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「参りましたねぇ、お前達も、おおよそ、掴んでいたと言うわけか」
常春の剣幕に、守近は、降参だとばかりに、眉尻を下げた。
「では、守近様が、琵琶法師から、唐下がりの香を手にいれて、内大臣様へお渡していたと、それは、確かなのですね?」
ああ、と、守近は、ばつが悪そうに答える。
そうではないかと、思っていたが、いざ、本人の口から聞くと、さすがの常春も、心がざわついた。
前にいる、主人は、罪人ではないか。
しかし……。
自分の主人なのだ。いったい、どうすれば……。
「ああ、眉間にそこまで、シワを寄せて、かなり、困らせてしまっているな。まあ、誰しも、その様な事を聞かされては……戸惑うのは、仕方ない」
「守近様!仕方ない、で、通すおつもりなのですか!」
守近は、食ってかかってきた常春の様子に、固まった。
「……その様なことは。わかって、いたんだ。しかし、やらねばならなかった。そして、そのツケが廻ってきている、という、なんとも、笑える話ではないか。私の事を、笑ってよいぞ。見下してもよい」
「守近様……」
常春は、思う。この方は、言葉通り、やらなければならなかったのだ……と。
「そうさ、つい、とはいえ、守恵子《もりえこ》を、利用しようとした。その報いが、巡ってきたかな」
守近は、どこか、自虐的に、口角を上げて、己の気持ちを押さえているように見えた。
「守近様。済んだことはしかたありません」
あまりにも、すさんだ主人の在り様に、常春は、ここで、なんとか立ち止ませなければ、守近も、当然のことながら、屋敷全体が、傾いてしまうと、思う。
もし、あのまま、上手く行っていれば、計画通り、栄華を極められたのかもしれない。ただし、守恵子の犠牲は、まぬがれず、そして、今、失敗してしまった状態では、守恵子どころか、内大臣家含め、いったい、どれだけの者が、路頭に迷うことになるだろう。
わかっていた。
悪事を働いていたにも関わらず、それに、蓋をしようとするのは、間違っていると。
しかし、皆を煙に巻いている状態であるにも関わらず、それを、実はと、さらけ出す必要もあるのだろうか?
「常春や、わかって欲しい。私は、ただ……」
「守近様、ひとつだけ、お願いがございます」
と、常春は、頭を下げるわけでもなく、主人を、しっかり、見つめた。
「できることならば、琵琶法師とは、ここまでで、手を引かれませ。まあ、あちらが、手を引くとは思いますが、ただ、報復というものが、おそらく、いずれ降りかかってくるでしょう。それは、その時、考えるとして、とにかく、屋敷の内を、仕切り直してください。そして、守恵子様の入内は、どうしても、と、仰せられるならば、もっと、正当な方法で……」
うんうん、と、守近は、頷いていたが、守恵子の入内になると、さっと、顔色が変わった。
「常春、入内において、正当な方法などないのだ。必ず、裏で、それぞれの思惑が働いて、いわば、無理強いする、それが、宮の内なのだよ。つまり、どれだけ、強引か、で、入内する者の将来は決まってくる。強引、いや、強固であれぱ、あるほど、宮の内での立場は、保証されるのだ」
言って、守近は、ふと目を伏せた。
語っている守近自身も、納得できないのだろう。そして、守恵子に苦労させまいとしている……。
「ならば、そこまで、悩ましいと思われているなら、何も、入内など!」
「……だな。そうなのだがな……それも、逃げられないのだよ」
本当に、困窮する守近の様子に、常春は、真の黒幕の姿を思い浮かべていた。
──姑様か。
娘の徳子《なりこ》が入内できず、孫にかけた。
姑である前に、右大臣であるのだから……それは、相当な圧力に違いない。
しかし……。
「守近様。守近様にも色々とご事情があると、わかりましたが、では、何故に、そこで、内大臣様だったのですか?」
「ああ、因縁、かな?」
常春に答える守近は、どこか、遠くを望んでいた。
きっと、許嫁、で、あったはずの、内大臣の娘である、小上臈《こじょうろう》様のことを思われているのだろう。
守孝が、代わりに動いていたということからも、守近と小上臈《こじょうろう》は、いわゆる、男女の中ではなかったのだろう。
紗奈が、言っていた、女房達の噂話通り、小上臈《こじょうろう》側が、守近の力を借りたいと、昔の縁をたどって、付きまとっていた。
そこは、常春が、今、とやかく言う事ではない。守近が、弱りきっている、のが、しっかり、見とれるからだ。
小上臈《こじょうろう》様の画策で、内大臣経由で、守近へ、話が行った。もしくは、守近へ、直接話が行き、内大臣が最後のあがきと、ばかりに押してきた。
そんな所だろうか。
「……なぜ、宮へ、だな?常春」
あっと、声をあげそうになりつつ、常春は、
「いえ、そこまでは。守近様が、関わっていた事が、一番大事ですから」
と、守近をはぐらかした。
そこから先は、小上臈《こじょうろう》様の仕業、守近が、入れ知恵することは、なかろうし、するならば、内大臣だろう。だから、その目的の為に、荷を頻繁に用意させた。
腹が腫れたという姫君に、かこつけ、いや、皆の目を逸らすため、あえて、噂を流したのかもしれない。
黙り混む常春に、
「物事は、最後まで知っておくべきだよ。そうでなければ、辻褄合わせも、できやしない。火災については、あやかし、に、とりつかれた賊の襲撃でよいだろう。すでに、都中、噂になっているはずだし、検非違使達も、あやかし、なるものを、見ている以上、そうすべきだとおもうがね、本当の所を、どう、誤魔化すか、いや、どう、対処すべきか、常春よ、知恵を貸してもらえまいか?」
守近が、頭を下げて来る。
「な、なっ!!守近様!どうかっ!!」
驚きから、常春も、上手く言葉がでなかったが、これは、本当のところというのは、知らない方が良い話なのではないかと、守近の様子から、常春は察した。
「目的は、入内、だ。しかし、人が多すぎる。宮に上れても、思う通りの位置には、立てない。つまり、空きがないのだよ」
守近は、意味深に、常春へ語った。
──月が、弱まっている。
それは……。
もしかして。
常春は、友の言葉を思い出した。
太陽と対の、月が、その力を弱めている──。
確か、その様なことを言っていた。
……仮に、月の力が弱りきり、その力を失ってしまったら。
宮から、太陽と対になる物が、消えてしまう。
古い月は、消え、新たな、月が、現れる。
と、いうことだとしたら……それは、唐下がりの香を、古い月へ手渡して……。
だから、内大臣が、動いたのだ。
おそらく、ぱっとしない、自分の主人、更衣様に焦れた小上臈《こじょうろう》様は、父である、内大臣へ攻め寄った。
そこで、内大臣様は、宮の奥深くへと、香を広める……。
すこしでも、更衣様の立場が上がるように、邪魔な、月を、弱らせて行ったのだ。
しかし、更衣様のお立ち場は、なかなか、ぱっとしない。そこへ、小上臈《こじょうろう》様が、内大臣へ、守恵子の名を囁いた。
「わかったようだね、常春」
守近の冷えた声が、常春の体を突き抜けて行く。
「……そのような、大がかりなことに、巻き込まれてしまって、困っているのだよ」
「守近様!!」
「なんとか、逃げなければ。虫の良い話だとはわかっているが、今回の、火災が、使えないだろうか」
そこまで言って、守近は、ふう、と、大きく息をついた。