テラーノベル
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正直、来るつもりはなかった。
元貴に
「先輩のこと、見てきてほしい」
って言われたから、仕方なく来ただけだ。
保健室のカーテンの前で、一瞬足が止まる。
でもそのまま、少しだけ開けた。
「……藤澤、いる?」
ベッドに横になっているのを確認して、
俺は隣の椅子に腰をかけた。
「元貴が……見に来てほしいって言ってたから」
それだけ言って、
スマホを取り出す。
別に、話すこともないし。
変に距離を縮めるつもりもなかった。
「あ、そう」
先輩は短くそう言った。
それきり、会話は途切れる。
保健室特有の静けさ。
時計の音と、エアコンの低い音だけが響く。
……長い。
(早く帰りたい)
そう思っていた、そのとき。
「……ごめんね」
小さな声。
俺は顔を上げた。
「先輩らしいこと……全然できてなくて……」
天井を見たまま、
言葉を探すみたいに、途切れ途切れに続けた。
「倒れるし……心配かけるし……」
「ごめんね……」
声が、震えている。
(……え)
気づいたときには、
目元に、うっすら涙が溜まっていた。
俺は一瞬、完全に固まった。
(泣く……?)
あんなに、
いつも笑って、
完璧な“先輩”をやってた人が。
頭が追いつかない。
「……まあ」
とっさに、口を開く。
「別に……そんなこと、気にしてないですけど」
自分でも分かるくらい、声が硬かった。
「……」
せんぱいは何も言わなかった。
俺はスマホを握り直す。
(何言ってんだ俺)
もっと、違う言い方があったはずなのに。
でも、どう接すればいいか分からなかった。
年上で、
優しくて、
全部分かってる顔してた人が、
急に、こんなふうに崩れるなんて。
距離を取ってたのは、
こういうのが怖かったからだ。
同情される側になる人。
強くないことを、隠してる人。
俺は、先輩を見ないようにしながら、
小さく息を吐いた。
この人は、
“先輩”でいることでしか、
ここに立てなかったんじゃないか。
そんな考えが、
胸の奥に、重く沈んだ。
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