テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
帰り支度を済ませた私は、誰かいるだろうかと編成広報局に立ち寄った。ちょうど戻ってきた土田に会い、彼に帰りの挨拶をした後は、頃合いを見計らって一階に降りた。通用口手前の警備員室に声をかけて、外に出る。あまり目立たないようにと壁際に寄って、そこで矢嶋を待った。
しばらくして、矢嶋が通用口から出て来た。私に気づき苦笑をもらす。
「そんなとこにいたのか」
「あまり目立つとよくないかと思って……」
「気にしすぎだよ。それに、これぐらい薄暗ければ誰かなんて分からないさ。さて、ひとまず俺のマンションに行こう。車で出かけようぜ」
「え、車?でもそうなると、矢嶋さんはお酒を飲めませんよ。いいんですか?」
「そこまで酒が好きなわけじゃないから、問題ないさ。行くよ」
矢嶋はにっと笑い、私の先に立って歩き出した。
彼のマンションまでは、ここから歩いて十分ほどだ。間もなく目的地に到着するという時、突然すごい勢いで雨が降り出した。
「うわっ!」
「うそでしょっ!」
どしゃ降りの雨のせいで、辺りには見る見るうちに水たまりができた。道路の端の方の水位もぐんぐんと上がって行く。
私は急いでバッグに手を突っ込んだ。折り畳み傘が入っているのだ。しかし、それを取り出そうとしている私に矢嶋が声をかける。
「もう少しでうちに着くから、走った方が早い!」
「わ、わかりました!」
私は折り畳み傘を取り出すのをやめて、目を開けていられないほどの雨の中、矢嶋の後を追いかけた。
間もなく彼のマンションがぼんやりと見えて、ほっとする。
もうすぐだとさらに足を速めようとした時、近くを通った車が、ばしゃりと派手に水しぶきを上げた。
「きゃっつ!」
「つめてえっ!」
矢嶋と私は頭からその水しぶきを被ってしまった。全身ずぶぬれ状態で、私たちはマンションの屋根の下に飛び込む。
私は早速ハンカチを取り出して、滴り落ちる雫を拭き始めたが、そんな薄い布だけでは到底拭ききれない。
「拭くものが足りないな……」
「タオルがいるな」
ぼやいている私を見て矢嶋は苦笑し、すぐに声音を固くする。
「……夏貴、ちょっと待て」
「はい?」
矢嶋が突然ジャケットを脱ぎ出した。
どうして急に、と訝しむ私の背中に彼はそれをに着せ掛ける。
「冷たいだろうけど、少し我慢しろ。そのままなのは、色々とまずいから」
「何がですか?」
彼の言葉を疑問に思い、何気なく自分の体を見下ろして、はっとした。下着が透けて見えていた。私は焦り、彼のジャケットで急いで前を隠す。
「あ、ありがとうございます」
矢嶋は私から目を背けて、ぶっきらぼうな口調で促す。
「いったん俺の部屋に行こう。とりあえず、拭かないと。タオル、貸すから」
「は、はい。お願いします」
確かにこのままではいられない。私は大人しく彼の後に着いて行った。
彼は私を玄関の内側に入れた後、 やっぱり私の方は見ないまま、どことなくぎこちない動きで脱衣所へと向かった。戻ってきた時には、腕に大量のタオルを抱えていた。
タオルの山を目にして、私は笑ってしまう。
「ずいぶんたくさんですね」
矢嶋は照れた顔を見せる。
「焦って適当に持ってきたからな」
彼はタオルを床に置き、その中から大判のタオルを一枚取り上げて、私の背にかけたままだった自分のジャケットと交換した。さらにもう一枚タオルを取って、私の頭を拭き始める。
その一連の動きがあまりにも自然だったため、彼の手を止めるタイミングを失った。私はどきどきしながらタオルの下から彼を見上げる。
「あとは自分でできますから。矢嶋さんも早く拭いた方がいいです」
「これくらい、俺はどうってことないよ。夏貴の方がひどかった」
その短い会話の間に、彼は私の頭をひと通り拭き終えてしまった。水分を吸ったタオルを手にしながら、私を促す。
「夏貴、こっちにおいで。そろそろ風呂のお湯がたまる頃だ」
「え」
戸惑う私に矢嶋はくすりと笑う。
「風呂場に案内するだけだよ」
「いえ、あの、やっぱりお風呂を借りるのは、さすがにちょっと……」
「風邪をひいてもいいのか?この前みたいに、俺の看病を受けたいのなら、そのままでも構わないけど」
「そ、その前に、もう帰りますから……」
「その恰好で?しかも外はあの大雨だぜ。どうやって帰るっていうんだよ。俺が送ってもいいけど、だったらなおさらしっかり温まって、服も俺のにでも着替えてもらってからじゃないとな」
矢嶋に顔をのぞき込まれて、私は目を泳がせた。
確かに、このままでいては、風邪を引いてしまうかもしれない。帰るにしても、このままの状態で交通機関を利用するのも恥ずかしい。彼が送ってくれるというのなら、素直に頷いた方がいいだろうか。しかし、いくらなんでも甘えすぎのような気もする。
そんなことをごちゃごちゃ考えていると、矢嶋がくしゃみをした。
「大丈夫ですか?私よりも矢嶋さんが先に温まった方がいいみたい」
言いながら、私は彼の足下からタオルを一枚取り上げて、彼の頭に手を伸ばした。
#独占欲
矢嶋ははっとした顔をして、私の手から逃げようとする。
「俺は大丈夫だ」
しかし私は彼の頭を拭くのを諦めず、背伸びをして彼の方へますます手を伸ばした。その弾みで、背に掛けていたバスタオルが床にすとんと落ちる。
「つっ……」
矢嶋の唇から苦しそうな声がもれた。
「矢嶋さん?」
大丈夫かと、矢嶋に問いかけようとした時だった。彼に抱き締められた。