紀子!どうだい?いい話だろ?」
本当に。と、佐紀子は言うと、朗らかに、月子さん?と、声をかけて来た。
「私だけに、縁談話が持ち込まれているのは、心苦しかったの。月子さん、あなたへもお話が持ち込まれたのですから、胸のつかえが取れたわ。当然、お受けして良いわね?お相手は、男爵家ですものね」
佐紀子は、機嫌良く話を続けた。
「もちろん、月子さんは、お嫁に行く訳ですから、西条の家からは、あなたの持ち物すべて、持ち出してください。当然……あの方も……」
そこまで言うと、佐紀子は、野口のおばへ、月子の話をまとめて欲しいと頭を下げた。
月子の事を思って言っている素振りを見せる佐紀子だが、言った事は、西条家から跡形もなく消えろ、そして、月子の母も、一緒に出ていけと言うことだった。
佐紀子からすれば、月子親子がいることで、自分の縁談が壊れそうになっている。先方が、気にしている月子達がいなくなれば、話は、きっとまとまる。
その思いがあるから、と、月子も理解はできるが、あまりにも急で、無理矢理すぎる。
「じゃあ、早速、うちの人にまとめさせるよ。佐紀子、安心おし!」
野口のおばは、一気に顔をほころばせ、急いだ方が良いと腰を上げようとしている。
そして──、月子は、ぐっと奥歯を噛み締めていた。
追い出される時が来たのだ。抗うことも出来ない自身に苛立ちつつも、月子だけではなく、母まで、共に出ていけと、さらりと佐紀子に言われては、奈落の底に突き落とされたような気持ちに陥っていた。