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Side 北斗
「陸軍だったんですよね? 戦況はどうなんですか」
睦石荘に帰ってきたあと、珈琲を2人分淹れて、再び慎太郎さんと向かい合う。
「全体的には勝ったと聞きましたが、向こうはやっぱり大国ですから、強かったですね。帰ってくる間際にも、アメリカやほかの国は引き揚げるって聞いたけど、俺たちは粘れって司令官に言われたって聞きました。そんなの意味ないだろうに。きっとシベリアでは惨敗ですよ」
「ああ…新聞では、日本軍はまだ現地に残っているって報じていました。俺らは、連合国が勝ったって言われて地中海から帰ってきたんですけれど」
地中海、と彼が訊いてくる。
「ええ。海軍で、連合国側の援護です。なのに、艦隊が魚雷で砲撃されて大変でした。命からがら逃げて来たと言っても過言ではないというか…」
そうですか、と沈痛な面持ちでうなずいてくれた。
「俺も同じような感じです。銃撃されて、こんなものでは屈したくなかったのに、当たり所が悪くて。退役を命じられて、本当に悔しかった」
それなのにまだ戦っている仲間がいる。そう言った慎太郎さんの表情は、痛いほど切なさに満ちている。
「だけど、残って戦うのも危険だったと思いますよ。身体を心配しての命令だったんでしょう」
「だといいですけれどね」と言って珈琲を啜る。
「両親には心配させたくないし、軍に入ったのも反対を振り切ってだったんで…家には帰れなくて」
だからこの睦石荘に来たのだろう。軍に行けと言われた俺とは正反対だ。
「…地中海から戻るとき、隊の人数は行きからずいぶん減っていました。海に投げ出されたときの荒波の光景が、瞼から離れなくて。あんなに遠い地の海の底に置き去りにしてしまったことが…」
悔しくてたまらない。その言葉は、もう喉につっかえて出てこなかった。
「ふふっ、俺たちって似てますよね。何というか、後悔も悲しさも理解してもらえる気がします」
俄かに彼の声が明るくなった。俺は顔を上げる。
「今の北斗さんのお話を聞いて、ひとりではないんだと思えました。きっと、北斗さんも同じでしょう? ここで出会えたのも、何かの縁です」
生きていただけで奇跡ではないですか、と言う慎太郎さんは、俺の肩に触れた。
「まだこれからですよ」
「……そうですね」
俺は、心の奥底にしばらく溜まっていた泥のような気持ちが、さらさらと流れていくような感覚をおぼえた。それは紛れもなく、彼のおかげだ。
国のために命を犠牲にする必要なんてない。帰ってきて、人のためにいればいい。
「お互い、無事で良かった。そう思いましょうよ」
にこやかに笑う慎太郎さん。その笑顔は、未だ暗い海に沈んでいた俺の心をすくい上げてくれた。
「生きていて、良かった」
続く