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日本の雑踏を歩きながら、英二はふと立ち止まった。昼下がりのビル街は人や車で溢れ、冷たい風がスーツの裾を揺らす。
電話やメールの通知が絶え間なく入る中、心は遠く離れたニューヨークにあった。
アッシュとの日々。
危険に巻き込まれながらも、笑っていたアッシュの顔が脳裏に浮かぶ。
(元気にしてるかな)
そう思いながら仕事場に向かう。
「おはようございます」
「お、おう、英ちゃん。今日も元気そうだな」
浮かない顔を隠そうとするような笑顔で伊部が言う。
「どうしたの?浮かない顔して…」
何か悩んでいる顔だ。
「伊部さん…?」
「…英ちゃん、落ち着いて聞いてくれ。実は、チャーリーから連絡が来たんだ。その…アッシュの事で…」
「え?!アッシュ?なんの話だったの?」
アッシュからの連絡だと知り、期待が胸を高鳴らせる。
伊部は重い口をゆっくり動かし、こう言った。
「………アッシュが、死んだらしい」
「……え?」
「黙っておこうと思ったんだが…英ちゃんこそ、知るべきだと思ってね。」
「ど、どうして……どうしてですか?もう、敵は全て殺したはず…」
苦い顔をしながら真実を話していく。
「月龍の手下であるラオという人物に、刃物で腹を刺されて…」
低い声で告げられた事実。
「そんな……」
世界が一瞬止まった。
言葉が耳を通り抜けるのではなく、直接心臓を打ち抜くように響いた。
体の力が抜け、膝がかろうじて地面を支える。
「…嘘だ…そんなはずない…」
口から漏れる声は震え、息は荒い。
ニューヨークでのアッシュの笑顔、冗談を言い合った夜、カボチャがトラウマだと教えてくれたハロウィンの日。
それら全てが、一瞬で色褪せた幻のように思える。
「どうして…なんで…!」
拳を握りしめ、爪が手のひらに食い込む。
誰かを恨みたい、憎みたいという衝動が、抑えきれずに湧き上がる。
そして、深い悲しみが押し寄せた。
体の芯から冷たい悲しみが染み渡る。
「守れなかった…僕は、守れなかったんだ…」
荒い呼吸とともに、目から涙が溢れ、その場に立ち尽くす。
「英ちゃん、こんなこと言いたくないが、ニューヨークに行くなんて考えないでくれ」
その言葉に更に怒りを覚える。
「なんでですか?!アッシュを見ないと僕は信じられない!だって、あんなに傷ついても死ななかったアッシュが、ただ腹を刺されたくらいで死ぬなんて、絶対ない!」
歯を食いしばり、伊部を睨みつける。
そんな英二を見て、怒鳴りつける。
「英ちゃんも分かるだろ?!今ニューヨークに行ったら君も危険な目に合うかもしれない!君がもし死んだら…俺はアッシュに見せる顔がない…」
「分かってます!分かってますけど…」
目から涙が溢れ、声が出るほど泣いてしまう。
伊部はそんな英二の頭に手を添える。
「でも、英ちゃんの思いはアッシュに届いたと思うよ」
「…え?」
顔を上げ、伊部を見つめる。
「死に際、刃物で腹を刺されたアッシュは市立図書館の椅子に座り、出血多量で死んだ。けど、その手には…英ちゃん、君が書いた手紙を持っていたらしい。そして、チャーリーが言うに、とても後悔があったとは思えないほど、穏やかに眠るように死んでいたらしいよ」
胸が締め付けられる。
そして、同時に理解した。
本当にアッシュが死んだことを。
「アッシュ……」
その時、冷たい風が窓から入ってきて頬を撫でた。
遠くニューヨークの空の下で笑っていたアッシュの声が、かすかに聞こえる気がした。
英二は拳をもう一度握り直し、涙を拭いた。
「君と過した日々は本当に楽しかったよ、アッシュ。だから、今はゆっくり休んでて。君に会った時、たくさん思い出を話せるように生きるから」
失ったものの大きさに押し潰されそうになりながらも、前に進むしかないと、自分に言い聞かせながら決意を固めた。
君に、さよならは言わないよ。