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前回アメ日要素皆無ですみません。
プランツドール。
神に祝福された生ける人形。
途方もなく高価で、この世のものとは思われぬほどの美しい姿をし、選んだ人間のみに微笑みかける。
そう言いながら、バチカンさんはどこからかイスを引っ張り出してきた。
早く、とでも言う風に小さな温もりが僕の手を取る。
僕が腰を下ろすと、少年は僕の膝の上に乗った。
比喩じゃなかったのか。
上機嫌にパタパタと動かされる足。
爛々と輝く青い瞳。
僕の手を握って話さない細い指。
そのどれもが、バチカンさんが「一級品」と説明した人形と合致していた。
「通常プランツは店に入れると目を覚ますので、その時銘をつけるのですが……。それはお客様がお越しになるまで、たった一度も目を覚まさなかったのですよ。」
いやぁあの腹黒に失敗作を掴まされたのかと、と愉快げにバチカンさんは笑った。
その笑みに気をよくしたのか、膝の上の小さな体がるんるんと左右に揺れる。
情報が多すぎる。
処理落ちしかける脳に鞭打って、必死にバチカンさんの言葉を集める。
そして、背を冷や汗が伝った。
「……ちょっと待ってください。」
途方もなく高価で、選んだ人間以外目もくれない。
彼は確かにそう言った。
そして、この子は「僕を選んだ」とも。
「こっ……この子……僕が、買わなきゃってことですか…?」
「強制ではありませんよ。」
ただ…と憂いを帯びた表情で唇が動く。
「出会ってしまったプランツは、この世でたった1人の人間しか見向きしなくなりますので。」
「つっ、つまり……?」
「貴方様にお求めになって頂かない限り、どこへも売れない品物になってしまったのでございますよ。」
ちなみに額はこの程度、と懐から電卓を渡される。
「ひぇっ………。」
「ローンもございますよ。月払いはこちらに。」
「ひぇっ………。」
「ミルクと週に一度の砂糖菓子のみで栄養は十分です。しかし栄養価の高い厳選したものでなければいけませんでして。そちらはこれほど。」
「ひぇっ………。」
ゼロ、ゼロ、ゼロ…。
庶民の僕には数えるのも億劫になるほどついたゼロ。
もちろん人1人を養うと考えれば破格の値段だが、それにしてもこの額は…。
きゅっ、と手を強く握られた。
ハッとして下を向くと、両目の宝玉が不安そうに揺れている。
小さな手の柔らかさに、確かに感じる温もり。
そのどれもが、僕の知っている小さな子供…幼い頃の妹と全く同じで息が詰まる。
「僕だと、この子を買うだけでギリギリで……とても、この子を幸せに養ってあげられは……。」
静寂。
ふっ、と優しい吐息が沈黙を破った。
「プランツ。良い方を選びましたね。」
どこか自慢げに胸を反らす。
バチカンさんは痛みを覚えたかのような表情でその頭を撫でた。
「…この子はどうなるんですか?」
「ご心配なさらず。メンテナンスで貴方様を選んだ記憶を消去して、再び眠らせます。」
よかった。
捨てる以外の対処法があるようだ。
「ごめんなさい。元気でね。」
少し恥ずかしかったけれど、手の甲に軽く唇を触れさせ、一礼して店を出る。
手にはいつの間にか手にしていた書き直してもらった地図。
頬を撫でる夜風に誘われるように、僕は足を踏み出した。
***
「追いかけるのは許しませんよ、アメリカ。」
バチカンはため息を吐くと、ショーケースを指し示した。
それに返ってきたのは少年らしい素直な首肯……ではなく。
ギリ、という鈍い音の歯軋りと、小さな体躯に似つかわしくない鋭い眼光だった。
なぜ帰した、と言わんばかりの修羅の顔。
先ほどまで幼子らしい様子で彼に甘えていたというのに、この差は何だ。
「仕方がないでしょう?主神はお導きなさいました。貴方たちの運命はそれまでだったのですよ。」
カウンターに置いた分厚い本を撫でる。
神の奇跡の結晶のような彼ならば、こう言えばわかってくれるはず。
「明日の朝には迎えが来ます。メンテナンスで次の方に出会えるようにしてあげますから。」
たった一瞬と言えども動いていたのだ。
やはりミルクは与えた方がいい。
カウンターから離れ、カップを取りに奥へと引っ込む。
と。ザン、と勇ましい足音を耳が捉えた。
振り返ると、アメリカが牛乳瓶を片手に仁王立ちしている。
「おや。持って来てくれたんですか?今砂糖入りのを作ってあげますから。」
そこまで言って、何やらその様子がおかしいことに気が付いた。
小さな左手が持っているのは……
「…聖書?」
ニヤリ、と不敵に唇の端が持ち上げられる。
アメリカは牛乳瓶のフタに手をかけると、人質のように抱えた聖書に向かってその開け口を傾けた。
「こっ、こら!!主神のお怒りに触れても知りませんよ!!」
俺の気に触れたのはそいつの導きなんだろ、とでも言いたげな視線がこちらを刺す。
「とにかくやめなさい!!」
じゃあこっち、とでもいう風にアメリカは聖書を放った。
地面に叩きつけられるギリギリでそれをキャッチし、安堵したのも束の間。
アメリカは店奥への扉をくぐると、先ほどまで日本が座っていたイスを天高く振り上げた。
その先には、大人しく出会いを待って眠るプランツドールのショーケース。
「……え、」
そのままえいっ、とイスを振りかぶる。
嘘だろ。制作者は違うとはいえ同胞だぞ。
「バカ!?人形なりの心とかは!?」
パリン、と音を立ててガラスが割れる。
アメリカは次はプランツ、とイスを再度持ち上げた。
「あぁもうわかりました!何が望みですか!」
そう叫ぶと、アメリカはぴたりと動作を止め、背後にバラを散らすように微笑んだ。
なぜあの紳士の作品はこうも性格に難のあるものたちばかりなのだろう。
「……全く。カエルの子と言っても度がすぎます。」
自分のショーケースへと向かっていくアメリカを見つつ、そんなことをぼやく。
「それでは、期限は明日までですよ。いいですね?明後日には解体してまで迎えに出しますからね。」
素直に幼い顔が頷く。
閉じたガラスケースに、酷くやつれた顔の自分が映っている。
俺の勝ち。
そんな声が聞こえた気がした。
(続)