テラーノベル
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拓真との時間を振り返り、温かい気持ちを抱えてエレベーターに乗った。目的の階に着き、自分の部屋の方へ足を向けてどきりとした。玄関前に太田がしゃがみこんでいたのだ。
今日は来ないはずじゃなかったのかと、心臓が痛いくらいにすくみ上る。遅い帰宅の理由をどう答えようかと頭を回転させ、平常心を保とうと努めながら、私はゆるゆると歩く。
私が自分の前までやってきたのを見て、太田は立ち上がった
その顔に浮かぶ笑顔を見て、背筋がひやりとした。
「お帰り。遅かったじゃないか。何度かメッセ―ジと電話を入れたんだけど、気づかなかったか?」
「え?」
私は慌ててバッグに手を突っ込み、スマホを取り出した。ロックを外して通知を見ると、そこには太田の名前がずらりと並んでいた。鼓動が鈍く跳ね始めて息苦しくなる。しかし顔には笑顔を貼り付ける。
「友達と盛り上がっちゃって……。だいぶ待ちました?ごめんなさい」
「……へぇ、友達と会ってたのか」
太田が私の方へ一歩近づく。
「う、うん、そうなんです。急に誘われて。久しぶりに会う子だったから、それで積もる話があって」
震えそうになる手をなだめつつ、私はバッグの中から取り出した。鍵を開けながら、太田からは目を離したまま、ぺらぺらと話す。
「今日はちょっとはしゃぎすぎて、疲れちゃった。もう休みますね。太田さんは出張帰りですものね。ここまで来てくれたのに申し訳ないですけど、今夜は自分のお部屋に戻って……。っ……!」
最後まで言い切ることができなかった。
太田は私の体を捉え、そのまま玄関の中に足を踏み入れた。後手でドアを閉めて鍵をかけた。
「友達と会ってたなんて嘘だろ」
怒気をはらんだ太田の低い声に全身が震える。
「嘘じゃないわ……」
本当のことなど言えない。恐ろしさに喉が締まりそうになりながら、私は声を振り絞った。
しかし次の太田の一言に表情が固まる。
「北川と会ってたんじゃないのか」
単にカマをかけられただけだったのかもしれない。しかし私は反応を見せてしまった。はっとして顔を背けたが遅かった。動揺する私の様子は、それが事実だったことを太田に悟らせてしまった。
彼は私の両手首を片手でつかみ、壁際に押さえつけた。もう一方の手で肩を押さえ、噛みつくように口づけた。
「んんっ……!」
激しい口づけに呼吸すらままならない。
太田は私の脚の間に膝を入れて、スカートの中に手を入れた。
私は必死に抵抗してもがいた。
太田の舌打ちが聞こえた。彼は私の体を乱暴に抱き上げて寝室に向かい、乱暴にベッドの上に押し倒した。
私は声を上げた。
「お願い、話があるの。太田さん、聞いてっ!」
「嫌だ。聞きたくない」
太田は即座に言い、いつの間にか外していたネクタイで、私の両手首を頭上に縛りあげた。
「いやよ!やめてっ!」
「だめだ、やめない。お前が何度言っても分かってくれないのが悪いんだ。体に覚えさせる」
ぞっとして見上げた太田の目は狂暴な色を帯びていた。
早く逃げなくてはと、手首のネクタイを外そうともがくが、動かす度に手首に食い込む。
「太田さん、お願いよ。私の話を聞いてください」
別れ話を切り出さなければいけないと思い、声を絞り出す。しかし、異常にも見える太田の様子に声の震えを止められない。
太田の耳に、私の声は聞こえていないようだった。私の必死の抵抗は、呆気なく力でねじ込まれた。私の意思に関係なく、彼は荒々しく、噛みつくように口づけして、私の体のあちこちに痛みと痕を残していった。それは初めて彼に抱かれた時以上に激しくて、私の唇からはうめき声がもれた。愛撫とは程遠い乱暴さで無理矢理に太田を受け入れさせられた。体中にはひどく不快な感触だけが残り、吐き気すらした。彼に苛まれ続けた私は、ぐったりと力なく横たわっていた。
しかし太田はひどく満足げな様子で、私の体を愛おしむような手つきで、優しくなぞるように撫でている。
「笹本が悪いんだよ。俺以外の男と会ったりするから」
頬を伝う涙がシーツを濡らし、ひんやりとする。その感触に徐々に頭の芯が冷えてくる。
「どうすれば、俺だけを見てくれるようになるんだろうな」
私の涙をぬぐいながら太田は囁く。
「そんなに泣かないでくれよ。ただ笹本には、俺だけを見ていてほしいだけなんだ。そうすれば大事にする。とりあえず今日は帰る。明日仕事が終わったらまた会いに来るから、きっと部屋にいてくれよ。じゃあな、おやすみ」
太田は私の体に毛布をかけて立ち上がった。
私はベッドに横たわったまま、彼の足音が遠ざかって行くのを聞いていた。
玄関のドアが開き、閉められた後に続いて、ドアポストの中で金属音が響いた。鍵を落としていったのだろう。
本当に太田と別れることができるのだろうかと、不安と恐怖に襲われる。ぞっとして身震いし、私は毛布にくるまり体を丸めた。
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