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「龍也! あきら!」
店に入ると、陸に呼ばれた。
正面、奥の座敷の襖が空いていて、首を伸ばした陸が見えた。
「なに、二人で来たのか?」
「いや、そこで会った」
不本意ながら、嘘をついた。
あきらは別々に行こうとしたが、俺は無理矢理に隣を歩いた。一緒に外を歩く機会《チャンス》なんてそうない。
あきらの言う『セフレ』になってから、肩を並べて歩くことすら出来なくなった。
『友達なんだから、一緒に遊びに行くことがあってもいいだろ』と誘う俺に、あきらは冷たく言い放つ。
『ヤる前はそんなことしなかったじゃない』
確かに。
セフレになる前は、こうしてOLCの集まりで会うだけだった。
俺とあきらは会費を千尋に渡して、空いている場所に座った。俺は陸さんの隣。あきらは千尋の隣。
「まずはビールでいいか?」と、陸さんが聞く。
「私、ウーロン茶で」と、さなえ。
「飲まないの?」と、あきらが聞いた。
「うん。大斗が風邪気味で先に帰るかもしれなくて」
「最近寒いもんね」
「私もさっき、同じこと言った」と言って、千尋が笑った。
「んじゃ、ビール六つにウーロン茶一つな」
陸さんが部屋から顔を出し、店員に注文した。開けておいた襖を閉める。
店内が混みあってきて、乾杯から盛り上がる学生らしき若者の笑い声が響いた。
「大斗くんて保育園に行ってるんだっけ?」
麻衣さんが聞いた。
「うん。毎日じゃないけどね」
「そんな、都合よく通えるの?」
「うん。無認可だから、融通が利くの。きっちり時間と日数を決めて通ってる人もいれば、週ごとに申請して通ってる人もいるの」
「へぇ」
仕方がないとはいえ、子供の話になると過剰に反応してしまう。つい、あきらを見てしまった。
あきらは顔色を変えずに話を聞いていた。
俺が気にし過ぎているのはわかっている。
けれど、どうしても思ってしまう。
平気なように見えている『だけ』なのではないだろうか?
きっと、考え過ぎ。
あきらにとって『子供』の話が禁句《タブー》だと思っているのは、俺だけ。
あきらは仕事上、子供と関わっているし、それを苦に感じているようでもない。むしろ、使命感に溢れている。
放っておくと寝食をないがしろにして働く。休日も、俺が行って食事を作らなければ、一日に食パン一枚とカップ麺しか食べない時がある。
あきらは決して、料理が出来ないわけではない。やろうとしないだけ。
だから、やる気になるまで、俺が作っている。
せめて『友達』の時は――。
店員が二人、飲み物を運んできた。三十代に見える男性店員はトレーを置くとすぐにいなくなった。二十代前半に見える女性店員が、トレーからテーブルにビールを移す。近くに座っていたあきらと千尋が手伝う。
「すぐにお料理もお持ちします」
女性の店員さんはそう言って、襖を締めた。
幹事である陸さんと千尋が、先に何品か注文しておいたのだろう。
後は、各自で追加注文する。
以前はコース料理を注文していたが、飲むばっかりで料理を残しがちになり、やめた。
「んじゃ、とりあえず乾杯すっか」
陸さんが、ビールを持って肘より高く上げた。
「今回は全員揃って良かったよ。次の幹事は龍也とあきら、な。大斗の風邪が早く治ることを願って、乾杯!」
「なにそれー」と、さなえが笑う。
「大斗くん、今頃くしゃみしてるよ」と、麻衣さん。
「帰れコール来たら、陸のせいだな」と、大和さん。
「え!? マジで?」
「ほら! 早く始めないと、ホントに電話きちゃうよ」と、千尋が言い、なかなか乾杯にならない男たちを放って、あきらのグラスに乾杯した。
「だな! 乾杯!」
カチャンッとグラスがぶつかる音。それから、ゴクッゴクッと喉を鳴らしてビールを流し込む音。
前回、あきらは恋人がいて、欠席だった。
俺がどんなに言っても、あきらは『ルール』を曲げない。
どちらかに恋人がいる時は、他人。
互いの存在が恋人に知れることが嫌だから、らしい。
『恋人がいる時は、その女性《ひと》だけを大切にしてあげて』
割り切ろうと思った。
あきらがそれを望むのなら、それでいいと思った。
けれど、俺にとってあきら以上に想える女性《ひと》なんて現れるはずもなく。それでも、あきらに恋人ができると、吹っ切らなければと恋人を作ってみたりした。
そして、思う。
ああ、あきらに会いたい――。
最初にルールを決めた時、俺からあきらに言っておいたことがある。
『恋人と別れたら報告すること』
俺はあきらからメッセージがくると、即座に付き合っている彼女に電話をした。
そして、翌日には食材を買い込んであきらのマンションに行く。
我ながら、最低だ。
