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「いや、なんか……ごめん、気になって。というか、心配で、その、ごめん」
(いや、なんで俺が謝ってんの?)
朔蒔が、自傷気味に笑うから、その笑いは、俺に向けられているんじゃなくて、自分に向けられてるって分かったから、猛烈に腹が立った。
なんで俺が迫られるように言われなきゃいけないのか。訪ねてきたのはそっちだろうと、ふつふつとわいてくる怒り。ここまでは、心配の感情が大きくて、そっちばかりが動いていたが、何か違う気がした。ここまで、俺がよくしてやってるのに、どうして、此奴は……
「星埜って――」
「お前は! そんなこと言える立場じゃないだろ!」
ブチッと、何かが切れたみたいに、また、拾い直した衣類が全て床にぶちまけられる。それを拾うなんて考えなかった。俺は、朔蒔の胸倉に掴み掛かって、顔をつきあわせた。いつもなら、この距離は怖くて近づけない。あと、心臓の音がうるさくなるから。唇が当たってしまいそうとか、そんなのは考えなかった。相手の口にツバが飛んでも仕方ないだろ、っていうそんな精神で、俺は朔蒔のあの嫌いな真っ黒な瞳を睨み付ける。
「非常識な時間に、連絡入れずに来て。あと、びしょ濡れで。帰りもお前、何かありげな雰囲気で帰って行っただろ。こっちは、心配してたんだよ。お前の事、俺は、何も知らないから、何も言えないけど、お前から何か言ってくれても良いだろうが」
「星埜は、俺の事受け入れてくれるってこと?」
「それは、お前の態度次第だろ。てか、受け入れるって……」
俺の手に、一回り大きな手を重ねて、朔蒔は優しく俺の唇に自分の唇を押し当てた。それから、数秒もしないうちにぷつっと離して、俺を見る。
俺の頭もようやく冷静さを取り戻したのか、さあ……と波がひいていくように、クリアになっていった。
「星埜に、心配されるのちょー嬉しいんだけど。俺も、踏み込まれたくない所ってあんの。まあ、星埜が、踏み込みたいって言うなら、いいよ。一緒に堕ちてくれるっていうなら、俺は」
「堕ちるのはごめんだ。勝手に堕ちとけ」
「あら、やっぱそう」
臆病。なんて、朔蒔はいって俺を嘲笑った。
勝手に言ってろと思ったが、朔蒔の目を見て、正気に戻ったとき、まだ此奴のこと知らなくてもイイかな、なんて思ってしまって。踏み込むチャンスだったくせに、それをふいにした。
俺は、彼の言葉を借りるなら臆病なんだろう。
「…………朔蒔、何か飲みたいものある?」
「えっ? 泊めてくれんの」
「じゃなきゃ、お前補導されるだろ」
「それはやかも。つーか、めっちゃ嬉しい。俺、ともだちの家泊まりに行くの憧れだった」
と、打って変わって明るく振る舞うので、俺は調子が狂うな、と思いながら、コーラをマグカップに入れて、レンジに入れた。炭酸が飛んで甘い黒い液体になるから嫌だって言う人もいるけど、何となく、気分が落ち込んだときは、ホットコーラが飲みたくなる。まあ、朔蒔がそれを気に入ってくれるかは分からないけれど。
俺が、リビングに戻れば、朔蒔がソファの端っこにちょこんと行儀良く座っており、その絵面だけでも笑えてしまった。多分、俺に隣に座れっていいたいんだろうなってのが、すぐに伝わってきて、それもまた笑えてしまった。分かりやすい。それが、朔蒔だろ。と、俺は、ホットコーラを朔蒔の前に出す。朔蒔は、黒曜石の瞳を丸くして、不思議そうに、マグカップを覗いた。
「何これ」
「ホットコーラ」
「炭酸抜けるじゃん。美味しいの?」
「別に、嫌なら飲まなくてもいいからな。俺が、落ち込んだとき母さんが……」
「ん?」
「いや、何でもない」
何で、今母さんの話が出てきたのか自分でも分からなかった。でも、このホットコーラは母さんが俺に教えてくれたものだった、気がするので、それで母さんとの思い出が蘇ってきたんだろう。遠い昔のこと過ぎて、もう忘れてしまったかと思っていた記憶。それが、目の前に浮かんできたような気がして。
俺は当時母さんの死を悲しめなかった。受け入れられなかったんじゃなくて、本当にバラバラの死体を見ても、何とも思えなかった。あの時から、自分は異常だって何処かで気づいていたんだ。でも、俺の中には、ちゃんと子供らしい感情も残っていて。
異常の中に光る星みたいな……そんな母さんへの思いが、俺の中から消えてくれない。
そんな風に、一人で思い出にふけっていれば、朔蒔が譫言のように呟いた。
「お互い、大変だよな」
その一言で、また、俺は琥珀朔蒔という人間が分からなくなった気がした。
(お互いって何だよ……)
まるで、自分もそうみたいに……
でも、朔蒔の母親って亡くなっているのか? いや、不謹慎すぎる、と考えないようにはしたが、朔蒔の時々見せる、母親への思いというか表情を見ていると、彼もまた、家族関係で何かあると言うことは明確だった。
というか、前から、そうなんじゃないかって言うのは、分かっていたんだが。
ここに来て少しだけ、分からなくなって、分かったようなそんな矛盾な答えが浮かんできたのだ、目の前に。