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#戦乙女
眠狂四郎
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サイラスはサカイのカルド商会で、ユンナと再会した。
安堵はあった。だが、それは長くは続かない。
残りの船員たちについては、死亡を含め、ほぼ消息が判明していた。
――ただ一人、アダムスを除いて。
あの男だけは、いまだ所在が掴めない。
「軍師様は……グラツィアへお戻りになるのですか」
ユンナは、ためらいがちに問うた。
「ふむ」
サイラスは静かに頷く。
「この国は今、ノブナガ公亡き後――
誰が後を継ぐか、その戦の只中にある」
盃を持つ手を止め、ゆっくりと視線を上げる。
「その行く末を見届け、カルド王に報告せねばならん」
ユンナはわずかに息を呑み、続けた。
「……それと。
ヤマザキ城から、大軍が西へ向かいました」
「――なに?」
サイラスの表情が変わる。
(早すぎる……)
(この国は、流れ出したら止まらない)
窓の外――港はいつもと変わらぬ賑わいを見せている。
だが、その裏で、国はすでに次の戦へと動き始めていた。
(急展開どころではないな……)
サイラスは小さく息を吐いた。
カツイエは、傍らに控えるカツテルに問いかけた。
「――天下の趨勢、いかがなると思う」
「それは……親父様がノブタダ様をお助けし――」
言い終わる前に、カツイエは静かに首を振った。
「違う」
低く、断じる。
「いずれ、この国はヒデヨシの手に落ちる」
「なっ……親父様!」
カツテルは顔を紅潮させ、言い返そうとする。
「――聞け」
一喝ではない。
だが、それだけで言葉は封じられた。
「政においては、組織を整え、人を配す」
「身分に囚われず、才で用いる――ノブナガ公のごとく」
「軍においては、策を巡らせ、調略を尽くし」
「神速をもって敵を断つ」
わずかに目を細める。
「……あのサルは、家中随一よ」
カツテルは、何も言えず俯いた。
「やがて奴は、ノブタダ様すら軽んじるであろう」
一瞬の沈黙。
「――そんな世など、儂は見とうない」
その声には、怒りではなく“拒絶”があった。
「策ごと打ち破ってくれる」
カツイエは拳を握る。
「すべて、儂の拳骨で叩き潰すまでよ」
顔を上げ、前を見据える。
「前進するぞ。モリマサに発破をかけよ」
カツテルが動こうとした、そのとき――
カツイエは、誰にも聞こえぬほどの声で呟いた。
「……刺し違えてでも、ヒデヨシを討つ」
ヒデヨシ軍はナガハマに到着すると、
街道に沿って軍を展開し、各所に砦を築かせた。
オオイワ山にキヨヒデ。
イワサキ山にウコン。
そして――自らはキノモトに本陣を構える。
一見すれば、守りの布陣。
だが、その実――
敵を誘い、縛るための網であった。
「カンベエよ」
ヒデヨシは地図を前に、どこか楽しげに口を開く。
「わが方は、イガ・ヤマト、ギフ、キタオウミと……
三方に戦を割かれてしもうたのう」
声音は軽い。
だが、その目は笑っていない。
「左様にございますな。さて、どこから手をつけますか」
カンベエもまた、口元に笑みを浮かべた。
「決まっておろう」
ヒデヨシは迷いなく言い切る。
「軍勢の大半を、ギフに振り向ける」
「まことに」
二人は、まるで答え合わせでもするかのように頷き合う。
その様子に、ヒデナガが眉をひそめた。
「……不謹慎にございますぞ」
兄の態度は、戦の最中とは思えぬものだった。
だがヒデヨシは気にも留めない。
「儂はカンベエとともに、ギフへ向かう」
地図の一点を指で叩く。
「ヒデナガ――後は任せたぞ」
その瞬間、ヒデナガは悟る。
(もう決まっているのか…)
(すでに、勝ち筋をなぞっているだけなのか)
ヒデヨシは顔を上げた。
その口元には、抑えきれぬ笑みが浮かんでいる。
「さて……どこまで踊ってくれるかのう」
低く、愉しむような声。
その笑いは――
やがて訪れる勝利を、すでに見ている者のそれだった。
絵図を見つめていたノブタダとウジサトは、ふと顔を見合わせた。
そして――同時に、笑う。
「……これは」
ノブタダの口元がわずかに歪む。
「分かりましたな」
「はい」
ウジサトは目を輝かせた。
「ヒデヨシが、次に何を狙うか――」
その言葉には、確信があった。
場の空気が、静かに張り詰める。
――話は、十日前。
ミツヒデを討った直後の、ショウリュウジ城へと遡る。
「サイラス殿。軍略の一端を、ご教授願えませぬか」
若きウジサトが、真剣な眼差しで問うた。
「いいですよ、では、」
サイラスは穏やかに頷く。
「例えば――ここに一軍がある」
指で机上に円を描く。
「これを三方から囲んだ場合、どちらが有利でしょうか」
「三方から囲む側、でしょう」
「その通りです」
サイラスは静かに続ける。
「では――囲まれた側は、どう動きます?」
ウジサトは一瞬考え、答えた。
「……敵が合流する前に、各個撃破を狙います」
「そうです」
サイラスの目がわずかに細まる。
「そして囲む側は――」
ノブタダが言葉を継いだ。
「一刻も早く、合流すること」
「お見事」
サイラスは頷いた。
「虚を張ろうが、策を弄そうが――
戦の骨子は、これに尽きます」
一瞬、沈黙。
「ですが――」
サイラスは二人を見渡す。
「戦場では、必ず“綻び”が生じる」
「その綻びを突く者が勝ちます」
若き武者たちは、息を呑んで聞いている。
サイラスは、どこか温かな眼差しを向けた。
(お二方とも呑み込みが早い……)
――そして現在。
ノブタダは、静かに絵図を叩いた。
「ヒデヨシは、」
「囲まれる前に、各個を潰す気だ」
ウジサトが頷く。
「……本命はシズガタケ」
「綻びをつくるために……」
ノブタダは目を細めた。
「ならば――こちらも、動くべきは一つ」
街道を整え、準備を終えたヒデヨシ本隊――一万騎。
その進路は、ギフ城攻めを宣言した。
途中のミノ・オオガキ城へ向け、進軍を開始した。
「……カンベエよ」
馬上、ヒデヨシがふと問う。
「モリマサは、かかると思うか」
「かかりまする」
即答だった。
ヒデヨシは、にやりと笑う。
「では――決まりじゃの」
その一言で、戦は“動いた”。
「ヒデヨシ、本隊をギフへ向けました!」
モリマサ軍からの報が、カツイエのもとに届く。
カツイエは、待っていたかのように呟いた。
「……罠じゃの」
だが、その声に迷いはない。
「――参るか」
顔を上げる。
「モリマサに、砦への総攻撃を命じよ」
「我らは――街道に位置するヒデマサを抜き、ヒデナガ本隊を討つ」
それは、策を見抜いた上でなお踏み込む決断だった。
「ヒデヨシ軍、動きました!」
「こちらに向かっております!」
報を受けたノブタダは、ただ一度、頷く。
沈黙のまま、絵図に手を置いた。
「敵はオオガキ城にはいると思われます」
注進の報告に静かに言う。
「ならば、こちらは先に」
周囲の空気が張り詰めた。
「イビ川を渡り――
オオガキ北方、アカサカに陣を張る」
「急げ」
短い一言。
「神速こそ――この戦の鍵よ」
言い終えるや否や、ノブタダは自ら馬に乗る。
そして――
一騎、駆け出した。