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矢嶋の腕の中に囚われて、私は言葉を失っていた。
身動きできずにいる私に、彼は苦しそうに声を振り絞って言う。
「どうしてお前はそんなに無防備なんだよ。そんな姿を晒したまま俺に触れるなんて。……なぁ、夏貴。俺の気持ち、まだ受け入れてくれないのか?」
密着している部分に彼の体の凹凸を感じて、私の鼓動は早鐘を打ち出す。
「少し前に見た、夏貴の顔が頭から離れないんだ」
「私の、顔……?」
「あぁ。俺と水沢さんが一緒にいるのを見た時のお前は、彼女に嫉妬しているっていう顔をしてた。少なくとも俺の目にはそう見えた」
私はすぐに察した。彼が言っているのはあの時のことだ。
その日、矢嶋の番組の手伝いを終えた私は、彼と一緒にスタジオを後にして、各自の所属部署があるフロアに向かっていた。彼を迎えに来た水沢と出くわしたのは、その途中でのことだ。
彼女の位置から、私の姿は見えていないようだった。彼女は早速その場で、仕事の話を矢嶋に伝え始めた。
私は立ち去るタイミングを逃してしまっていた。そのせいで、仲が良さそうな二人の様子を目にすることになってしまったのだったが、彼らの距離感の近さを目の当たりにした私は苛立ちを覚えた。
しかし、実はそれは嫉妬だった。そのことに気がつき、自覚もしたと同時に、彼の気持ちを受け入れ、応えることになるのは、もう時間の問題だろうと観念もした。そしてどうやら、ついにその時が、今やって来たらしい。ただ意地を張っていて、簡単になびきたくなかっただけで、本当はもっと早い段階で私の心は矢嶋のもとにあった。
彼は息をつめるようにして、私が口を開くのを待っている。
私はごくりと生唾を飲み込み、唇を舌で湿らせた。
「本当は……」
自分でも呆れるほど、私の声はひどくか細かった。
しかし、彼の耳には確かに届いたらしい。
矢嶋は私の体に回していた腕から力を抜き、私の顔を凝視した。そこにあるのは緊張だった。
私は彼を見つめ返した。脳裏には、彼とのこれまでのことが次々と浮かび上がってくる。ある時点からは特に、彼との思い出は腹立たしいものばかりとなっていったが、裏を返せば、そのいずれの時も彼は私の近くにいたということでもあった。
今にして思えば、そのどの時も、私の本心は決して彼を拒絶していたわけではいなかった。むしろ、仲間内の集まりに彼が来ていないと知った時には物足りなさと寂しさを感じ、意地悪なことを言われはしても、そのことをどこか楽しんでいる自分もいないわけではなかった。
だからもう、気持ちを隠すことはやめようと心に決めた。短い二文字に想いのすべてを込めて、私は言葉を舌に乗せる。
「好き」
「夏貴……」
私は矢嶋の腕に再び抱き締められた。
体を預けた彼の胸から伝わってくるのは、早いリズムを刻む鼓動だった。
「矢嶋さんの心臓の音、すごくうるさい」
「嬉しくて仕方ないからだよ。何しろやっと、夏貴の口から俺を好きだっていう言葉が聞けたんだからな。それに、この態勢のせいもあるかな。……夏貴、今のお前の顔、俺に見せてほしい」
私はどきどきしながら顔を上げた。優しい眼差しを間近に見た途端に、胸の中は苦しいほどの彼への想いで満ち溢れた。昔捨てたはずの恋心が、よもや数年という月日を経て実ることになろうとは、と不思議でならない。これが本当に現実のことなのか、目の前にいて私を見つめている人物は本当に本物なのかどうか、改めて確かめてみたくなり、私は彼の頬に手を伸ばした。
矢嶋はその手を捉え、決して逃がすまいとするかのように、私の指に自分の指をするりと絡ませる。
「やっと捕まえた」
矢嶋は満足そうに言って、私の唇を塞いだ。
私は彼との初めての口づけにうっとりした。彼の甘くて激しいキスに、頭も心も、そして体も、溶けそうになり、もっと彼のキスがほしいと思う。
ところが、突然鼻がむずむずした。これはまずい前兆だと焦り、私は慌てて彼から顔を背けた。案の定、くしゃみが出てしまう。どうしてこんな時にと恥ずかしく、たちまち顔が熱くなった。
矢嶋は笑いをこらえた声で言う。
「このままじゃ、二人して本当に風邪をひいてしまうな。一緒に風呂で温まろう」
「え……?」
たった今気持ちを通じ合わせたばかりなのに、いきなりそれは、と私は躊躇した。
しかし矢嶋は私の頬を撫でながら囁く。
「行こう」
結局、私は矢嶋の甘い声と甘い微笑みに負けて、こくりと首を縦に振った。
#独占欲