そんなことを三度繰り返し、俺は恋人を作るのをやめた。
あきらが気にするから、合コンに行ったりはする。ただ、行くだけ。
どれだけ若くて可愛い子と飲むより、こうして気の知れた仲間と飲む方がずっといい。
あきらが美味しそうにビールを飲む姿を見られて、俺は満足だった。
「そういえば、麻衣。あれからどうだ?」
ジョッキ半分のビールを胃に溜めて、陸さんが聞いた。
「一度打ち合わせで会ったけど、何も言われなかった」と、麻衣さん。
「ホント、助かったよ」
「何の話だ?」と、大和さんが聞いた。
「それがさ――」
失礼します、と声が聞こえて、襖が開く。店員が料理を運んできた。
大根サラダとシーザーサラダ、焼き鳥のアラカルトと、チーズの盛り合わせ、フライドポテトと鶏の唐揚げ、たこわさ、エイヒレ……。
ひとまず、テーブルいっぱいに皿が並んだ。
陸がビールを注文する。
女性陣が料理を皿に取り分けて、回してくれた。
「――で? 麻衣がなんだって?」と、大和さんが途中になった話の続きを催促した。
「顧客に誘われて陸のホテルで食事したの」
麻衣さんが答えた。
「ちょっとしつこかったから、陸に助けてもらったってだけ」
「陸のホテルって高級《たか》いだろ!? そりゃ、男は期待するわ」
「金持ってんのねー」と、千尋が大根を噛みながら言った。
「好みじゃなかったの?」
「なんか……嫌な予感はしてたんだよね」と、麻衣さんが空笑いをした。
「もしかして、また?」
「……」
「麻衣ちゃん、何もされなかった!?」と、さなえが心配そうに聞く。
「大丈夫。レストランを出たところで陸に助けてもらったから」
「――ってか、なんでホテルで食事なんかしたのよ。下心ありありじゃない」
「人目があるし……。陸のホテルだったから、大丈夫かなと思って」
麻衣さんが、えへへ、と笑う。
いや、笑い事じゃないと思う。
「いや、大丈夫じゃないだろ」
大和さんが、俺が思ったことを言った。
「そうだぞ。俺がいない時だったらどうすんだよ」と、陸さんが頷く。
「そうなんだけどね?」
「なんかあったの?」と、あきらが聞いた。
「麻衣がそんなあからさまな誘いに乗るなんて、珍しいね」
確かに。麻衣さんは声をかけられて簡単に誘いに乗ることは、しない。
大学時代に、男から見てもろくでもない男とばかり付き合ってきたのを見ていたから、再会してからは陸さんを始め、みんなが口を酸っぱくして忠告してきた。
「……後輩の……挑発に乗っちゃった感じ?」
「後輩?」
「前に言ってた、教育係してやってる奴?」
「そ。生意気なこと言うから、つい……」
「つい、じゃねーだろ。そんな挑発に乗って何かあっても自己責任だぞ」と、陸さんがきつめに言った。
陸さんと麻衣さんは同じ年だからか、大学時代から特別仲が良かった。
陸さんは男運の悪い麻衣さんを特別心配しているし、麻衣さんも陸さんを信頼している。
てっきり、陸さんは麻衣さんが好きなんだと思っていた。
男だけで飲んだ時に、まんざらでもないようなことも言っていた。
だから、陸さんが同じホテルに勤める女性とデキ婚した時は、本当に驚いた。
「とにかく! あの男とはもう会うなよ? ここだけの話、あいつはうちの常連だけど、女はいつも違うし、プロを呼んでることもあるらしい」
「プロ?」と、麻衣さんが聞いた。
「デリヘル嬢とか?」と、あきら言った。
「らしい」
「うわ、最低!」と、さなえ。
「麻衣、ダメだよ。二人きりになっちゃ」と、千尋。
「うん……」
麻衣さんが俯きがちに言った。
昔から痴漢に遭うことが多かったという麻衣さんには、嫌悪や恐怖すら感じるだろう。
「なんで……私には変な男ばっか……」と、麻衣さんが呟いた。
全員、身構える。
言うぞ……。
「整形する! 顔を変えて、胸を小さくする!」
やっぱり。
毎回のように、麻衣さんは言う。
麻衣さんが勢いよくビールを飲み干した時、店員が追加のビールを運んできた。
「変態じゃない男に好かれたい……」
麻衣さんがか細い声で言った。
「結婚相談所……でも登録しようかな」
「結婚したいの?」
「したい。結婚して子供を産めば、変態も寄って来ないでしょ」
子供……か。
チラッとあきらを見る。あきらは顔色を変えずに話を聞いている。
俺が、心配し過ぎなんだよな……。
わかってはいるけれど、どうしても過剰反応してしまう。
「まぁ……、確かに?」
「けど、変態じゃない恋人より、変態じゃない結婚相手の方が、ハードル高くない?」と、あきらがズバリ、言った。
「だから! そこはプロにお任せするの」
「相談所に提出するプロフィールに、性癖まで書く奴はいないだろ」と、大和さんがエイヒレを銜えて言った。
「それに、変態じゃなきゃ誰でもいいわけでもないだろ」
そういえば……。