お久しぶりです。突然特殊設定の🇺🇸🇯🇵が書きたくなりました。
皆さまプランツドールをご存知でしょうか。まぁ、知らなくても何とかなります。「観用少女」という漫画のパロディです。
ではどうぞ。
事実は小説より奇なり。
そんなこと、今やらなくていい。
握りしめたメモが風に吹かれて音を立てる。
近道があると地図をかいてくれたのは、昼に立ち寄った取引先の青年。
言葉の通り線は単純だった。
大通りから一本外れて、路地を上がって細道に抜ける。
ただそれだけ。
ところが足を踏み入れた路地は想定以上に入り組んでいて、早々に手書きの地図は紙に成り果てた。
ならばと右手に文明の利器をとってみたものの、充電は瀕死。
というかついさっき死んでしまった。
「……参りましたね。」
レンガやらコンクリートやらの壁で仕切られた道に、街灯の影が落ちる。
このまま進んでいいのかさえもわからない。
ため息を吐きながら顔を上げると、ぼんやりと黄味を帯びた光が目に入った。
古びた木製の看板に、顔が映るほど磨き上げられていながら、がらんどうのショーウィンドウ。
ドアにはめ込まれた窓の格子も、独特の意匠をしているせいで中の様子が全く伺えない。
いや、ほんの少しだけ何かが見える。
あれは……
「……人形?」
「お客様?」
叫ばなかったことを褒めてほしい。
振り返ると、司祭服のような衣を纏う男性が立っていた。
***
「この地図の書き手様は、随分芸術肌でいらっしゃいますねぇ……。」
胸につけられた札が光る。どうやら彼はバチカンさんというらしい。
「はは……すみません、お茶までご馳走になって…。」
「いえいえ。丁度豪奢なカップを手に入れた所でしたので。」
その言葉に、手元へと視線を落とす。
白磁に金の縁取り。つるりとした側面に咲くバラは、微妙な影まで丁寧に描き込まれている。
「ほんとだ…綺麗なティーカップですね。」
「当店の商品の一部ですので。少々凝ったものを揃えているんです。」
ただ道を教えてもらうだけのつもりが、これだけのおもてなしを受けると立ち去りにくい。
「…あの……僕、この間お気に入りの物を割ってしまいまして。ちょっとお手頃なティーカップとかってあったりしますか?」
きっとアンティークショップか何かなのだろう。
そう思って言った言葉に、パチリ、と長いまつ毛が上下した。
「あぁ……ふふ。」
おかしそうに口元を手が覆う。
「失礼致しました。当店のお客様は通い慣れていらっしゃるばかりなので、新鮮でして。」
空になったカップを見ると、バチカンさんは目を細めた。
「当店は一風変わった商品を取り扱っていて……まぁ、見て頂いた方が早いですね。」
彼はレジ横の一際重厚なドアノブに手をかけた。
手招きされ、ソファからオーク材の扉へと近付く。
「いらっしゃいませ、お客様。」
扉の軋む音と共に、甘い花の香りが鼻に触れた。
***
アーチ型に丸く天に収束する天井はルネサンス様式のそれなのに、壁に描かれたフレスコ画や絨毯の端から覗く大理石の床はバロック建築のもの。
教会に似てるんだ、と肌を刺す荘厳な雰囲気に無理矢理説明をつける。
そうでないと、ガラスケースに閉じ込められた人形たちが動き出す、なんてベタな幻を見てしまいそうだ。
そんな僕の戸惑いを置いて、バチカンさんは店の奥へと進む足を止めず口を開いた。
「失礼ですがお客様。『プランツドール』をご存知でしょうか?」
「…プランツドール。」
「はい。人の愛を糧に生きる、少々特殊な生き人形です。」
そう言い、バチカンさんはガラスケースの一つを撫でた。
その中には10歳かそこらの女の子の人形が瞼を閉じた状態で飾られている。
愛情が糧。生きる。人形。
その謳い文句がちっとも大仰に聞こえないのは、柔らかな頬の質感も丸い輪郭も、何もかもが人間そっくりに作り込まれているからだろう。
現に、この人形は歌でも流せば童話のお姫様のように踊り出しそうだ。
「あぁ、そうそう。つい最近逸品を入荷しましてね。まだ試作品の段階だと制作者は申しておりますが、間違いなく一級品ですよ、あれは。」
浮き足立った様子でバチカンさんは人形たちの林へと進んでいった。
物理的にも置いていかれたら困ると慌ててその背を追う。
「……いない?」
「うわぁっ!?」
彼がそう言ったのと僕が叫んだのはほぼ同時だった。
混乱する頭で、誰かに後ろから飛びつかれたのだと悟る。
目線を少し下ろすと、お腹に回されたしなやかな腕が映った。
「あぁ、やはり男の子になると活きがいいのですね。」
にこにこと満面の笑みを浮かべるバチカンさんは、お客様に飛びつくのは失礼ですよ、と誰かを嗜めた。
それに応えるように、僕を締め上げていた腕が力を緩める。
「お客様が道に迷われたのは、この子と出会うための試練だったのでしょう。」
胸の前で手を組み、これほどのものはなかなか、と彼は言った。
「『名人』の称号を持つ職人が丹精込めて育て上げた逸品でございます。」
「あっ、あのっ……?」
こっちを向け、とでも言わんばかりに再度お腹に力を加えられる。
いい加減、この小説より奇妙な事実を受け入れる他ないようだ。恐る恐る背後を振り返る。
アメジストのような瞳。
目が合うと、形のいい唇が綺麗な三日月を形取った。
「これだけのものになると選ぶのでございますよ。これはどうやら、お客様に買って頂きたがっているようです。」
掘り出し物ですよ、お客様。
バチカンさんがそう締めくくると、プランツドールは花のような笑顔で僕の頬にキスをした。
(続)
コメント
2件
表現の一つ一つが全部綺麗ですね…✨️ そして原作のセリフを自然に入れられるセンスが流石です! 続きが楽しみです🥰