月曜日、気まずい想いを抱きながら出勤した。
透明なパーティションで区切られている部長室を見ると、一瞬目が合った。――ような気がしたけれど、気のせいかもしれない。
部長はいつも通りモニターを見てメールチェックをしていて、私を気にした素振りはなかったから。
(とりあえず、あの箱を返して〝いつも〟に戻らないと)
あんな高価な物を置いておきながら、こんな塩対応をされるとどう捉えたらいいか分からない。
中身は確認していないけど、あのブランドのジュエリーは最低ラインでも三、四十万円はする。
部長は想像以上のお金持ちなのかもしれないけど、高価な物を無駄にするような事はしてほしくない。
もしかしたら本当に行き先のない贈り物なのかもしれないけど、ちゃんとした理由もないのにあんな物をもらえない。
(ちゃんと返して貸し借りのない関係にならないと、今後、同じ部署で働いていけない)
溜め息をつくと、隣の席に座っていた恵がチラッとこちらを見てきた。
「どした? テンション低いじゃん。田沼の事、まだ引きずってるの? ……って言っても仕方ないけど。……そろそろ諦めなよ」
前下がりボブをサラリと耳に掛けた恵は、ピンタック入りのパンツを穿いた脚を組む。
「う……、うん……」
私は親友にどこまで話していいものか悩み、曖昧な返事をする。
恵とは中学生時代からの付き合いで、私と昭人が付き合って別れるまでを知っている。
彼女は昭人との仲を物凄く応援してくれたという感じではなく、ただ見守っている雰囲気だった。
だから私が昭人にフラれたあとも大きく感情を乱さず、『こんな事もあるって』と言っていた。
側にいる恵が一緒になって憤り、『信じられない! あいつ見る目ないよ!』って言っていたなら、私も昭人の隣にいるべきなのは自分だと思い、復縁しようと努力していたかもしれない。
でも恵は昭人が私をフッた事を不快に感じながらも、中立の態度を貫いていた。
『愚痴があるなら幾らでも聞くよ。でも私は男は田沼だけじゃないと思う』
彼女がそう言った時、感謝しながらも『昭人以外の男性なんていない』って泣きべそをかいていたのだけれど……。
(……部長、か)
私は心の中で呟き、溜め息をつく。
チラッと部長室を見ると、今日も女性の先輩たちが彼のもとへ行ってかしましくお喋りしている。
学校で言えば目立つ系の人が常に部長を狙っているので、私が彼の相手になるなんて考えた事もなかった。
(でもあまりに突然すぎて、〝アリ〟かどうかを考えられる心理状態じゃない)
溜め息をついた私はパソコンの電源を入れ、今日の予定を確認していく。
私が勤めている篠宮ホールディングスという会社は、ビールと言えば……でパッと頭に思い浮かぶ大企業で、その他のアルコール類やコンビニやスーパーに普通に置いてあるお茶やサイダー、腸内環境を整える乳酸菌飲料部門やホットコーヒー、困った時のエナジードリンクなど多岐にわたる。
企業メセナ――スポンサーとなって文化事業を応援する活動も行っていて、美術館を所有し、社内ロビーでのコンサートを行ったり、独自の芸術賞も有している。
他にもアートフェスティバルの開催、コアなアーティストが集まるライブハウス、プライズの協賛もしている。
スポーツの協賛もしていて、球団のオフィシャルスポンサーだったり、大きなマラソン大会、スキージャンプやその他諸々のスポンサーを担っている。
ビールに見立てた墨田川添いの金色のビルは東京のランドマークとも言え、一般のお客さんが利用できるレストランも入っている。
隣にはレストランやイベントホールが入っているスーパーゴールドホールが建ち、ビルのてっぺんに金色に燃える炎のオブジェがあるそこは、火の玉ビルの名前で愛されている。
私は西日暮里に住んでいるので、三十分ぐらいの通勤時間で済んでいる。
部長はそんな大企業の商品開発部の部長なので、結構な社会的地位があり実力もある。
三十二歳でイケメンなのに独身だから、若い女性社員はほぼ全員彼を狙っているのでは……と思うぐらいだ。
だから余計に、私にとっては「釣り合わない」と感じる相手だった。
(仕事の話という事にして時間もらって、あの箱を返そう。それで終わり)
私はメールチェックしながら溜め息をつき、プリーツスカートの中で脚を組んだ。
恵はそんな私の横顔をしばらく見ていたけど、「何かあったら聞くからね」とポンと肩を叩き、自分のモニターを見た。
午後一番に会議があるので、お昼ご飯を食べた私はセッティングをしようと思い、資料を持って会議室に向かった。
パチンと電気をつけて入室し、テーブルに資料を置いた時――いきなり部長が入ってきた。
コメント
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ねこたまちゃん!待ってたー‼️
(*´艸`)❤こっちでも追いかけます💕🤭