テラーノベル
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看病で胃が死ぬことあるんだ
――朝からずっと、俺は最悪な気持ちでロシアの部屋に張り付いている。
ドアを開けた瞬間、むわっと熱気がまとわりついた。布団の中で膨れている長身の塊、うなされて呻く低い声。額に貼りついた乱れた髪。全身からいやな汗の匂いがする。死んだ魚の目のまま、ため息が出た。
「……はいはい」
タオルを冷水に浸して絞り、額に置き直す。じっとりと汗ばんだ手が布団の中から伸びてきて、俺の指先に触れる。ぞわりと鳥肌が立った。――嫌だ。けど、突き放せない。五百年も付き合ってりゃ、考えてることがなんとなく分かってしまうのが最悪だ。あの激重どろどろ感情が、直に心の奥に流れ込んでくる。
――きた、俺の紅星、来てくれた、優しい、優しい優しい優しい、もっと、もっと近くに、離れないで、俺を見て、俺だけを見て……。
胃が死ぬ。ほんとに、死ぬ。俺は死んだ魚の目で、心の中で悪態をつく。頼むから黙ってうなされてろ。声に出すな。心の中でさえ重すぎるんだよ、お前。
「……水、飲め」
コップを差し出すと、震える大きな手が伸びてくる。仕方ないので支えてやる。喉がごくりと鳴るたびに、視線が絡んでくる。熱のせいか頬が赤い。……やめろ、その目で見るな。胃が、ほんとに死ぬ。
次は粥だ。台所で手早く米を煮て、柔らかくしたやつに塩をひとつまみ。誰の作った物でも食えない体質だから、俺のはきっちり安全だ。戻ると、ロシアは布団の中で半分夢の中みたいに俺を見ていた。
――待ってた、欲しい、俺の紅星の作ったもの、俺だけの、俺だけの……。
「……食え」
匙で口に運んでやると、熱に浮かされた吐息がかすかに唇をかすめる。ぞっとする。胃が、死ぬ。だが、食べさせる。俺は有能で、優しいからだ。嫌々だが、突き放せない。
薬を飲ませて、またタオルを替える。一日中、ずっと隣にいる。ロシアは時折、うなされて手を握ってくる。じめっと汗ばんだ掌。握り返すと、心の奥に波のように感情が押し寄せる。
――嬉しい、幸せ、満たされない、もっと欲しい、閉じ込めたい、俺だけを見て、ずっと一緒に、離れないで、死ぬまで、いや死んでも……。
俺は心の中で呟く。胃が死ぬ。ほんとに、死ぬ。だが、手は握ったままだ。離せなかった。
コメント
1件
読み終えました…「胃が死ぬ」って表現、すごく刺さりました。看病する側なのに心の奥にどろどろした感情が流れ込んでくる感覚、ぞわっとしました。でも「手は握ったままだ。離せなかった」の一文に、五百年の付き合いの重みと諦念みたいなものが全部詰まってて…。短いのに濃密な空気感、すごく好きです。
しなもん ここあ たん .ᐟ
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