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「長良、私もね、お前を大学寮へ送ろうと思っていたのだ。時がくれば、師を付けさせようと考えていた」


守近からの思わぬ言葉に、長良は、再び泣き出した。


「滅相もございません!私ごときが、そんな。こちらのお屋敷に、お世話になっているのも、心苦しゅうありますのに!」


ああ、これはまた。子供の癖に、大人の真似をして。素直に喜べば良いものを。


ふふふ、と、心の中で笑う守近であったが、ふと、恐ろしい現実に気がついた。


すべて、長良に任せきりでは、どの姫と、どのような言葉を交わしているのかなど、守近が知るよしもない。


遡《さかのぼ》って、交わした文を見てみるか。否、あの量を、どのようにすれば、遡れる。


守近は、戦慄《わなない》た。


文の多さにではなく、長良なくして、どうすれば良いのかと──。


黙っていても、女人が追っかけて来る色男。


地位も、富も、十分で、帝《おかみ》からの信任までも厚い、宮中でも、一目置かれている男。


そこまで、完璧な若人でありながら、守近、実は、歌が、からきし詠めなかった。正しくは、男と女が交わす艶やかなものに限って、なのだが。


都の公達にとって、もっとも重要な才覚に恵まれないとは、なんとも残酷な話である。


さて、急に黙りこくった主に、長良は落ち着かない。


「あ、あの、守近様?」


おどおどと、遠慮がちに問うて来る童子の声に、守近は、はっとした。


「あ、ああ、少しばかり、考え事をしていてね」


「考え事……ですか?」


「そうさ、どうして、長良は、このように荒れていたのかと……」


守近は、拾い集めた紙束を長良に見せた。


こうして、その場しのぎの言葉なら、いくらでも出て来るのに、なぜ、恋歌に限っては、一文字も浮かんで来ないのだろう。


はあぁーと、自己嫌悪のため息を吐く守近。


それを、どう勘違いしたのか、


「も、申し訳ございません!」


握っていた筆を放り出した、長良が、頭を下げに下げている。


「おや、そんなに小さくなっては、見えなくなってしまうよ?」


笑う守近に、長良は恐る恐る顔を上げ、実は──、と、事の次第を語り始めた。


なにを血迷ったのか、どこぞの姫が、連歌を送って来た。ところが、長良は連歌が大の苦手。


和歌集やら漢詩集やら、屋敷に備わる書物を紐解いてみたが、手本になりそうな物は見つからない。そうこうするうち、他の文への返事が滞り、続々と、催促の文まで送られてきた。


溜まりに溜まった文の山にたまりかね、ついに、放り出してしまい──。


まあ、なんとも涙ぐましい話しではないか。と、守近は、思う。


「それにしても連歌とは。これはまた災難だ。私も、あれは苦手なのだよ」


「守近様にも、苦手なものがあるのですか?!」


長良の沈んだ顔がぱっと輝いた。


「世間はどう言おうと、私もただの人だよ?苦手なものもある」


特に、恋歌は、さっぱりです。と、言えれば良いのだが、どう転んでも、口外できない。もしも、世間に伝わってしまえば、築いてきた地位すら危うくなる。


少将守近は、童子に頼りきっている。などと、失笑されて、宮中では、つまはじきにされるだろう。


一度出世の道を外れると、あとは、落ちぶれるのを待つしかない。


(ああ、それだけは!)


「よかった!守近様が、苦手なものを、私がこなせるはずがありませんよね!」


我が身の滅亡に震え上がる守近の側で、泣きべそをかいていた長良が笑顔を見せていた。


げんきんなものだ、やはり、長良は、まだまだ子供。これで一安心と言いたいが、守近は、事の騒動の元、連歌などを送ってきた姫の事が気にかかった。

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