ラスティは俺の頼み事を快く引き受けてくれた。
彼の隊長もすぐに頷いてくれて、他の隊員に声を掛ける。
ラスティは同僚とまたすぐに出発してくれた。
夜通し俺と走りっぱなしだったので申し訳ない気持ちでいっぱいだが、重要な任務を託せるぐらいラスティは、優秀で信用できる人間だ。
「騎士団長!カーディナル皇太子が後方から王派軍と戦っているようですので、我々もカーディナルに前方から加勢しましょう」
俺は力強く進言する。
騎士団長は待ってましたとばかりにニッと笑い、全軍に大声で言い放った。
「全軍に告ぐ!最後の戦いだ!マッキノンの王派のみを討つ!皆、死体になるな!」
ガフ領騎士団はそう人数は多くないのに、返ってきた声は何百何千人といるんじゃないかと、思わせるぐらいの大声が返ってきた。
「「「心得ている!!!」」」
その言葉とともに砂埃が舞い、一斉に突撃して行く。
私がこのやり取りに呆気に取られていると、隣にいた騎士団長がクスッと笑いながら教えてくれた。
「ガフ領の掛け声なんです。合言葉のようなものです」
騎士団長が前線の騎士達を見つめた。
「戦いが終わった後に戦場で亡くなった者を連れて帰ることが多くてね。それが本当に悲しく悔しくて、辛くてね。だから、いつの頃か「前進」ではなく「死体になるな」が合言葉になったんですよ」
彼はそういうと、私にこの光景を焼き付けておいてほしいという心の声を目で訴えるように優しい瞳で私を見て、勢いよく馬で駆けていった。
私も彼のその瞳を心に砂埃の舞う中心に突撃した。
♢
わたしが鉱山を守る砦に着いて、だいぶ時間が経った。もう昼ぐらいだろう。
砦の物見やぐらで見張っていた者が声を上げた。
「敵軍だっ!!」
その声で一斉に皆が場外が見える高台に集まる。
「いよいよだな」
「思ったよりは少ないか?」
軍の真ん中あたりぐらいに、ひときわ煌びやかな鎧を着た大きな馬に乗った者がいるのが目に入った。
あれが隣国マッキノンの戦鬪狂と言われる元王か。
「シャン、あれがヤツだ」
師匠であり老騎士のシャムロックが側に立っていた。
王派軍は前進するのをやめて、向こうも砦を見上げている。
「どうしたんだろう?」
シャムロックが太陽を探す。
「太陽が雲に隠れるのを待っているんだろう。あいつにこの晴天は眩しいんだろう」
「師匠はなぜわかるの?」
「戦場で何度も顔を合わせているからな。あいつの目は白く濁っている。恐らく、目を患っているんだろう」
今日は晴天だが、全く雲がないわけではない。
あともう少ししたら太陽が雲に隠れそうだ。
「晴れているうちにさっさと片付けてくる。狂っているあいつにはいま行かないと勝ち目がないからな」
シャムロックが大きな剣を片手に砦の門の方に行こうとする。
その剣にハッとした。
「師匠、その剣は師匠が大事にしている陛下から賜った剣じゃ…」
「ああ、これか。今日みたいな時にはこいつを使う番だよ」
師匠が懐かしそうにその剣を見て撫でた。
「わたしも行くわ」
「シャンは砦の中で大人しく待ってろ」
「わたしは騎士よ」
師匠の鋭い眼光を向けられ怯みそうになるがわたしも負けていられない。
師匠を真正面から見据える。
「俺は可愛い弟子の死体の面倒は見ないぞ」
「それは大丈夫。他の人に頼んだわ」
師匠が目を大きく見開き、いつもの強面の顔が驚きで崩れた。
「シャン、それは…」
「クリス殿下にわたしの死体のお願いしたの」
「そうか、そうか」
師匠が破顔しながら笑う。
「クリス殿下は意味なんて知らないんだろうな」
「「なんのことだ?」って言ってたわ」
師匠が一段と大きな声で笑う。
「まあ、良いじゃないか。クリス殿下にマヌケな死に顔を見られないようにな。立ち直れないぞ」
師匠の瞳が喜びで溢れているのがわかる。
そして、真顔になった。
「シャンディ、死体になるな」
「心得ています」
わたしと師匠、そしてこのやりとりが終わるまで見守ってくれていた砦を長年守る猛者達と、門に向かってゆっくり歩き出した。
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